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第三十六話 略奪の妖魔


「生きて帰れると思うなよ? それはこちらのセリフだ小娘。僕はお前たちを始末する」


 妖魔は私の言葉に腹を立てたようで、やや口調が荒々しい。


「行け、影の騎士団! 奴を切り刻め!」


 私は妖魔の言葉など気にせず号令をかけた。

 この場にいる妖魔は全て殺さなければならない。

 和美さんだけではない。

 すでに十数人は命を落としている。

 時間を稼いで夜明けを待つなんて生ぬるい手段は使わない。

 私は全てを殺す!


「そんな有象無象でやれるのはそこらの雑魚くらいのものだ! 僕を誰だと思っている? アメミトの化身だぞ?」


 妖魔は自らをアメミトと名乗った。

 そして広げた両腕を天高く掲げた。

 私は嫌な予感がして数歩あとずさる。


「なにあれ?」


 私はアメミトの掲げた腕の先に発生したものを見て絶句する。

 妖魔が操る力ではない。

 だってあれは西郷家の……。


「妖魔が光を操ってはいけないのか? 僕の勝手だろう? 僕はこの力を前の妖刻で手に入れたんだから」


 アメミトはわけの分からないことを口走りながら、光の力を操る。

 掲げた腕の先に発生したのは光球だった。

 それもとてつもなく巨大な光球。

 あまりにも大きく、明美たちが用意したライトの明かりが馬鹿馬鹿しく思えるほどの光量。

 強烈な光を爆発させ、まさに斬りかかろうとしていた影の騎士団を吹き飛ばす。


「光が強すぎだね」


 影薪が敗因を口にする。

 影の騎士団はアメミトの放った光の衝撃波に耐えられなかった。

 あまりの光量に影ごと消されてしまった。

 しかし今は影の騎士団が消されたことを嘆いている場合ではない。

 聞き捨てならない言葉を聞いた。

 前の妖刻で手に入れた?


「どういう意味? その力を前の妖刻で手に入れたって聞こえたけど冗談でしょう?」


 冗談であってほしい。

 こちら側の能力を奪われたなんて聞いたことがない。


「冗談ではない。僕は前の妖刻で殺した男からこの力を手に入れた。この、裁きの天秤でね」


 アメミトは光の中から一つの天秤を取り出した。

 普通の天秤とは違い、異様に大きく感じた。


「なに、それ?」


 私は天秤を見てゾッとした。

 背筋が凍った。

 あんなにおぞましいものを初めてみた気がする。

 天秤とは二つの物の重さを測る道具だ。


「何を乗せているの?」


 私は視界に映るものが信じられなかった。

 だからアメミトに答えさせることにした。

 はっきりと言葉で聞かなければ分からないと思ったから。


「え、うそ……? なんで、そんなはず!」


 声は遠く後方から聞こえてきた。

 振り返ると、そこには明美が立っていた。

 覚悟を決めたのか現実を受け入れたのか、目には生気が戻っている。

 私たちの視界に映る天秤の片方には巨大な羽根が乗っていた。

 しかし問題はもう片方。

 そこには一人の人間の生首が乗せられていた。


「なんだ? 僕に力をくれたこの男を知っているのか?」


 明美の様子を見る限り、天秤に乗せられている男は知り合いだろうか?

 生首となって天秤に乗せられている男。

 天秤は羽根のほうに傾き、男の生首は上となっている。

 つまりあの羽根は人間の生首より重いということになるが、そんなはずはない。

 私の知っている羽根でそんな重量は存在しない。

 つまりあれはなにかしらの術式か儀式の類。


「お父さんを返して! お父さんの死体がなかったのはお前のせいか!」


 明美は叫んだ。

 お父さんを返して? ってことはあの生首を晒されているのは明美にとっての父であり、和美さんにとってのパートナーだ。


「あれが明美のお父さん? お前が扱っている光の力、それは彼から奪ったものなの?」

「奪っただなんて人聞きが悪い。この男が羽根より価値が軽いからいけないんだろう? この天秤は羽根よりも価値のない者から能力を頂戴する逸品さ」


 アメミトは得意げに天秤を自慢する。

 その仕草や喋り方が、異様に私たちの神経を逆なでする。


 そしてどうして和美さんが殺されたのかが分かった。

 光を操る西郷家の呪法に対して、同じ呪法を返されたからだ。

 妖魔の中で光を操る者は存在しない。

 意表を突かれたのだろう。

 しかも単純な出力であれば、貴族位の妖魔が上回る。


「下品な天秤だね」


 影薪が顔を歪ませながら言い捨てた。


「品がないのはお前らだろう? 僕はこの綺麗な能力を気に入っているんだ」


 アメミトがそう言って指を鳴らす。

 すると天秤の上の生首が頭の先から少しずつ分解されて消えはじめた。


「お父さん!」


 明美の悲痛な声が響いた。

 徐々に分解されていく父親の生首。

 明美の心境を思うといたたまれない。

 私は目を覆いたくなるほどの光景を、しっかりと目に焼き付けた。


「お前の父親は僕に良い能力をくれた。今度はお前の母親をもらおう。さっき戦ってた時、良いな~って思ったんだよね」


 アメミトが再び指を鳴らすと和美さんの死体が宙に浮く。

 私と明美は呆気にとられて眺めることしかできなかった。

 これから起こるであろう悲劇を前に、体が動かなかった。

 おぞましい光景だった。

 和美さんの首が体から離れ、天秤に乗せられる。

 明美の父親が乗せられていたところに和美さんの生首が乗せられた。


「これからこの女の価値を測らせてもらおうか!」


 アメミトは高らかに宣言する。

 神々しい光をバックに、運命の天秤が輝く。

 和美さんの命の価値を測る審判の時。

 羽根と和美さんの重さ比べ。

 結果は知っている。

 これは実際に測っているわけではない。

 儀式の一環なのだ。


「お前の母親の命の価値が判明した。羽根以下の価値。よってこの女の能力は僕がもらい受ける!」


 アメミトは高らかに宣言する。

 その瞬間、明美が走りだした。

 無謀にもなんの考えもなしにアメミトに向かっていく。


「明美! 無駄死にしちゃだめ!」


 私はなんとか明美を羽交い絞めにして抑える。

 暴れる明美を抑えていると、それをニヤニヤしながら眺めていたアメミトが笑い出した。


「いいねいいね。お前は面白い女だな。ここで殺してしまうのは惜しい。ここは引かせてもらおうか」


 アメミトが信じられない言葉を口にした。

 いまは十年に一度の妖刻。

 妖魔からすれば人間界に攻め入る一番のチャンス。

 そしてなにより彼らの王である妖狐を救い出すという目的がある。

 そんな中で撤退を選ぶ妖魔などいるはずがないと思っていた。

 しかしコイツは違う。

 アメミトはきっと妖狐のことなどどうでもいいのだ。

 自分の欲望のためだけに妖刻に参加している屑野郎。


「引かせると思うのか!」


 私が大声で叫んだ時、天空からおぞましい咆哮が鳴り響いた。

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