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第80話

「で、オリジンエルフってなんだ。聞いたことないぞ」


 何発か殴ろうとしたが、ひらりひらりと躱されたことで諦めてお湯につかりなおした私達。

 隙を見て殴ろうとしたがそれも躱されてはお手上げだ。


「んー、どこから説明した物か……そもそものエルフの創世神話についてご存知ですか?」


「あーまぁ、一応寝物語として聞かされたし、これでも森のお姫様だったからその手の祭りでは舞いやら歌なんかも教え込まれたな」


「……そう言えば現代のハイエルフってエルフの中の王族で守り人とか守護者とか巫女みたいな立場でしたね」


 意外そうな目でじろじろ見るな。

 こちとら前世はしがないOLだぞ。


「ではお聞かせ願えますか?」


「まず初めに神が大地を作った。暗黒の世界に光をともしたが強い光があれば影ができる。こうして昼と夜が生まれた。続けて生き物を作ったが、一つの種族が生きるには世界は狭すぎた。安全な場所が存在しなかったからである。故に多種多様な種族を生み出した。その一つがエルフであり、その長たるものがハイエルフである」


「あー、やっぱり私が知ってる伝承と違いますねぇ。昼と夜の所までは同じなんですけど」


「そうなのか?」


 まぁ宝物殿で見た限りテクスチャだのなんだのと、創世と呼ぶにはあまりにもデジタルな感じだったからな。


「もう少しいうなら多種多様な種族を生み出したというのはあっています。ただその際に生み出されたのは祖にして素と呼ばれる存在です」


「なんだそりゃ」


「地球で言うところの単細胞生物に近いですね。人型で大きさも1~2mくらいの」


「気持ち悪いなそれ」


 プランクトンとかそう言うのが人間サイズで、人の形をしているが生殖方法が分裂だ。

 石があるのかどうかすら怪しい存在ともいえる。


「それらは各地に散らばり、その土地の条件に合った姿に変貌していきました。これがオリジンと名のつく原初の生命体達です」


「で、私がそのオリジンエルフに?」


「まぁ結果はそうなんですが、ここからがだいぶ面倒でして……森に住んだ者はエルフ、鉱山に住んだらドワーフ、空を目指して龍、海に潜りセイレーンと色々あったんです。けど最も多かったのが人間なんですよね。言うなれば祖人でしょうか」


「オリジンヒューマンと言ってもいいのか」


「はい、その種族は住む場所が沢山あったからこそ数も増えました。数が増えて、けれど突出した力が無かったから繁殖力が高くなった。更に知識の更新を進めるために寿命もそれほど長くは無かったといいます」


「長命種視点なのか、それとも生物としてなのか……」


「生物としてです。平均でも20歳くらいで寿命を迎えてました。ただその分成長が早いので5歳くらいで子供を産むのが普通でしたね」


「見てきたように語るな……あぁ、いや、映像と本で見たのか」


 神殿と宝物殿の機能を使えばそのくらいは簡単だろう。


「まぁそうですね。興味本位で見ない方がいいとだけ言っておきますが……正直気持ち悪いですし、あの祖は」


 よほどなんだな……。


「あれ、でも平地なら獣人とかも生れるんじゃないか?」


「もちろん産まれました。ただ数の増え方が違ったんです。人種となった者は農作業を始めました。一方で獣人は狩猟を生業としていました」


「あぁ、狩猟による人口の限界か」


 太古の昔、地球でも農作物の栽培が始まるまで人口が増える機会というのはあまりなかった。

 単純に食糧不足というのもあったし、物資も足りない。

 それに狩猟ってのは危険を伴うからちょっとした怪我でも医療抜きだと命に係わるからな。

 獣人は特に魔法が苦手な種族だし。


「まぁそんなこんなで徐々に世界になじんでいった祖は自我を持ち、寿命も環境に適応して伸びていきました。極端な例がエルフですが、これは知識と技術の継承を目的としたため少数精鋭で不老不死となったのです」


「は?」


「オリジンエルフは不老不死ですよ。それこそ切ろうが焼こうが死にません」


「じゃあなんで現代に残ってないんだ?」


「それがエルフ創世神話に関わってきます」


 真剣な表情になったレーナは、ばしゃりと顔にお湯をかけてから天井を見上げた。


「彼等は寂しくなったんです」


「……ごめん、どういうこと」


「少数精鋭と言いましたが、オリジンエルフは7人しかいませんでした。当然と言えば当然なんですが、今も昔も森や山は凶暴な獣が闊歩していますからね。そんなところを選ぶ変わり者は本当に少なかったんです」


 まぁ、好き好んで未開拓の森や山に住むってのは多くないだろうな。

 でも7人ってのは……あぁ、不老不死になる前に死んだのか。


「おそらく察しているでしょうけれど、その7人を残してエルフとしての形を得る前に仲間の大半が死亡したのです。そこでオリジンエルフ達は考えました。仲間を増やす方法はないかと」


「真っ当な方法っていうなら繁殖だよな。数が多い人間相手、あるいは獣人とかの仲間意識が持てそうな相手を捕まえて」


「その知識がなかったんですよ。不老不死だから子を設けるという考えがなかったんです。だから、木々を人に変えました」


「……待って、さっきからずっと混乱してるんだけど」


「気持ちは分かりますがそういう魔法があったんです。エルフの魔法に似たような物が残っているはずですよ」


「樹刑……」


 エルフにおける最大の罰、それは死刑ではない。

 肉体を樹木に変えて長い時を生き続けるのだ。

 一歩も動けず、痛覚はそのまま虫や鳥に啄まれる痛みを感じ、しかし発狂するような器官を持ち合わせない、ただ意識だけを残した樹木としてそこに放置される。

 それが樹刑だ。


「はい、その祖となる魔法が木を人に変える魔法です。もとよりオリジンエルフが生まれるほどの環境だった森の木々はすぐに祖の7人の知恵と技術を学び、自我を得て強力な魔法を使いこなすようになりました」


「それがエルフか?」


「いいえ、その時産まれたのがハイエルフの祖となるエルダーエルフとエンシェントエルフです」


「……ややこしいな」


「端的に言うならエルダーは今のダークエルフの祖で、エンシェントは森エルフの祖です」


「なるほど?」


「森の中で静かに過ごす事を選んだ者達をエンシェントと呼び、鳥たちと共に外に旅立つことを選んだ者達をエルダーと呼び分けているだけで本質は同じですが……ここで一つ問題が生まれました」


 なんかエルフの歴史、問題多すぎないか?

 いや、他の種族も大なり小なり問題抱えているんだろうけどさ。


「エルフの祖たる森の木々を全てエルフに変えてしまった事で人間との争いになったのです」


「そりゃそうなるわ!」


 加減を知らんのか!

 ……知らなかったんだろうなぁ。

 森ってのは要するに木材や木の実、薬草といった植物の宝庫だ。

 人間以外もそれらを糧に生きている事が多いんだが……動物とかは住まいを変えたり、新天地目指してなんてことだってあるだろう。

 それができなかったら滅びる事になるが……まぁエルフも人間もドワーフも龍も結局は自然の一部だからな。

 適者生存ってやつだ。

 ただ人間は少し違うというか、自分たちが今まで助けてもらっていたものが突然亡くなった、それも自分たちとは違う種による行動の結果だとわかれば怒るだろう。


「まぁ原始人と魔法使いの戦いですし、森全てをハイエルフ以上の存在に変えたのですから負けなしですよ。とはいえ今度はエルフが困りましてね、森での生き方しか知らないのに森が無くなってしまったんですから」


「……あほなのかな?」


「あほですよ? というより原初の連中は基本的に後先考えてませんから。神によるブレーキとか無かったですし」


 あぁ、うん、なんかここに来て思考誘導とかの有用性が理解できた。

 そっかぁ、ブレーキが存在しないと初手で滅びかねない世界なのかここ。

 ……よく無事だったな。


「結果的に多くの動物の住まいを奪った事、人の命を奪った事に罪の意識を感じたオリジンエルフ達は自らを樹木に変えました。その力は不老不死と無限ともいえる魔力を持っていただけあって、元の森以上の広さと、これ以上なく頑丈な樹木、そして栄養豊富で活力の基になる野菜や果物を実らせるようになり動物たちも戻ってきました」


「それが私達エルフやハイエルフが聖地とする森ってことか」


「はい、そして魔獣発生の地ですがそれは関係ないので置いておきましょう」


「待てこら!」


「考えてみてもください、不老不死+無限の魔力から生まれた植物を食べた動物がどんな力を得るか」


 ……まぁ、はい。

 言われてみてよくわかった。

 そんなもん食ったら大半が力に耐えきれず破裂するだろう。

 ただ幸か不幸か、祖にして素というようなのがまだ残っていたら。

 そいつらがそんなもんに適応したらやべー動物になるよなぁ。

 魔獣とか呼ばれるようになっても仕方ないよなぁ。


「こうしてエルフは森の人と呼ばれるようになったのですが、樹木から作られたこともあり不老でも不死でもなくなったわけです。あとは世代を重ねる際に外の血を取り込んだりして徐々に血が薄れていき、エンシェントエルフの名が消えてエルフがという形に収まったのです」


「……チェンジリングもその関係か?」


 人間同士の親からエルフやハーフエルフ、ドワーフなんかが生まれてくることがある。

 これをチェンジリングと呼ぶが、実際は隔世遺伝だと考えていた。

 人間の間にも浸透させた概念だが、かなり古い世代までさかのぼれる王族とかにも起りうるという事で妖精の悪戯とか、精霊の導きとか、地方によっては扱いが異なっていたりもしたな。


「家系図を残そうとか考えるよりもはるか昔の段階ですからね。というより今の人間が魔法を使えるのはエルフとの婚姻があったからこそですよ。人間も獣人も魔力を持たない種族でしたから」


「それは……またどうして」


「必要なかったからです。数が多かった人間は力を合わせて、個体の力が強かった獣人は腕力でどうにかできていたので」


 なるほど、そういった数の暴力や腕力ではどうにもならん部分を魔力と魔法でどうにかしていたのがエルフという種か。


「ちなみにドワーフとか龍は?」


「あれらも魔力はありましたよ。そこからエルダードワーフへ進化していき、今の形に落ち着いたと言えます。祖龍と呼ばれた者達も不老不死でしたが、数が少なかったため世界の一部に力を与えて龍に、その際エルフの失敗を見て加減をするようにしてドラゴンを、人と交わりドラゴニュートをと多くの種族の基になりました」


「なるほどな。そういう遺伝子を組み合わせたり、取り込んだりして本来ならいなくなったはずの種族が私のようなハイエルフという名の魔族か」


「えぇ、そして今回生まれついて魔族だったユキ様に行った施術で原初の力を得てもらいました」


「失敗する確率は?」


「管理者という神に最も近い素体で、エリクサーと同等の効能のある温泉、肉体的な能力を高められる食材をこれでもかと食べて、魔術回路がズタズタになるほどの鍛錬。これだけ条件を揃えて失敗するわけがありませんよ。そもそもユキ様達エルフ族の得意としていた精霊魔術、今でこそ精霊という存在が認知されていますが、あれオリジンエルフの精神体ですからね?」


「さっきから情報量が多いんだが?」


「この世界は作りこそ雑ですが、だからこそ各種族にとんでもない量の歴史があるんですよ。樹木になったはいいがまた暇を持て余したオリジンエルフが精神や魂を肉体から分離する魔法を作って精霊に姿を変えたり、それを視認できる者が少なかったので寂しくてこっそり気に入った相手に精霊眼という精霊を見る目を宿したりと割とはた迷惑な種族でしたけどね」


「聞く限りとんでもない自己中共だな、私のご先祖様」


「ご先祖様と言っても血のつながりはありませんよ。とはいえ、8人目のオリジンエルフの誕生をお祝いしましょう」


 指パッチンでお湯の上にお盆、そしてその上にはとっくりとお猪口が乗っていた。

 ……まぁ、いいか。

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