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第89話

「今後の方針だが塔に直行するか、他のダンジョンを攻略するかについて意見を聞きたい。正直な所管理者権限という点では私が塔以外コンプリートしたから問題ないぞ」


 城に司達を連れて、暴風に見舞われるテラスの中で防風魔法を展開しながらの会議となった。

 同時に温度調節の魔法も使っているが、レーナ曰く特訓の一環という事で私に一任されている。

 今なら片手間でできるが……正直面倒ではあるな。


「その前にひとつ質問良いですか?」


 司が挙手する。

 その視線の先にはアフロヘア―になったアルファがどっしりと座っているのだが……。


「あの馬鹿については禁句を言ったからちょっとお仕置きしただけだ」


「妥当です」


「まぁ……擁護は難しいですよね」


 なお経緯と内容に関してはレーナと先生に伝えてあった。

 ついでに転移してきたほか女子生徒にも話したので知らぬは男性陣のみである。

 流れとしてはレーナに問い詰められ、一度みんな休憩しようぜと逃げようとしたところで風呂に入ろうという話になり、風呂場で経緯を語ったのだ。

 その結果全員が天を仰いで一言、「馬鹿じゃねえのあの魔王」と口をそろえて言ったのだ。

 レーナは「昔からそういうデリカシーに書ける人ではありましたね。異性からの感情に対しても鈍感だったりするくせに、たまにとんでもない事言いだして事実婚みたいになってしまうこともしばしば」という擁護する気のない援護射撃がすっ飛んでいた。

 結果として世界を揺るがす魔王から一転、女心がわからないくせにハーレム作った糞野郎にジョブチェンジしたわけである。

 称号システムとかがあれば反映されてたんじゃねえかな。


「んじゃ俺が」


「ほい、黒龍王」


「俺信仰心とか集めてないはずなのにいつの間にかジョブが神になってたんだけどどういう事?」


「お前……龍王って段階でめっちゃ畏怖と尊敬の視線集めてるの知らんのか? 極東だとお前含めた龍族はおとぎ話になって信仰対象だぞ。それが闘技場で花開いたってだけだろ」


「なるほど!」


「というかもともとのジョブは王だったのか?」


「うんにゃ、元は黒の護り手ってのだったんだが闘技場に入ったら黒の守護神ってなった」


「ほう……」


 王をすっ飛ばして神になる、そんなパターンもあるのか。

 ってことはこれ、ジョブの進化ツリーみたいなの一本道じゃないな?

 まぁ気になるけど今は後回しだ、その手の研究は時間ができてから好きなだけやればいいわけだし。


「他に誰か質問や提案はあるか」


「はい、まず皆さまここで一度特訓をするべきだと思います。ジョブの変化もそうですが、それなりに戦闘を続けているので休息も兼ねつつ、レベルに見合っただけの実力、可能ならそれ以上の物を手にするべきかと」


「その意見は採用するがあまり時間は賭けられないぞ」


 レーナの回答に同意しつつ、30を超える人数の修行となると一律結果が出せるようなものでもない。

 特にマスタークラフターをはじめとした非戦闘職の人間を一定水準まで鍛えるのは一朝一夕では無理だ。


「その点はご心配なく。こちらで既に皆様の特訓メニューを用意してあります。これをこなせれば半月でそれなりに戦えるようになるかと」


 ばさりとテーブルに置かれた紙束。

 どこから出したとか、いつの間に用意したとかは効かない。

 むしろなんで内容が個々人の性格に適しているものなのかが謎だが……あ、効かない方がいいわこれ。

 ちらっと見ただけで微笑み返された。


「ん、じゃあ全員レーナに特訓してもらうように。私とアルファはどうするか……」


「俺は他のダンジョンを攻略してくるつもりだ」


「ユキ様も特別メニューを用意してありますよ。他のダンジョンに行く必要もないですし、片手間でいいので他の方の特訓相手や組手相手をしてあげてください」


 ……やべぇ、これ逃げられないぞ。


「知らなかったかユキ、魔王の側近からは逃げられない」


「お前も逃がしたくないんだが?」


「アルファ様は三日で帰ってきてくださいね? こちらにメニューがありますから」


「ほらな」


 なに偉そうにしてやがるこのボケ……あ、目が死んでる。

 こいつも結構苦労してきたんだな……と、一瞬同情しそうになった私が馬鹿だった。

 すぐに飛び出していったアルファ、早速特訓開始だと全員にメニューを手渡してから詳細を説明し始めたレーナ。

 そして襟首掴まれたと思ったら城に引きずり込まれ、そのまま衣類をはぎ取られて別の服を着せられた。


「なぁ、レーナ。これ私の見間違いじゃなければなんだけどさ」


「はい、メイド服です」


「だよなぁ! お前が来てるのと寸分たがわぬ代物だもんなぁ!」


 着せられたのはメイド服だった。


「ユキ様はハイエルフとして育った際のバランス感覚に優れています。ですが一方で平地を歩くのにあまり慣れていない様子。重心のブレや体幹のずれなどの細かな点が見受けられますので淑女としての修行を行えば強くなれるかと」


「……尊厳は?」


「そんなもの、強さの前には塵芥同然です。プライド、尊厳、そのような物は犬の餌にすらなりませんから」


 言葉の重みが違うぜ……。


「ではまず頭に重りを乗せますので、これを落とさぬように歩けるようになってください。それからできるだけ足音を立てず、スキルや魔法は私が許可した時以外は使用禁止です。ルールを破った場合、そして重りを落とした場合重量と形状を変えます」


 今私の上に乗せられているのは平らな鉄板、重さはだいたい20㎏くらいか?


「最終的には鉄球を乗せてもらいますね。ただあまりに違反が多いと棘がつきます。最終的に針になると思ってください」


「死ぬわ!」


「死なないように魔力をピンポイントで集中させる訓練をしたじゃないですか。アレを常に維持できるなら問題有りません」


 ……そういややったなぁ、あのピンと張った草の上に立つやつ。

 確かにあれなら針も刺さらんだろうけど……。


「ちなみに目標重量は?」


「5tですね」


「想像の10倍なんだが?」


「そんなに軽い重りに何の意味が?」


 ……だめだ、こいつ脳みそまでマッスルなタイプだ。

 いや、思い返してみれば古い魔族って基本的にそういう類だったな。

 歴史的に見れば強くなければ生き残れないのだから仕方ないにせよ、これは極端じゃないかね……。


「この状態で生活するんだよな。風呂とか寝るときはどうする」


「お風呂は髪を洗う際だけおろしていいですよ。寝る時も同様です。ただ食事や排せつ、その他家事や特訓中はずっと乗せていてもらいます」


「家事って……」


「城の掃除や皆様の食事の用意、配膳です。夜伽は不要ですが……せっかくなので若い燕でも捕まえておきますか?」


「おいデリカシー」


 アルファがどうのこうのって言うがお前も大概だぞ。


「おっと失礼しました。昔のアルファ様を思い出したのでつい口が……」


「なぁ、あいつ勝手にハーレムで来てたって言うしお前の口振りからそうなってしかるべき事してたように思えるけどさ。もしかしてそうなるように差し向けたりしてたんじゃないか?」


「……否定はしません」


 しないのかぁ。

 まぁそうだよな、あいつ甲斐性はないが実力は確かだ。

 魔族になる前のレーナ達はそれが必要だったし、各地にコネを作るって言うならそのためにそういう繋がりも欲しかっただろう。

 で、世情に疎く人見知りするアルファをきっかけにするという方法は……まぁ正室と側室の仲がいいなら問題ないか。


「ちなみにそのハーレムたちは?」


「せっかくなので久しぶりにみんな呼び出しました。特訓の手伝いをしてもらおうと思ってます」


「そいつらも管理者か?」


「基本的には管理者ですが、名目上は私の配下という事になってます。この城の管理者代表が私で、他の皆が一般使用人という扱いですね。ちなみに私を含め半数が塔以外の神のダンジョンを踏破済みです」


 ……魔族、思っていた以上にヤバい集団だったな。

 こんなの相手に生き残ってきた人類スゲーと思うと同時に、システムやアルファという個人の性質に生かされていたんだなって実感してきて今更ながらに震えが止まらねえわ。

 ……帰ってきたらアルファを労ってやるか。

 まぁ奥方達には精力剤を大量にプレゼントしてやって、数日様子見てからだがな!


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