「ああぁあああああー」
風呂にどっぷり浸かりながら訓練の疲れを落とす。
滅茶苦茶疲れたし、擦り傷くらいならできていたのだがそれ以上に心が疲弊した。
ボールの爆発そのものの威力は大したことは無い。
せいぜい接触した状態という条件を付けて、ようやく鍛えていない一般ノービスが重症を負う程度だろう。
ちょっと鍛えていればジョブに関係なく耐えられる。
その代わり爆風が強く、バランスを崩しやすいのだ。
何を考えたのかレーナは私が乗っていた丸太……だった棒を更に細くしてつまようじ並にした。
その結果足の指でがっちり挟んでという形を取ることになったのだが、問題は力をいれすぎれば折れるし、ちょっとバランス崩せばばたりと倒れる。
そして落下するのだが、突風の中での自由落下というのは思いのほか怖い。
というか乱気流のど真ん中なわけだから、ちょっとしたジャンプですら風に流されて移動してしまうほどだ。
下手をすれば上空に巻き上げられて城を追い出され地面まで真っ逆さまということだってあり得た。
それを魔法で無理やりコントロールするわけだが、まだまだ魔力操作が甘い私は何度もそれをミスって城の庭先に叩きつけられることになった。
だがスパルタ式訓練のおかげか、今日の内に100個のジャグリングに成功したのである。
しかも5分間の維持ができた。
これは一定の魔力を継続して流し続ける事ができる時間の限度であり、今後は精度を鍛えるお手玉だけでなくその維持時間も伸ばしていく。
そしていつでも同じようにできるようになれば、常に魔法を展開して自動迎撃や自動的な解毒といったアレコレができるようになり、暗殺を阻止できる。
とはいえ……すっげぇしんどい。
訓練は厳しいものだとわかっていたつもりだったんだけど……転移者達には悪い事をしたなぁ。
養子とか弟子にもきつくしすぎたかもしれん。
少し反省だな。
「お背中流しますよ」
「いやいいよ」
ぬっと、気配もなく現れたレーナだがもう慣れた。
たわわな物を揺らしながら隠すことなく風呂場に入り、かけ湯をしてから湯船につかる。
なかなかどうして、作法が奇麗だ。
「アルファ様に教わりました」
「……混浴でもしてたか?」
「それ以上ですが?」
まぁ普通に考えればそうなるよな。
うん、そういう相手だったわけだし。
ただこうもあけっぴろげだとなぁ……。
「どうでしょう、このお湯は」
「凄いもんだ。擦り傷も打ち身もすっかり治っている」
「異世界にある秘湯の一つです。あらゆる怪我や病を治す湯ですが、この場所に負けず劣らずの厳しい道を踏破しなければ辿り着けません」
「……病人や怪我人が行ける場所じゃないよな」
「その世界では背負っていったり、お湯を汲んで帰ってくる事があるそうです。中にはそれを職業としているものもいるとか」
「へぇ……」
少し想像してみた。
病人を連れてこの城までやってくる人間がいるかどうか。
言うまでもなく、存在しないだろうな……管理者にならなければいけないという前提を抜きにしても、ここまでの道は過酷だ。
病人じゃなくても普通に凍死の危険性がある。
それ以上に高山病とかもあり得るだろうしなぁ。
じゃあここを往復できる私やアルファ、レーナがそんな仕事をするかと言われたら……絶対やらんな。
湯の効能を研究して薬として売るくらいはしてもいいかもしれんが、ここまで誰かを運ぶなんて面倒な事も、誰かのためにここの湯を持って帰るようなこともしない。
インベントリがあるから楽とはいえ、それはそれだ。
一個人のためにそこまでの面倒はごめん被る。
「今、ユキ様が考えているソレは神と同じ思考です」
「あ?」
唐突に嫌な事を言われて眉がつり上がるのを感じた。
「いえ、元からの感性かもしれませんし、生きとし生けるもの全てが考えている事です。見ず知らずの誰かのために途方もなく大変な事ができるのかどうか」
「無理だな」
「えぇ、私とてアルファ様のためという言い訳が無ければ宝物殿に辿り着くことはできなかったでしょう。ですが、その実態は私のためでした。そういう強い自己愛が無ければ管理者となる事は不可能です」
「何が言いたい」
「神とは、個々人の事は考えない。最終的に自分の利になるかどうかだけを考え、世界を娯楽のように眺める者達です。自分たちのした事により世界にどんな影響が出ても放置するかもしれない。自分にとって不利益なら介入するかもしれない。そういう存在の総称です。つまるところ究極の自己中心であると言えます」
「無神論者ではなかったつもりだが、事実を知るとなぁ……」
これでも前世じゃかなり信心深い方だった。
おまじないとか好きだったし、アクセサリーやパワーストーン、占いなんかも好きだった。
なんならオカルト関係も大好物だったが……そう言われると途端に気分が悪くなってくる。
「とはいえ、アルファ様とユキ様をこの世界に転生させた後神々の遊び場は記憶諸共世界から消されたと聞いています。そういう意味では地球という世界の神はかなりおおらかであり、人に寄り添っていたのではないでしょうか」
「そうかぁ? 都合が悪くなったから記憶ごと消したって可能性は?」
「もちろんそれもあり得ますが、最初からなかったことにするというのはある種の慈悲です。不要な争いや揉め事を回避できたという結末に繋がりますから」
「けど素晴らしい出会いも無かったことになるんじゃないか?」
「おそらく、そういう縁は残したまま不要な出会いだけを記憶と共に消したのでしょう。管理者となり地球を見て整合性がとれていることが不思議でしたが、神の介入というのは頻繁に行われていました」
「例えば? 西暦の始まりとかそういう古い話じゃないんだろ?」
「はい、直近で言うならば価値観の変化でしょうか。パラドックスや思考実験といった哲学的分野に人が踏み入り始めてから幾星霜、インターネットの発達によりそれらが普及した事で上位存在に関する知恵を得た者達が神の真似事を始めました」
「神の真似事?」
「創作ですよ」
「……まぁ、そりゃ確かに似てるかもしれんが」
少し違う気がする。
いや、創作物の世界を管理しているという意味じゃそれは事実なのかもしれんが、流石にパラレルが多すぎる。
……待て、パラレル?
この世界も今リセットの危機にある。
それを食い止めようとする私達がいて、リセットされた世界とされなかった世界が存在する。
更にその後司たちを元の世界に帰せたかどうか、私達が管理者から神になるかどうか、色々な情勢が入り混じっている。
これこそパラレルワールドではないか?
そうだ、TRPGみたいなサイコロで運命が決まるような世界があったとする。
出目によって勇者の勝利で終わった世界もあるかもしれないし、そこら辺の夜盗に殺された世界だってあるかもしれない。
そんな小さな積み重ねが全て一つの世界に記録されているとしたら……宝物殿で見たあの膨大な本の数も納得がいく。
そしてネモが先に進ませなかった理由、アカシックレコードに書き込みこそしたがそれはネモの端末からだった。
もしかしてだが……。
「なぁ、今何回目のループだ?」
「安心してください。まだリセットはされていません。ですがそうなる未来はあります」
にこりと笑みを浮かべて、レーナがざばりと立ち上がる。
すらりとした体躯なのに胸だけ発達してるんだよなぁ……ロリ巨乳とは違う、男受けしそうな体型だ。
「さて、では私も先達の管理者としてユキ様の後押しをさせていただきましょう」
「はぇ?」
今日一番まぬけな声が出た。
リセットされてないとはいえそうなりうる、なら何を後押しするって言うんだ。