「ちょっ、そこはっ」
「動かないでくださいね」
「おごっ」
ゴリッという音と共に関節が悲鳴を上げる。
素っ裸のままマッサージを受ける事になったのだが、レーナの手練手管によって長年の肩こりが解消されていく。
だがそれ以上に肉体的な変化が大きい。
「なぁ、これっ、なにをっ」
「魔族についてご説明しましょう」
どこからか持ってきたホワイトボード、そこに書かれているのはデフォルメされた人である。
ゴリゴリとマッサージを続けられながら、ペンが勝手に動いてきゅっきゅと音を立てながら絵と文字を追加していく。
「人間、エルフ、獣人、ドワーフ、ドラゴニュートにオーガといった数多くの生き物が元になっている原初の魔族。それが私達であり、初めに魔族となったのは魔王であるアルファ様です」
「それはっ! 知って、るっ!」
「では魔族になる方法はなんだと思いますか?」
「んっ、ぐっ、ふぅ……方法? んほっ」
やべ、変な声出た。
けど魔族になる方法か……大量の魔力と人間離れした膂力、そんでもって不老不死ともいえるような生命力に既存の生物にはなかった特殊な能力……例えばサキュバスのドレインや、アルファやレーナと言ったドッペルゲンガーのような変身能力。
そういった物を獲得するためには何が必要か。
「魂と膨大な魔力、そのためのダンジョンだろ?」
「半分正解です」
がふっという声が出た。
脇腹を思いっきり押されたのだ。
「それらは表向きの情報に過ぎません。もちろん魔獣関係や近隣諸国との摩擦狙いなどでダンジョンコアの輸出はしました。それにより膨大な魔力と魂を得る事が出来ました」
「じゃあ……ひゃんっ」
脇は弱いんだよ!
「アルファ様の言葉を理解できるようになった今だから正確に伝えられます。答えは遺伝子です」
「……まさかっ!」
「はい、他の種族との混血というのは珍しくありません。ハーフエルフはその代表でしょう」
「あぁ……」
「ですがそれとは違う、まったく異なる種とのキメラ。それが私たち魔族です」
キメラ……合成獣はこの世界の中でも特に危険視される魔獣だ。
生きるための欲求だけが暴走した存在とされているが、食う寝る遊ぶの三つ意外にやることがない化け物の中の化け物。
時にはドラゴンをも超越する種が現れ、時の英雄や居合わせた者が対処する。
別名国崩しとまで言われる存在であり、もはや災害の一つだ。
「まぁ今この世界に現存するキメラは基本的に私達の代とは無関係なものですけど、あれが一番近いです」
「……人間と魔獣の合成獣か」
「あなたのような勘のいい美人は大好きですよ」
「おい待ておい」
「アルファ様から頂いた漫画なる書物に書いてありました。返答としては100点ではありませんか?」
「100点ではあるんだが、そのセリフ選んだ時点で赤点留年コースな」
人間性的にアウトだ。
「まぁおおよそ正解です。ちなみにドッペルゲンガーは人狼とのキメラです。人に化ける特性を持っていた魔獣でしたが、アルファ様の精神性が強く反映されたため誰にでも、どんなものにでも化けられるようになったのです」
「ん? じゃあレーナは?」
アルファとレーナ、この二人の性格は真逆だ。
主従としてはいい関係だったかもしれないが、そもそもの性格が真逆と言ってもいい。
「私はアルファ様の遺伝子を用いて魔族化したのです。危険だと言われましたが、それが私の覚悟でした。成功作一号でした」
「……そこまで失敗した奴らは?」
「いませんよ。そういう事になりました」
なりました……? 待て、私はドッペルゲンガーと会った事があるか?
仮にあったとしてどこで、どうやって見抜いた……。
「っ」
「今の時代まで生き残れるようにした事でユキ様の記憶にも影響が出たようですね」
レーナの言葉を無視する……いや、もう聞かなくてもわかるからだ。
アルファの遺伝子を使って魔族化することを望むような連中だ。
相当心酔していたんじゃないか?
そんな者達を失ったアルファはどうなる……。
「とある世界の私が知るアルファ様は自責の念で魔族化実験を止めようとしました。しかしその世界線では多くの者が命を落とし、アルファ様までもが死に、そして存在しない神を崇める世界となり果てたのです。その世界では神々に見捨てられ、ダンジョンも現れず宝物殿すら存在しなかった」
「世界線……」
「そして私は無意味に死んだのでした……という山もなければ落ちも無しという話になっていたのですが、世界の改変というのは意外と微調整が必要でしたので」
「微調整ねぇ」
宝物殿で何度も見た、アルファに関する書とレーナの書、何度も書き加えたり消したりという痕跡がにじんでいた。
特に魔族という存在が生まれた時代は記述が多くあった。
……察するに、レーナが後の時代から魔族化実験を成功させるように記入したのだろう。
だがそれだけではダメだった。
「魔族が繁栄すれば今の世界は無く、魔族化実験が成功するという事実を書き記した宝物殿の存在しない世界へと続き何が起こるかわかりませんでした。その中でもアルファ様の死だけは確定していたため、それを覆すには神のダンジョンが必要不可欠だったのです」
「……神すらも手玉に取ってたってか?」
「そこまでは言いません。ただ必要だから利用しただけですし、向こうからしても私という存在は面白かったのでしょう。だから世界の書き換えを許可され続け、今に至るまで何の罰も受けておりません」
ふんすと自慢げに話すレーナはいつもよりも楽しそうだ。
「さて、こうして魔族になった私達ですが合成獣以外に先祖返りがあります。エルフ、ドワーフ、ドラゴニュートはそれらが顕著でした。ユキ様ならお分かりですね?」
「ハイエルフにエルダードワーフ、それとドラゴンやその祖である龍か」
「はい、そういった上位種と呼ばれる存在に至る方法を捜して成し遂げたのです」
成功に導いてしまう正の器、それがアルファだ。
まぁやべー実験の中では比較的穏便な部類だろう。
「ちなみにユキ様の祖先でもありますよ」
「マジかよ……」
「魔族の中でハイエルフとして覚醒したはいいものの、後々勇者との争いでエルフ達を庇護してアルファ様と敵対することで種の懸け橋となった者がいました。ドワーフやオーガにもそういう者達がおり、私達の中では長らく裏切り者と蔑まれていましたが……」
「実際はアルファが命令したんだろ? あいつと戦う時はいつも魔族がじかに襲い掛かってくることは無かったから。あったとしても暗殺狙いで、失敗したら逃げてたし」
人狼の魔族に暗殺されそうに……いや、その魔族がドッペルゲンガーで……あぁ、こういう感じの齟齬が出るのか。
記憶の矛盾、それが管理者が過去に干渉した際に負うべきものという事か。
下手したら愛しい人の死を何度も記憶に残す事になるし、そのうち何割が真っ当な最期と言えるのだろうか。
少なくとも戦場で死ぬならば……その多くは悲惨な物になるだろう。
「ちなみにその先祖返りの方法は凄く簡単です。厳しい訓練、エリクサーと呼ばれた四肢の欠損も魔力回路の損傷も癒す薬、そして膨大な魔力を体内にため込ませ、それを循環させる事です」
「へぇ、それだけで普通のエルフがハイエルフに?」
「はい、ただそれだけと言いますがそもそものエリクサーは準備が大変です。それを何度も使う必要がありますし、魔力回路の損傷に至るような無茶を普通はしません。なにより必要な魔力量が洒落にならないのですよ」
「どんくらいだ?」
「そうですね、魔獣換算ですが……スライムを1として、ドラゴンが100とします」
もうちょい差がありそうだけど、どういう計算でそうなったんだ?
いや、魔族からしたらドラゴンはちょっと強い蜥蜴くらいなのか?
「ざっくり十万ですね。成熟したダンジョンコア一個分です」
「……途方もないな」
「えぇ、それこそ自然に生まれる可能性は低く先祖返りとして運命に委ねるか、あるいは人工的に手を加えるしかないのですよ。このように」
「……今なんて言った?」
「このように、と」
さっと見せられた鏡を見て頬の痙攣が止まらなかった。
ひくひくと引きつった笑みを浮かべる私。
銀髪に赤のメッシュが入っていた私の髪は、青のインナーカラーが追加されていたのである。
「オリジンエルフ、原初のエルフの特徴ですね」
おまっ、このっ、いや、うん?
……心境以外はそんなに悪い事ばかりでもないのか?
うん、精神的なあれこれを除けばパワーアップと考えてもいいのかもしれんが……とりあえず一発殴ろう。