「さて、そろそろ本格的な特訓と移りますか」
「……針付き鉄球以上に何があるんだよ」
今私の頭上、そして爪先と肩にはそれぞれ滅茶苦茶重い鉄球が乗っている。
その全てがウニや毬栗のように針を突き立てんとしているのだが……。
「まず針を一本にします」
「ちょまっ」
止める間もなく鉄球が変形して一本の針だけが突き出る。
細く鋭いそれを魔力で押しとどめるが、重量が分散しないうえにバランスが崩れるのは当然の事。
凄く焦ったものの魔力を用いて刺さらず、そして支えるように緻密な操作を求められるようになっただけなのでどうにかこうにか留める。
「ではその状態で異世界人の皆様の特訓のお手伝いをお願いします。一般の方への手ほどき、特にユニークジョブの方々を上手く教育できるのはユキ様くらいでしょうから」
「そんな事は無いと思うが?」
レーナの用意した特訓計画書は完璧といえる出来栄えだった。
ただ一点、個々人のジョブに着目しすぎて基礎が少し弱いと思ったくらいだが。
「あとリリエンタール様とその近衛兵の方々も並列してお願いします」
そういやあの子と近衛達もいたな。
とはいえ流石にここに連れてくるのはどうかと思って司達と合流した後で国に送り返したが。
「それ、どこでやるんだ?」
「ここですが?」
何を当たり前の事をと言わんばかりだが……。
「ここ一応神のダンジョンで、所在不明だろ? いいのか、そんなほいほい連れてきて」
「仮にも神のジョブの持ち主です。問題ないでしょう」
……まぁ、ここに来ることが試練であって、その手伝いを受けてはいけないという条件はないわな。
宝物殿は別だったけど、単純に管理者権限を知らないと来られない。
知っていてもちょっと鍛えた程度じゃたどり着けない場所だ。
「いつからはじめればいい」
「今からです」
「……それじゃ基礎的な内容しか無理だぞ?」
基礎的といっても時間も無いから付け焼刃か、基礎中の基礎になる。
今私がやらされている体幹トレーニングと魔力操作、バランス感覚の三つは基礎中の基礎と言ってもいいがこれは普通なら時間をかけてバラバラにやるものだ。
二つ並行くらいならまぁちょっと厳しい程度だが、三つは頭の調子を疑われる。
ついでにこの状態で家事や給仕をしろというのだから正気の沙汰じゃない。
「それで構いません。むしろそういう足場固めが得意と聞いていますから」
「まぁ……」
司達をはじめとして、私は確かにいろんな奴らを育ててきた。
ただどいつもこいつも癖があったし、各々選り好みもあった。
だから私は基礎を鍛えて、後は自分なりにといった感じの育て方をしていたのだがどうねじ曲がったか、足場固めの達人みたいにみられているらしい。
「しょーがねえなぁ。ここにある素材の他にいくつか必要なのがあるからリストアップするぞ」
「えぇ、お願いします」
レーナの言葉に空中に指を走らせる。
魔力文字、アルファの陣式魔術と、私の作った数式魔術の合成で生まれた産物だがまだ実用化には至っていない。
せいぜいが空中に文字を浮かべるのが限度で、ちょっと使い勝手のいいメモ帳くらいの役割しかない。
将来的にはこの文字列から魔術をぶっ放す事ができるようになればいいなと思っているが、今は魔力を供給し続けている間だけ読めるメモでしかないのだ。
……使い方を変えれば無形魔導書とかも作れそうだなこれ。
ちょっとアイデアうかんできたから後で試してみよう。
「なるほど、この材料なら1時間もあれば集められますね」
「早いな。結構面倒なのが多いと思うんだが」
「このダンジョンなら大抵のものは集められますから」
なるほど、そういやお取り寄せができるんだったか。
とはいえ無尽蔵ではなく相応の対価として魔力を使うし、連続使用は魔力に乏しい……と言っても常人から比べたら途方もない魔力量のレーナでは厳しいのだろう。
私やアルファも研究職で、強いて言うならクラフター系になるから魔力量はそこそこだった。
ただジョブの特性から馬鹿みたいに魔力が増えて言っただけというのもあるが……しかしなんで私まで研究系のジョブなんだろう。
レーナにジョブを見直せと言われてから色々試しているが、私がこのジョブについた原因がいまいちわからんな……別に考察班とか検証組じゃなかったんだけど。