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第75話

 しばらく質問は置いておいて、私は食事に専念した。

 酒も飯もたらふく食って、最後に解毒ポーションで酒抜きしてしゃっきりした頭でレーナに向き直る。


「どうなんでしょうってどういう意味だ?」


「あのお方は確かにアルファ様です。ですが本当にあの日死んでしまったアルファ様と同一なのか……その事がずっと胸の奥で引っかかっていました」


「あー、まぁね」


 スワンプマン、宝物殿からこっち、ずっと考えていた思考実験の一つだ。

 基の話はこういうものだ。

 ある日男が雷に打たれて死亡した。

 しかし泥が雷の影響で死亡した男と全く同じ存在に変質した。

 DNAやら肉体の損傷、疾患なんかはもちろん記憶も衣類も何もかもが同じである。

 基となった男は死んで塵になってしまったが、泥から産まれた同一の肉体と精神と記憶を持つ男の出自は誰も気付かないし、本人も自覚していない。

 これを同一の個体と呼んでいいのかという話なわけだが……。


「同一でいいんじゃねえの? しらんけど」


「無責任な言い方ですね」


「少なくとも過去数回、魔王アルファをぶち殺してる立場からしたらありゃ同一個体だ。親しい間柄ならまた別の感情も湧いてくるかもしれんが、私からしたらいつもと同じ……ってわけでもないが、別人とは思えなかった」


「ですがそれは……」


「だからそれは私にとってはの話だ。親しい間柄だったレーナや、当人であるアルファがどう考えるかはそいつ次第だ。レーナにとって別個体だと思うならそれも良し。だけどならなぜ今も仕えているのかって疑問が出てくるけど、それはお前の中で割り切りができているからじゃないのか?」


 思考実験の答えってだいたい「そいつの考え方次第」って言う結論に行きつくんじゃねえかなと思ってる。

 テセウスの船とか、スワンプマンとか、とにかく「これって元の物と比べて同じなのか別物なのか」って言う類の話はほぼ全部その領域じゃないかね。

 本物か偽物かっていう判断をすること自体がナンセンスというか、そもそも偽物であっても本物との差異が作り手の段階で存在しないなら真偽はないだろというのが私の考えだ。

 例えるなら現代に葛飾北斎が蘇って、当時の技法と当時の顔料で浮世絵を書いたとする。

 そこに違いがあるとすれば道具の良し悪しと、経過年数くらいの物だ。

 世間に何も言わず発表すれば「よく勉強して作られた贋作」という評価を受けるだろうけど、詳細を知ったうえで判断しろと言われたらどうなるか。

 専門家じゃないからわからないが「葛飾北斎が描いた絵だけど、葛飾北斎が残した絵じゃない」って結論に至るんじゃないかね。

 それは結局のところ本物でも偽物でもないって評価でお茶を濁しただけかもしれないけど、そんなもんなんじゃないだろうか。


「不安ならアルファに聞いてみろよ。私がなんて言おうと納得しないだろ?」


「それは……はい」


「で、あいつならこう答えるぞ。我思う故に我有りって」


 あいつ無駄に哲学的というか、そういうの好きな面があるっぽいからな。

 もしかしたら天上天下唯我独尊とか言い出すかもしれんけど。


「それは……確かに言いそうですね」


 ここに来てようやくレーナが表情を変えた。

 先程までは能面のように無表情を取り繕いながら、その奥には怯えがあった。

 けど今は何かを想像したのか苦笑しているように見える。


「結局は気の持ちようだろ。で、お前はどう思う? 本物と遜色なく、来歴を知ったうえで自分は本物だと言い切る相手を別物だと思うか?」


「いえ、そこまで言い切られてしまえば認めざるを得ません。ですが……」


「罪悪感とかが邪魔してるならそんなもん捨てちまえ。ぶっちゃけた話、私もアルファも相当非人道的な事してきてるんだ。自分らが実験対象にされても仕方ない」


 腹立たしいのは事実だけど、私の生き方は決して善人と言えるようなものじゃない。

 報復のために命を狙われたことだって何百回とある。

 人助けもしてきたが、同じくらい人殺しもしてきた。

 アルファだって同じだ。

 仲間を救うためとはいえ人体実験をしていたわけだし、世界に大混乱巻き起こして毎度毎度大量の死人出している。

 ただ、それが仕組まれたものだったという点は純粋な怒りしかないから神はぶん殴る。

 けど同じ立場の、この世界で生きているという意味で同胞と呼べるレーナの実験対象にされたとして怒りとは別に仕方ないという感覚もある。

 むしろ大義名分得たうえで、ゲームの延長のように人体実験や人殺し重ねてきた私達の方がよっぽど悪党だ。

 思い人にもう一度会いたいなんて、誰だって願う事だろうしな。

 たまたまそういう事ができる条件が重なっただけなんだからレーナを責めるのはお門違いだろう。

 ただ騙した事と操ったことに関してはこってり怒られろ。


「で、世界の安定は?」


「問題なく進んでおります。今の状態ならあと半年は問題なく維持できるかと」


「それを過ぎたら?」


「テコ入れが必要となるでしょう。最低でも生物の8割を死なせてどうにかというところです」


「……その8割って」


「この世界とつながった世界全ての8割です」


「地球以外とも繋がりが?」


「神の住む世界と、管理者、地球、この世界、そして過去に勇者が召喚された227の世界です」


 ……想像以上にヤバい事態だったわ。


「逆に言えば半年は猶予があると……少し魔法の練習をしてもいいか?」


「問題ありません。ここも今までの物と同様、外界とは途絶した環境にありますから地表に影響はありませんので」


「やけにあっさりと許可するんだな」


「もとより今すぐに他のダンジョン攻略に行くと言い出した場合力尽くで止めるつもりでしたから」


 にっこりと、心のつかえがとれたように笑うレーナだがこえーよ!

 なまじそれができるだけの力があるからこそ怖いわ!


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