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第十八話 崩神

「妖界の植物と戦った経験は?」

「あるわけないだろ!」


 一条は叫んだ。

 そりゃそう。

 一応聞いてみたけれど、私も経験があるとは思っていない。

 そもそもお目にかかるのさえ初めてなのだ。


「ここは任せて!」


 私は前方から迫る無数の木たちを睨む。


「呪法、月の影法師」


 手を合わせ、右手に込めた呪力を左手に移していく。

 満ち満ちた呪力は一気に存在感を強めていく。


「力を貸せ、皆月!」


 私たちの周囲を漆黒の空間が覆う。

 いつもの技。

 一番使い勝手がよく、強力な技。

 やや呪力の消費が激しいのがネックだが、それを補って余りある威力がある。

 踊り迫る木々たちのしなる枝を、私の影から出現したタコの足が迎え撃つ。

 枝は普通に人間ほどの太さはある。

 まともに食らえば一撃で動けなくなりそうだ。


「やっぱりすげえな」


 一条は目の前の光景に感心する。


「葵! まだ来るよ!」


 前面にいた八本の木をなぎ倒したとき、影薪が警告する。

 確かにまだまだ序の口だろう。

 下手したら視界一杯の木々が全て敵となる可能性すらある。


「キリがない!」


 相手は自分の呪力に頼らない戦い方をしている。

 まさかこうして罠を用意しているとは思わなかった。

 ここまで頭の回る妖魔は初めてだった。

 自身の力が制限されるからこそ、妖界からある種の武器を持ち込んだのがこれだ。


「皆月!」


 私は再び叫ぶ。

 すると足だけだったタコが全身を見せる。

 皆月はこの式神の名だ。

 本気で願えば、足だけではなく全身を使って戦ってくれる。


「後ろからも来たぞ!」


 一条が私の背後をカバーする。

 どうやら本当にここら一帯の木は、すべて妖界からの持ち込みらしい。

 流石に数が多すぎるな……。

 もう一〇〇本以上はなぎ倒している。

 皆月の足は木々をなぎ倒し、捻り上げ粉砕する。

 しかし多勢に無勢。

 徐々に追いつかなくなってきた。


「どれだけいるのよ!」


 まだまだ木々たちの向こう側は見えてこない。

 全方位、隙間なく並んだ妖界の木たちが迫ってくる。

 一歩一歩が轟音を響かせ、しなる一撃は空気を切り裂く。


「あぶねえ!」


 遂に木々たちの攻撃が私たちの元まで届き始めた。

 私は一条の声がした瞬間に前方にジャンプし、ぎりぎりで躱すことに成功した。


「皆月! やりなさい!」


 私は皆月に指示を出す。

 やりなさいは本気でやりなさいの意味。

 皆月は私の指示を受けて、全身をバルーンのように膨らませていく。


「一条、影薪、こっちに!」


 私は二人を呼ぶ。

 私たち三人は膨れ上がった皆月の胴体部分に隠れる。

 今この瞬間、ここだけが安全地帯なのだ。


「弾けろ、皆月!」


 存分に胴体を膨れさせたあと、皆月は見事に破裂した。

 耳がおかしくなるほどの轟音と共に、皆月は全身からタコ墨のような液体をばらまきながら消えていった。


「鼻をおさえて。嗅覚が飛ぶわよ」


 私は二人に忠告する。

 皆月は最終的に破裂して消えてしまう式神だ。

 そして破裂と共に、タコ墨のような見た目の酸の液体を周囲にばらまく。

 みずからの身を犠牲にして放つ、全方位攻撃だ。


「すげえな。あれだけいた木がほとんど残っていないぞ?」


 一条の言葉に周囲を観察する。

 見渡す限り、無事な木は存在しない。

 大半は溶けてなくなり、一部の残った木もどこかしらに酸の液体を浴びている状態だ。

 これなら動けないはず。


「上を見て!」


 ホッとしたのも束の間、影薪が上空を指さす。

 見上げた先には、巨大な鳥が三羽旋回していた。

 本当に大きな鳥だった。

 翼を広げた大きさは、距離があるため正確にはわからないが、下手したら車くらいはありそうだ。

 そしてなにより禍々しい。

 体表は部分的にしか毛が生えておらず、むき出しの肌は赤黒く輝く。

 時折、口元から炎が漏れ出ているように見えるのは気のせいだと思いたい。


「なにあれ?」

「どう見たって鳥だろう?」


 一条は当たり前のように答える。


「いやいや、あんなの日本にいないって! 大きすぎるし、そもそも口から火が見えるんだけど?」


 大きさだけなら、この広い地球上のどこかにいるかもしれないと思ったが、口から火が出ているのは絶対に違う。

 あんなの地球にいないはずだ。


「あれも妖界から連れてきたのかね?」

「もうなんでもありじゃない?」


 なんだか理不尽な気がしてきた。

 妖界ってそんなに便利に生物を連れてこれるような場所だっけ?


「この先の妖魔の能力が同一体を作り出すだけではないということがわかったな」


 一条は拳を握って私の前に立つ。

 拳には並々ならぬ呪力が込められている。


「ここは俺がやる」


 一条は拳を天高く掲げた。


「呪法、崩神!」


 一条が叫ぶ。

 大空の鳥たちは一斉にこちらに向かって下降してくるがもう遅い。

 一条が拳を振り下ろした瞬間、凄まじい轟音と共に白銀に輝く巨大な拳が天より鳥たちをぶちのめした。

 空気が振動し、その圧力で内蔵がゾワゾワする。


 非常に攻撃範囲の広い技だった。

 一定の距離をあけて飛んでいた鳥たちをたった一撃で粉々にしてしまった。

 肉のひしゃげた音とともに、鳥たちの臓物が降り注ぐ。

 やや遅れて血の雨が降ってきた。


 一条家に代々伝わる呪法”崩神”。

 術者の拳にあわせて天より巨大な拳を振り下ろす大技。

 こんなの到底街中では扱えない。

 衝撃波でビルの窓が全部割れてしまいそうだ。


「相変わらず派手な技ね」

「葵のもけっこう派手だと思うけどな〜」


 一条は派手な自覚がないらしい。

 私の場合は空間そのものを変革するから派手に思えがちだが、外から見たら真っ暗で何が起きているのかはわからないはずだ。

 その点、一条の技は違う。

 確実に周囲に被害を与える呪法だ。


「私のは何を呼び出すかによるからピンキリよ。まあそれは貴方の崩神にも言えるのだけどね」


 一条家の呪法”崩神”は別にこの派手さが売りな訳では無い。

 うまく扱えれば臨機応変に使えるのだ。


「俺の場合はこの一撃にすべてをかけているけどな」


 一条は頭を掻きながら笑い出す。

 そうなのだ。

 一条の性格のせいなのか、彼はこの使い方しか知らない。

 いや、知らないのかあえてそれしか使っていないのかは分からないが、とにかくあの派手な一撃以外を見たことがない。


「あたしからすれば二人とも派手だよ」


 影薪は実に冷静な評価を下す。

 あまりに妥当な見解だった。

 周りからしたらどっちもどっち。

 私は周囲を酸の海にし、一条は空気を震撼させて周囲を吹き飛ばした。

 どの面下げて派手ではないと言えるのか。


「それより気づいてる?」

「ああ、流石に俺でもわかる。本体のお出ましだ」


 自分の用意した罠が破壊されたのを察知したのか、目的の妖魔が動き出した。 


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