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第二十話 決死の戦い

「呪法、崩神!」


 一条が天高く掲げた拳を振り下ろす。

 一瞬呪力が乱れたが、それを補って余りある圧倒的な呪力量がそれを感じさせない。

 妖魔の頭上から白銀に輝く拳が降り注ぐ。

 その一撃は地面を抉り、空気を裂いた。

 しかし肝心の妖魔は、一条の一撃を躱す。


「あれを躱せるの?」


 並の反射神経では躱せないはずだ。

 攻撃範囲はほとんど車一台ほど。

 速度は風そのもの。


「だから言っただろう? ここは人間界ではない。多少は呪力を使えるんだぜ?」


 妖魔の表情はハットのせいで窺いしれないが、得意げに笑みを浮かべているように感じた。

 きっと呪力で移動速度を上げたのだろうが、それにしたって崩神を躱せる妖魔などそうそういやしない。

 いくら人間界ではないとしても、まだまだ万全ではなないだろうにこの強さ。

 妖狐が言っていた通り、本当に妖界の貴族階級なのかもしれない。


「だからどうした。俺の一撃を躱しただけで勝った気分か?」


 一条の冷たい声がした。

 まただ、あの時と同じ獣のような目。

 呪力はまだまだ安定して供給され、一切衰える気配がない。


「まさか、四大名家の一つである一条家。それも当代の当主の実力がこの程度だとは思っていないぞ? だからその力、もっと見せてみろ!」


 妖魔は挑発して姿を消した。

 前と同じだ。

 透明化能力。


「同じ小細工しかできないくせに調子に乗るなよ!」


「呪法、崩神」


 一条が拳に呪力を集め天に振り上げる。


「十六連打!」


 振り上げられた拳が白銀に輝いたかと思うと、天から先ほどと同じ白銀の拳が合計十六発叩きこまれる。

 恐ろしい光景だった。

 目にもとまらぬ速さで大地が砕かれ、視界全てが砂ぼこりで覆われた。

 十六発の崩神。

 天からの拳。


「流石ね一条。ちょっとやり過ぎだけど」


 私はちょっと引きつつ、一条の健闘を讃えた。

 見ている限り、妖魔は最初の三発は躱せていたが、流石にあれだけの数は捌き切れなかったようだ。

 四発目で打たれ、そこからは見えなかった。

 崩神を受けた大地に血痕がこびりついていることから、無事ではないと思うが。


「うっそ~まだ生きてる!?」


 影薪が緊張感のない声を上げる。

 埃が晴れた頃、視線の先にもぞもぞ動く妖魔の姿があった。

 あまりにも見るに堪えない姿をしていた。

 胴体は薄くひしゃげていて、右足と左腕が潰されていた。


「嘘だろう? どんだけしぶといんだ」


 一条は肩で息をしていた。

 崩神はただでさえ燃費の悪い呪法だ。

 それを短時間の間に連発したうえに、十六連打なんていう無茶まで行ったのだ。

 いかに一条でも疲労のいろが見えた。


「これを虫の息というのかしらね? もう死になさい」


 私は一条に代わり、呪力を込める。

 影薪は私の影に潜り込んだ。


「ククク、死ぬのはお前らだ! この俺がなんの準備もせずに迎え撃つと思うか?」


 妖魔は残った右腕で地面をたたく。

 すると妖魔の上空に円形の何かが出現した。

 黄金色に輝く円形の扉のようなものは、妖魔の真上まで降りてくると少しずつ開き始めた。


「なに?」

「葵、近づいちゃだめだよ。なんだか嫌な臭いがする」


 影の中から影薪が忠告する。

 私は彼女の忠告通り、一歩も近づかずに扉が開くのをただ眺めていた。


「これはゲートだ! 妖界への玄関口。魔の世界への滑走路!」


 妖魔は狂ったように叫ぶ。

 ゲートから光が降り注ぎ、動けないままの妖魔を包み込む。


「アイツ! 逃げる気ね!」


 私はついつい駆け出してしまった。

 呪力を込め、なんとかとどめの一撃をと走りだした。

 一条をバカにし、その一条が無力化した彼の仇。

 ここでみすみす逃しはしない!


「葵、戻れ!」


 一条の声が響いた時には遅かった。

 ふと妖魔と目があった。

 ニヤリと笑っているのを見て、私は自分の愚かさに後悔した。

 さっき影薪が言っていたではないか”近づいちゃだめ”って。


 一瞬、世界が止まったような気がした。

 しかし気がしただけだった。

 その直後には足元が爆発し、私の体は衝撃で宙を舞う。

 空中に放り出された私は視界の端で、妖魔がゲートの中に消えていくのを確認した。

 ああ、逃がしたな……。

 呑気にそんな感情が湧いた時、影の幕が私の全身を覆い包んだ。





「あれ? ここは?」


 私はゆっくりと目を開いた。

 全身が軋むように痛む。

 ところどころ火傷を負っているが、なんとか人の形を保っているようだった。

 私は仰向けに寝かされていて視界を覆う空は、茜色に変わっていた。

 ここは天国かな?


「葵、無事か?」


 私を覗き込むのは一条のようだ。

 どうしようまだ視界が安定しない。


「ここは? あれからどうなったの?」


 とりあえず現状を把握したい。

 まずは天国ではないことを確かめたいのだ。


「ここは次元ポケットの外だ。あの野郎、地面に呪力で爆発するように罠をしかけていたみたいだ。アイツ以外の動く者に反応するタイプだ。俺の崩神に反応しなかったから油断してたぜ」


 そっかやっぱりあれは地雷みたいなものなのか。

 よく生きてたな私。


「爆発の収束と、ゲートが消えたタイミングで次元ポケットが壊れた。世界がステンドガラスのように光り出して消えていった。葵が気絶していたのは二時間くらいだ。そのまま目覚めないかと思ったぜ」


 そうか二時間か。

 ダメージの割に早く目が覚めた方かもしれない。

 というより、聞いている状況と私の体の状態が合わない気がする。


「影薪は?」


 私は一条にたずねた。

 いま思えば意識を失う瞬間、影の幕のようなものに覆われた気がする。

 あの子は大丈夫だろうか?

 私の影の中にいたのなら無事なはずだけど……。


「影薪は……いまお前の隣で眠っているぞ」


 一条はやや言いにくそうに隣を指し示す。

 私は痛む体をずらし、横を向く。

 そこには一条の上着をかけられた影薪が横たわっていた。


「なんで……なんでアンタがダメージ負ってるのよ」


 私の視界が滲む。

 目から滴る涙が顔を横断し、地面に染みを作る。

 転がっていた影薪があまりに痛々しい姿だったから。

 服は焼けこげ、可愛らしい手足は真っ赤に焼けただれていた。

 いつも私の大福を頬張るほっぺは煤で汚れ、絹のように綺麗な髪はその輝きを失っていた。


「どうして……どうしてよ! 私の影の中にいれば安全だったのに!」


 私はむせながら叫んだ。

 だってそのはずだった。

 そのためにわざわざ私の影に潜ったのに、どうして出てきて私をかばうような真似を……。


「とりあえず車に乗せる。早く病院へ行くべきだ」

「私は自分で歩けるから、影薪をお願い」


 私はよろよろとしながらも立ち上がる。

 涙を拭い視線を前に向ける。

 一歩ずつゆっくりとだけど確実に歩ける。

 これなら大丈夫。


 一条は私のお願い通りに影薪を抱き上げていた。

 意識はなさそうだった。

 私は怖くなり、自身の呪力と影薪の呪力を確認した。


「良かった……」


 私と影薪を繋ぐ呪力の絆はまだ健在だった。

 大丈夫、大丈夫、彼女は生きている。

 なんとかなる。

 私よりも影薪のほうが重症だ。


「病院じゃなくて、私の家にお願い」

「本気か?」


 車に乗り込んだ私は一条にお願いする。

 一条は驚きの声を上げた。

 そりゃ当然だ。

 どう見たって私の姿は家で養生すればいい感じではない。


「私よりも影薪のほうが重症なの! それに影薪は病院では意味がない!」

「飛ばすぞ!」


 一条は急いで出発する。

 ここから家まではまだまだかかるだろう。

 後部座席に二人並んだ怪我人二人。

 私も影薪も、怪我人なんて言葉で済ませていいような状態ではないが、最悪の結末を迎えなくて良かった。

 私は走りだしてからしばらくして意識をなくした。




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