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第95話

 想像通りまともにランニングを完工できたのは司だけだった。

 他の連中は軒並みダウンしてすぐに次の訓練メニューをやらせたが、全員数分でぶっ倒れたので回復ポーションぶっかけてやり直し。

 そしてあの司も次のメニューで膝をついた。


「流石のお前でもきついか?」


「これが……挫折、です……か……」


 荒い息だが無理をして喋っている。

 負けず嫌いなのか、こういう時の対処法を知らんのか……。


「息を整える事に専念しろ。深呼吸を繰り返せ、喋る必要はないぞ」


 私の言葉に司は何度か深呼吸してから、持っている剣を杖の代わりにして立ち上がった。

 切れ味は皆無だが持ち主の筋力に比例して重くなる剣、さらに間違ったフォームだとその重量が数倍に跳ね上がるという物だ。

 普段はギリギリ持てる程度の重さの物を正しく振るという超高難度なものだが、これができるようになればいついかなる時でも正しく動ける。

 ちなみに破壊者君みたいな武器を使わない者のために同様の効果を持つメリケンも用意した。

 司は全武器でこれを行うので他の連中よりもつらいのは間違いない。

 既に一つ目である剣の段階でこれなのだから、槍や拳になった際にどれだけ動けるかが問題だな。


「……聞きますが」


「言ってみろ」


「これ戦闘訓練ですけど、神を相手取るための物じゃないですよね」


 司の言葉に無言で頷く。

 周りに聞かれたら不味いと思ってか声が小さいのでそれに合わせた形だ。


「はっきり言うならお前ですら神相手には力不足だ。いや、お前一人くらいならどうにかなるかもしれんが私達ですら生き残れるか怪しい。だからお前達には地上の守りを固めてもらいたいと思っている」


「なるほど、だから今更こんな基礎を……いえ、馬鹿にする意図はないですよ」


「わかっている。だがこれができれば大抵の相手には勝てる。恐らくは黒龍王をはじめとした龍王達でも単体ならどうにかできるだろう」


 とはいえ、黒の守護神とかいうジョブになった黒龍王は別だろうけどな。

 ただでさえ高いステータスをジョブで上乗せ、そこから長年かけてカンストさせた下地の上に進化だ。

 龍王の中でも最強の存在になっているだろう。

 今までは……いや、今まででも最強格ではあったんだけどな。

 あくまで最強争いをしていたというだけで実質五分五分だったのが一人頭抜けた感じになったと言っていい。


「神を殺すなんてのは勇者の仕事じゃない。そういうのは魔王か哲学者の仕事だ」


「ニーチェですか」


「私の好みとしてはキルケゴールだな」


 ニーチェは神は死んだと言ったが、キルケゴールは祈りは神を変えず祈る者を変えると言った。

 同じ哲学者の言葉を引用するならカントなんかは全ての知識は経験に基づくと言っている。

 私の経験上、神という存在はずっといたし、名を変え姿を変え信仰されてきたがその時代によって人々の信仰心というか、何を願うかが変わってきた感じがする。

 人間至上主義すら昔はもっと酷かったが、現代じゃ奴隷落ち程度だ。

 ……程度というと軽く聞こえるが、昔ならその場で石を投げられて殺されてたレベルだからな。

 扱いがモンスターとかと変わらなかったところから、人権剥奪ってレベルに落ち着いたと思えばいいだろう。

 そして人の思い描く神の姿こそ変わったが、本質的にそこにいたのは変わらない個人だったわけだし。


「地上が荒れる恐れがあると」


「むしろ荒れない方が不思議だ。少なくとも今私が持っている力を全力でぶっ放すだけでこの大陸を焦土に……いや、消し飛ばせるくらいの力はある」


 レーナの特訓あってこそだが、私自身力の使い方を学んでその恐ろしさに気付いた。

 ともすれば世界そのものの破壊すらできるかもしれないほどだ。

 まだ解析中の破壊者君のジョブ、その進化系である破壊王ですら大陸を消し飛ばすのは容易い。

 なら今もってなお究明を続けている破壊神ともなれば……世界どころか次元すらぶち壊せる。

 この力を上手く使えば次元の裂け目くらい破壊できるだろうけど、その場合司達を送り返す手段がなぁ……。


 半年という短い期間だが、その間に他のジョブの究明も進めてどうにかするしかない。

 無数にある世界の中から特定の世界、時間、場所に送り届けるのは難易度が高いがそれは占星術師ちゃんのジョブの進化系である星見の王のジョブである程度解決できた。

 送り届ける方法も、ちょっと裏技っぽいけどないわけじゃないんだが……一方通行であって私が帰れなくなる可能性がある以上最後の手段でしかない。


「なんにせよ励めよ少年。お前はまだ苦しむ楽しみを知ったばかりだ」


「そう、ですね。えぇ、これが苦難、困難、挫折だというのであればまだまだ楽しめそうです」


 そう言ってニカッと笑った司は、もうどこにでもいる普通のティーンだった。

 少し、本当に少しだけど寂しいもんだな、親離れしていく子を見るのは。


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