司達の訓練を受ける事になってから二時間後、レーナが素材とリリ達を回収してきたので基礎訓練を始める事にした。
「あー、まず言っておくが私の訓練はレーナの特訓より単純で飽きやすい内容だ。ついでに言うなら今更やる事かと思うかもしれんが文句はレーナに言え。地味で効果が出ているとは思えない、けれど確実に強くなるためには必要な物だから覚悟するように」
「あのー」
田中がおずおずと挙手するが……。
「質問は無いようだな。じゃあまず前衛だが今から渡す装備一式着用して庭を30周してもらう」
無視である。
細かい事に答えている暇はないのだ。
「無視されててなんですがその両手足と頭のそれ、殺意高くないですか?」
「次に魔法系ジョブだが、お前らにも専用の装備を用意した。同じように着用した状態で庭を10周してから用意した的に向けて最大火力の魔法なり魔術なりを魔力が切れるまで撃ち続けろ」
「……特に頭の鉄球、今にも刺さりそうですよ?」
「それ以外の生産系や回復系は数が少ないがほとんど他と変わらない。まず魔法系と同じように装備着用で10周してから、生産系は私が作った魔道具の複製。回復系は魔道具に最大規模の回復魔法と的に向けて攻撃魔法だ」
「……あれ? もしかして俺の声届いてない? この風だし……」
「それと無駄口の多い田中は魔法系だが30周な。司は100周しろ」
「藪蛇だった!」
「わかりました」
田中は大袈裟で、司は素直だなぁ。
とりあえず装備と魔道具、そして的となるものを出してリリを含めた連中に指示を出し終えてから、私は早くも慣れつつある家事に取り掛かる。
まずは窓ふきだが……これいらないんじゃないかな。
常に暴風に晒されているけど傷どころか汚れひとつない。
窓の数こそ多いが魔法を使えばすぐに済むので次は庭の手入れ。
……これメイドの仕事じゃなくて庭師の仕事だよな。
詳しくないけどメイドって何でもこなすオールラウンダーってほとんどいなかったって聞いたが……なんだっけ、ベッドメイク専用メイドとかで役職分けされてたはずだ。
まぁいいけどさ。
魔法万歳な世界だし、大抵の奴は生活魔法なんて言われるようなもんは使える。
魔術でも同じように生活魔術があるから家事や給仕には困らないはずだ。
とはいえなぁ……。
「流石に30人以上の衣類洗濯は面倒だな」
庭の手入れは風と土魔法でサクッと終わらせた。
やる事といえば木の剪定と草むしり位だからな。
そして今は水魔法で洗濯をしているのだが、これがなかなかどうして面倒である。
洗濯も食器洗いも、どちらも同じような魔法でどうにかなるのだが難易度も結構高い。
火をつけるだけなら失敗しても爆発するだけだが、水魔法の失敗は衣類や皿をふんさいしてしまう。
ここが神のダンジョンというのもあるが魔法の失敗で起こした爆発程度なら傷一つつかず、一般家庭でもそれなりに頑丈に作られているのが竈や暖炉だ。
窓に水をかけるというのも生活魔法の一つではあるが一定量をそこそこ程度にぶつければいい。
この際窓ガラスが割れる事を危惧するべきだが、それ以外に気を付けるようなことは無し。
草刈りも草むしりも、失敗しても大けがに至るようなケースはほとんどないのだが……この洗い物に関しては財布に大打撃を与える可能性が高いので高等生活魔法という区分になっていたりする。
具体的に言うと一般的な生活魔法と比べるとちょっと本格的で、難易度が高いよという物だ。
火付けならば今度は火加減だったり、この手の洗い物だったりという感じだな
一歩間違えたら大惨事ってやつだ。
今までなら余裕だったんだが、ここに来て魔力の量が文字通りけた違いに増えたのと、レーナの特訓で魔力の微調整を覚えたことで逆に難しくなったんだよ。
今まではどんぶり勘定でよかったのに、今じゃ数字を気にしてしまう。
割合から端数まできっちり計算するようになった感じだな。
「まったく……っと、あいつらの調子はどうかな」
ふと気になって連中を見るとリリは早々にぶっ倒れていた。
先生や占星術師ちゃんといった体力のない面々は早々にリタイア。
まぁそういう装備だからな……本人の筋力に合わせて重量が変わる装備で、なおかつ正しいフォームでないと動きにくくなるという物だ。
私がやらされている体幹トレーニングと違って、手っ取り早く姿勢を正すための矯正器具であり、そして重りでもある。
司や近衛なんかは少し辛そうだがどうにかこうにか走れている辺り、体幹はしっかりしているのだろう。
田中も意外や意外、ちゃんと走る事は出来ている。
一方で破壊者君みたいなのはギシギシと歩くような感じだ。
体幹のブレや正しくないフォームだとまともに走れないようになっているからな。
あとは……まぁ時間の問題だろう。
特に生産系と魔法系は限界が近いだろうな。