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第十七話 ダンジョン


「さっむ……」


 私は体が震えるのを感じて目が覚めた。

 眠気をこらえてテントの入り口をそっと開ける。

 流れくる冷気に一気に覚醒していく。


「早いな葵」


 声に振り向くと、一条が私と同じく寒そうに体をさすっていた。

 きっと私がテントを開けたからだろう。

 悪いと思いつつ、ちょうど朝日が昇るタイミングらしく、澄み切った大気のおかげか気持ちの良い太陽を拝むことができた。

 普段はもっと朝が遅いため、こうして朝日を拝むのは何年振りか分からない。


「おはよう一条。携帯が狂ってるから時間は分からないけど、まだ朝の五時とかじゃないかな?」


 私は背中にひっつく影薪を引き離し立ち上がる。

 ここから中心までかなりの距離があると影薪が言っていたので、そろそろ出発の支度をしたい。

 次元ポケットの中で二泊するのだけは避けたいのだ。

 絶対に今日中に例の妖魔を始末する。


「しゃあねえ。起きるか!」


 一条が完全に目を覚まし、まだ薄暗いなか軽く朝食を済ませてテントを片付ける。

 最新のキャンプ用品かつ、最高品質のものは思ったよりも片付けるのが簡単で助かった。


「影薪、アイツは動いてる?」

「いや、ほとんど距離は変わってないから、動く気ないんじゃないかな」


 念のため影薪に確認するが、妖魔は一切動いていないらしい。

 本当に目的が分からない。

 もしかしたらまだこっちの存在に気づいていない可能性もある。

 ここまで追ってくるとは思わず油断しているのかも?


「なんにせよ出発しよう。ここからは歩いての移動だ。敵さんに見つかりたくないってんなら、なおのこと派手な移動はできない」


 一条の言う通りだった。

 正直言ってしまえば呪力を用いれば移動はなんとかなる。

 しかしそうすれば敵にこちらの存在を知らせてしまいかねない。

 本当に接近するまでは、できるかぎり呪力は使わない方が良い。


「行くぞ」


 テントを車の中にしまい、最小限の荷物だけ持って移動を開始する。

 左右を密林に挟まれた道を進む。

 二時間ほどの散歩の末、道は右側にカーブを描いて伸びており、進んでいくにつれて視界が開けていった。


「マジかよ」


 半歩前を行く一条のうなだれる様子が見て取れる。

 何事かと視線を向けると、目の前には恐ろしいほどの急斜面。

 しかもツタが視界を覆う程垂れ下がっており、普通に歩くのさえ難しそうだ。


「この先なの?」

「うん。でも気をつけてね。周りの木々、ちょっと怪しいよ?」


 影薪の声に真剣さが増す。

 周りの木々が怪しいということは、きっと普通の木ではないのだろう。

 何かしらの罠か、下手したら妖界の植物である可能性だってある。


「こっちのじゃないってこと?」

「分からないけど、木にも呪力がエネルギーの代わりに蠢いている気配がする」


 通常、木に呪力なんて存在するわけがない。

 つまりここの木は妖魔による創造物か、本当に妖界の植物かもしれないのだ。


「そう、なんにせよ警戒しないとね」


 私たちは一度深呼吸をして急斜面を登り始める。

 二足歩行すら覚束ない岩肌を踏み進め、次の岩肌へと足をかける。

 ここが鱗山と呼ばれていた理由を思い出す。

 どうやらこの次元ポケットは、元の世界の地形の特徴をある程度は模倣しているようだった。




「いつまで続くわけ?」


 私たちが岩肌を這うように歩きだしてから一時間が経過していた。

 完全に日が昇り、ここら一帯が日光に包まれる。

 いま私たちが歩いているのは、洞窟の上といった印象だ。

 鱗状の岩肌の隙間から下を覗くことができるが、下はちょっとした空洞になっていた。

 下に降りれば楽なのでは?

 そんな疑問が一瞬浮かぶが、次の岩肌に進むと下の空間は行き止まりになっていたりするので、結局このまま進むしかないのだ。


「あと五枚くらい先が見えるな」


 一条が嫌な足場の数え方をする。

 しかしあと五枚か……一枚を渡るのに十分はかかる。

 まだ一時間ほどは岩肌急斜面コースを這いつくばらなければならない。

 とてもじゃないけれど人様にお見せできるような姿勢じゃない。

 うら若き十代の女性がしていいポーズじゃない。


「葵頑張れ~」

「アンタはいいわね、私の影に入っているだけなんだから」


 影薪はそれができるため羨ましい。

 失礼ながら、生まれて初めて影薪を羨ましいと思ったかもしれない。

 普段は絶対に生じない感情が芽生える程、私にとってこの苦行は耐えがたい。


「このうしろ姿を写真に収めて妖狐に見せちゃおっかな~」

「アンタ殺すわよ!」


 怒る私に機嫌をよくした影薪は、高笑いを響かせながら影の中に消えていった。


「お前らって本当に仲が良いよな」

「どうだか?」


 私の反応に一条は苦笑いを浮かべ、再び進み始める。

 もちろん一条も非常に見苦しい格好で前進している。

 うしろから見るとこう見えるのか……。

 絶対に一条より前に出るのはやめよう。

 私は固く決意し、一条の後に続く。

 どっちにしろ進まなくては、この四つん這いポーズから解放されないのだ。


「やっと着いた」


 私は真冬だというのに大量の汗をかいていた。

 濡れた皮膚を冷たい風がなぞり、背筋がゾクりとする。


 ようやく四つん這い岩肌ゾーンを突破した私たちは、今度はよりジャングルっぽいところに突入していた。

 岩肌からやや下った場所で、このまま緩やかな傾斜を登って行けば山の中心部にたどり着けるだろう。

 いやしかし、本当に過酷な道のり。

 絶対に妖魔を仕留めなくては割に合わない。


「気づかれたっぽい」


 影薪が影から飛び出て呟いた。

 まあそうだろう。

 それなりに近づいてはいるのだ。


「でもまだ遠いわね」


 ここまで近づけば私でも感知できる。

 近づいたといってもまだまだ距離はある。

 地道に進むしかない。


「今度は密林のハイキングか」


 一条も流石に疲れているのか足取りが重い。

 しかも影薪の警告が実態を見せ始めた。


「なんで木が動いてるのかしら?」

「これが妖界の植物である可能性が増したな」


 木は自ら自身の根っこを引っこ抜いて歩き出す。

 足の代わりに根を、手の代わりに枝を振り回している。

 大きさは当然、私たちよりもはるかに大きい。

 それも一本や二本のレベルじゃない。


「もうバレてるし、戦いは避けられないか」


 私と一条はそれぞれ呪力を込めだした。


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