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第三十五話 西郷和美の死


 影の騎士団が妖魔たちを蹴散らす。

 妖魔たちもバカではなく、槍の攻撃範囲外から呪力による攻撃を試みるが、そんなものは彼らの鎧には効果がない。


「無駄よ! 影の騎士団の鎧は一定レベル以下の呪力を吸収する力を持つ。貴族位の妖魔が相手では意味のない能力だけど、お前たち程度であれば何の問題もない!」


 影の騎士団の鎧は吸収した呪力をストックすることができる。

 そしてある程度溜まってしまえば、吸収した呪力は武器となる。


「放て呪力の塊!」


 各々の鎧が吸い取った呪力を球体にして吐き出す。

 砲弾のような速度と音をもってして、次々と妖魔たちを撃ち落していく。

 それを見た妖魔たちは逆に接近戦を挑みにきた。

 正しい判断。

 遠距離戦では絶対に勝てない。

 となれば少しでも可能性のある接近戦を挑むのが当然の選択。


「血祭りにあげろ!」


 私の号令の下、影の騎士団たちは槍を地面に突き刺し抜刀する。

 白銀の刀身に黒い紋様が不気味に浮かび上がる。

 影の力を周囲に吐き出しながら、騎士たちは接近してきた妖魔たちを悉く斬り殺していく。

 そして斬り殺した妖魔たちを吸収する。


 鎧は呪力そのものを吸収し、剣は斬った血肉を吸収する。

 そして斬れば斬るほど禍々しさは増していく。

 戦場が血に染まれば染まるほど、影の騎士団の切れ味は上がっていく。


「私、きっと強くなってたのね」


 私は静かに呟いた。

 一〇〇〇体の妖魔を事前に仕掛けておいたとはいえ退け、一応貴族位の妖魔を倒し、こんどは残った妖魔たちを影の騎士団で圧倒している。

 修行はしてきたし、家業として日々妖魔を退治してきてはいたけれど、全力で戦ったことはほとんどなかったように思う。

 そうか、私はここまで成長していたんだ。


「もう妖魔もほとんど残っていないね」


 影薪は満足そうに言った。

 私も視界に残っている妖魔の数を見てホッとした。

 とりあえずこちら側に来ていた妖魔たちは全て退けたといっていい。

 まだまだ上空の船の周囲には妖魔はいるし、一番の大ボスっぽい奴は高みの見物をしている。

 だけどもう目の前には脅威がない。


「キャー!!」


 そう思った矢先、西側を任せていた西郷家のほうから悲鳴が上がった。

 嫌な予感がした。

 知っている声だ。

 何度もあったことのある人の声。

 この声は明美だ。

 明美の身になにか……。


「影薪、行くよ!」

「うん!」


 私は影の騎士団を連れて走りだす。

 道中にいた妖魔たちを斬り殺しながら、私たちは西に向かう。

 呪力の雰囲気的には東側は問題なさそうだった。

 しかしいざこうして西側に意識を向けると、妖魔たちの呪力が西郷家の陣営を包み込んでいるようだった。


「見えた!」


 走り続けた先では、西郷家の者たちと救援に向かった薬師寺家の者たちが懸命に戦っていた。

 その最前線で、悲劇は起きていた。

 地べたに座り込むのは見知った顔である明美。

 顔や衣服には血がベッタリとついている。

 そして彼女が大事そうに抱いている人物。

 知らないわけがない。


「か、和美さん?」


 私は動揺を隠しきれなかった。

 見知った和柄のドレス。

 この戦場でもっとも経験豊富な西郷家当主。

 西郷和美が血まみれで横たわっていた。


 和美さんと明美の周囲にはおぞましい戦いの跡が残っていた。

 明美と和美さんの呪法、光鏡は光の反射や加減を操作する呪法。

 抉られた地面や焼きただれた妖魔の死骸を見るに、光線のようなものを放っていたのだろう。

 そして周囲には破壊されたライトの数々。


「あ、明美?」


 私は恐る恐る明美に声をかける。

 壊されたライトは明美が持ち込んだものだ。

 まだ未熟な彼女はみずから光源を生み出す力はまだ弱い。

 それを補うために大量のライトを設置していた。

 彼女も懸命戦ったのだ。

 よく見ると明美もところどころ火傷を負っていた。


「葵……。どうしよう、お母さんが」


 それ以上は聞き取れなかった。

 涙声の明美の声は、戦場で聞き取るには弱々しすぎた。


 私は静かに近づき、和美さんの体を触る。

 もう冷たくなっている。

 息も脈もない。

 確実に死んでいる。


 私の脳裏に和美さんとの思い出がよみがえる。

 自然と涙は出なかった。

 悲しみよりもショックが勝つ。

 絶対に死なないと思っていた。

 彼女は私なんかよりももっと熟練の当主だった。

 母上とだって仲が良く、妖刻の経験者でもある。

 なぜ彼女が命を落としたのか……。


「あたしが悪いの。あたしが悪い。あたしが弱いから悪いの。あたしが……」


 明美は壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返す。

 見ていられなくなった私は立ちあがり、視界の端に立ち尽くす妖魔を睨む。

 分かっている。

 きっとコイツだ。


「そうだとも。お前が悪いのだよ小娘。お前が出しゃばらなければお前の母親は死なずに済んだだろう」


 妖魔は両腕を大きく広げて言い放った。

 不思議な姿形をしている。

 頭はライオンで胴体はまるでワニのような鱗に覆われている。

 しかし二足歩行をしていて、背丈でいえば三メートルは越える巨人。

 口ぶりはややスキームに似ている。


「お前が悪いお前が悪い。だけどもっと悪いのは未熟なお前を戦場に連れてきたそこの死体だ」


 バカにしたような口ぶり。

 死者を愚弄する怪物。


「明美……」


 私は黙ったままの明美を見る。

 彼女の表情は死んでいた。

 普段の彼女であれば即座に言い返していたはずなのに、いまの彼女にその気力はない。

 それどころか心が死んでいるように思えた。


「母親が目の前で殺されて放心か? 良いご身分だねえ? よほどお前たちは平和に見える。平和すぎて平和ボケ。その結果がこの始末だろう?」


 声はナルシストっぽい男の声。

 いや、男と女の声が混ざったような、妙に反響する耳障りな声だ。

 イライラする。


「影薪、殺るよ」

「良いの葵? 連戦だけど?」


 影薪は一応、私の身を案じるそぶりを見せる。

 でも彼女だってわかっているはずだ。

 これは妖刻。

 連戦するのは前提条件なのだから。


「私はこの妖魔の相手をする! 他の妖魔たちの相手をお願いします!」


 私は混乱している西郷家の者たちに指示を出して一歩前に出る。

 影の騎士団の一人が明美と和美さんの遺体を後方へと連れて行く。


「ごめん。葵」


 本当に静かな声だった。

 ギリギリ聞き取れるような声色。

 私の隣を通り過ぎる時、明美は確かに謝罪した。


「気にしないで。私は大丈夫だから」


 私は妖魔から視線を外さずに答えた。

 明美に謝罪されるなんて気持ち悪い。

 調子が出ない。

 明美はもっと明るく不敵に、私に食って掛かってきてくれないと張り合いがないじゃない。


「生きて帰れると思うなよ?」


 私は背後に影の騎士団を従えて宣言した。

 沸々と怒りの感情が戻ってきた。

 ショックを受け止め、現実を受け止め、前に進もうとするとやって来る感情。

 一条ほどではないが、やはり怒りは呪力の源だ。



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