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第三十二話 一対一


 皆月の領域に包まれる。

 暗闇の空間の至る所からタコ足が出現し、周囲の妖魔を捕えては捻りつぶしていく。

 ブチュッという生々しい音と共に、妖魔たちの血の花が咲いた。

 夜よりも暗い本当の闇の中、妖魔たちの悲鳴が各所であがる。

 今回は普段よりも多く呪力を喰わせてある。

 いつも以上に皆月はやる気だ。


「恐ろしい呪法だな」


 八岐大蛇は腕を組んで佇んでいた。

 何か行動を起こすわけでもなく、部下たちを守りに行くわけでもない。

 ただただ自分に向けられたタコ足を躱すだけ。

 静観を徹底していた。


「良いの? こうしている間にもお前の部下たちはどんどん死んでいっているけど?」

「構わない。この程度で死ぬ奴など、どうせこの後の戦いについてこれるわけがない」


 八岐大蛇は冷たく言い放つ。

 思った以上に冷酷で現実主義者な妖魔だと思った。

 スキームの戦いを静観していたところをみても、自分以外には徹底して興味が持てないタイプ。


 私が皆月を展開してから五分程度が経過した。

 もうほとんどこの空間で妖魔の悲鳴は上がらなくなった。


「これで一対一ね」

「そのようだ。まったく使えない奴らばかりだよ」


 もうこの暗闇の中に妖魔はいない。

 たった一人、八岐大蛇以外は……。


「残すは一体だけ、やりなさい!」


 私が暗闇で叫ぶと、全てのタコ足が一斉に八岐大蛇に襲いかかる。

 四方八方からの同時攻撃。

 躱すという選択肢はないはずだ。

 どう捌く?


 私は八岐大蛇とタコ足が交差する瞬間を見逃すまいと目を細める。

 皆月だけで奴をやれるとは思っていない。

 これは少しでもアイツの情報を得るための行動だ。


「甘い。タコ程度がこの俺に敵うと思うのか?」


 瞬間、八岐大蛇の足元から確かに見えた。

 八つの蛇の首。

 大きさは皆月のタコ足とは比較にならないサイズ。


 一瞬だった。

 四方八方から襲いかかったタコ足たちは、突如現れた八つの蛇の首に噛みつかれ、瞬時に破裂して消え失せた。

 すべてのタコ足が破壊され、世界が徐々に壊れ始める。

 夜の中に現れた私の闇の世界は、あっけなく崩れ去ってしまった。


「なかなかの見世物だったぞ?」


 全てが元に戻り、再び雪が舞い散る現実の世界で、八岐大蛇の拍手が虚しく響く。

 他の妖魔は全て殺した。

 本来なら喜ぶべき戦果なのだが、不思議と喜びの感情は湧いてこない。


「一応本気なんだけどね」

「知っている。だからこそ見世物だと言っているんだ。本気じゃなければ見世物にもならん」


 八岐大蛇はその鱗に覆われた体を震わす。

 全長二メートルは下らないその巨体。

 しかし見た目からの印象では動きも速そうだ。


「今度はこちらからいかせてもらう」


 八岐大蛇がそう宣言した瞬間、私は足元に違和感を感じて後ろにジャンプする。

 すると私が立っていた地面が盛り上がり、中から巨大な蛇の頭が出現した。

 口を大きく開ていて、あのまま私が気づかなかったら丸呑みにされていたに違いない。


「ずいぶんな攻撃の仕方じゃない?」

「そうか? たった一匹の蛇を放っただけだぞ?」


 たった一匹の蛇。

 確かに八岐大蛇からしてみればそうかもしれないけれど、私からしたらあれは蛇ではなく怪物だ。

 どこの世界に、頭だけで車一台丸呑みにできそうな蛇がいる?

 こんなサイズは化け物というのが適当だ。


「葵、避けて!」


 影薪の声のまま、私は連続でステップを踏む。

 連続で地中から蛇が飛び出てくる。

 どいつもこいつも口を大きく開けて。

 私を丸呑みにしようと顔を出す。

 地面から飛び出た蛇たちはそのまま地面を這うように私を狙う。


「ああ、もう!」


 私は思わず悪態をつきながら走り続ける。

 地面から出現した蛇は全部で八つ。

 八岐大蛇の伝承通りならこれで全て。

 八岐大蛇は八つの顔と八つの尾を持つとされている神話上の怪物だ。


「よく躱しきった。あとはどうする?」


 走り回る私とは対照的に、八岐大蛇本人は腕組をしたまま動かない。

 このままでは八匹の蛇に食い殺されてしまう。

 八匹の蛇たちはそれぞれが怪物級の大蛇だ。

 おまけに動物といった感じではなく、きちんと妖魔らしく呪力を感じる。


 そんな怪物八匹に追い回されているのだ。

 いずれ追いつかれて喰われてしまうのがオチ。

 どこかで反撃しなければ。


「やるよ! 影薪!」

「うん!」


 影薪は私の頭の上から両手を下ろす。

 私はその手を取って呪力を循環させる。

 相手は巨大な蛇の怪物。

 こちらもそれなりのものを呼び出さなければならない。

 私の月の影法師はあらゆるものを呼び出す影の呪法。

 私自身が戦うというよりも、戦うものを呼び出す呪法だ。


「呪法、月の影法師」


 私と影薪の呪力が一気に跳ね上がる。

 これから呼び出すのは奴に匹敵する化物だ。


「来い、影の眷属たち!」


 私と蛇たちの間に黒い闇の球体が浮かび上がる。

 おどろおどろしいそれは、最初はボーリングの球ぐらいの大きさだったのが一気に膨らむ。

 異様なその球体に恐れを抱いたのか、八匹の蛇たちは動きを止める。

 巨大な黒い球体は戦場の中心に現われ、中から蠢く影たちが出現する。


「ほう、これはこれは。なかなかじゃないか」


 八岐大蛇は私の呼び出した黒い球体に目を丸くする。

 なぜなら黒い球体から現れたのは妖魔そのものだったからだ。


「私の力、認めてくれたかしら?」


 私は額から汗が垂れてくるのを感じた。

 体からどんどんと呪力を引き抜かれていく感じがする。

 私と影薪の二人を媒介として呼び出したのがあの球体だ。


 呼び出したのはこの戦場で散っていった妖魔たちの影。

 私の月の影法師はあらゆる者の影を呼び出す呪法。

 その”あらゆる者”の中には当然、妖魔も含まれている。

 扱いきれるかは術者の能力次第。

 私以外で、あの黒い球体を呼び出した者はいない。

 あの球体は、術者の呪力が尽きるまで際限なく妖魔の影を生み出す工場だ。


「あっぱれだ小娘。ここまでの使い手は初めて見た。戦いを一変させるほどの力だ」


 八岐大蛇が手を掲げると八匹の蛇たちは一斉に姿勢を正し、口を大きく開けた。

 一体何をするつもりなのだろう?


「お前の推察通り、こいつらは妖魔だ。呪力を持つ。そして、呪力を持つということはつまりこういうことだ」


 八匹の蛇の大きく開かれた口には、膨大な呪力が集まりはじめていた。

 一つ一つがビル一つ吹き飛ばせそうな、そんな嫌な想像がはたらく。

 あれを食らってしまえば下手したらここの人間全てが吹き飛んでしまう!


「影の防壁を! お前たちの命を私に譲れ!」


 黒い球体から発生した妖魔たちの影、彼らの存在を粘土のように組み合わせて一つの防壁を生み出す。

 あっちの蛇たちもあの一撃を放てば呪力は空になる。

 この一撃さえ凌げば、戦局は私の有利に働くはず!


「冥途への片道切符だ。ありがたく受け取れ!」


 八岐大蛇が叫ぶ。

 八匹の蛇たちから全力の一撃が放たれた。

 紫の巨大な塊。

 速度は異常なほど速く、通り過ぎた場所は空間ごと捩じり取られていた。

 まさにこの世の現象ではない一撃。

 私の防壁と蛇たちの全力の一撃が交差した。


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