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第四十二話 用心棒


「葵。お前の式神、もう少しなんとかしたほうがいいぞ?」

「私もいまそう思っているところ」


 私と妖狐はいま、二人揃って美月さんの目の前に並ばされている。

 そんな私たちを前にして、美月さんは男物の服が大量にかかったハンガーラックから一着一着、妖狐に似合うか試し続けている。


「なんだっけ? 俺の存在を認めさせるために葵の仕事を手伝えだっけか?」

「うん。それを通じて他の名家の人たちにも認めてもらおう作戦だって」


 私と妖狐は揃ってため息をついた。

 妙に理にかなっているからこそ、余計に抗議がしにくいのが憎たらしい。


「まあ実際、私はあと二週間は呪力が練れないから助かりはするけど」


 妖刻が終わったとしても、妖魔がすべて消えたわけでも大人しくなったわけでもない。

 日常は常に隣に存在している。

 私が戦えない状態だろうと、妖魔たちは事件を起こす。


「う〜ん。ちょうどいいのがないですね」


 美月さんは困り顔で唸っている。

 ぶっちゃけそうだと思う。

 私の家にある男物の服は全て死んだお父さんの服ばかり。

 妖狐のモデル並みのスタイルには似合うはずもなかった。


「葵の父親の服は着たくないな」


 妖狐はめずらしくわがままを口にした。

 少しだけ気まずそうな表情のまま……一体どうしたのだろう?


「じゃあどうする? 外でなにか買ってくる?」


 私がそう提案したところ、妖狐は腕組みをして天井を見上げていた。


「いや、こうしよう」


 妖狐がそう言って呪力を展開すると、妖狐の全身を白い煙が覆いはじめる。

 一体何事かと凝視していると、白い煙が晴れた頃には妖刻の際の服装になっていた。

 呪力でなびく長い金髪に、それと合わせたような金色の和服に白い羽織。


「妖狐……。貴方その格好で外を出歩くつもり?」

「もちろんだ。なにか問題でも? 人間たちはこういう服装だろう?」


 私は頭を抱えた。

 ああそうか。

 妖狐の中で人間の記憶は三〇〇年前で止まっているのだ。

 当時は和装がスタンダード。


「今は違うんだけど……。まあいいや」


 私はなんとか抵抗しようと思ったが、妖狐が意外と頑固だったことを思い出して諦めた。

 もう目立とうがなんだろうが気にしない。


「着替え終わった〜?」


 呑気な声とともに部屋のドアが開かれた。

 そこに立っていたのは影薪。

 この絶妙なアイデアの提唱者にして黒幕であり、残念ながら私の唯一無二のパートナー。


「影薪……もうこれで行くしかないみたい」


 私はなんとかしろという意思を込めて、影薪を睨みつける。

 しかし影薪はわかっていてわざと私の視線から逃れた。


「ええ〜格好いいじゃん!」


 言葉とは裏腹に、明らかに面白がっている様子。

 あとでこの子の大福を取り上げてやろう。


「服装についてはもういいけど、妖狐の部屋とか用意したいんだけど」


 私の提案に美月さんと影薪がそろって手を叩いた。

 確かにと思ったのだろうか?

 影薪は面白がっているのが大半だが、美月さんは思いっきり考え始めた。

 きっと近いうちに妖狐の部屋が完成しそうだ。


「さすがに地下にいてもらうのは嫌だし……」

「俺は別に地下でいいと言っているんだけどな」

「私が嫌なの!」


 ここは私の我儘をのんでもらう。

 好きな人が地下牢で暮らしているという現状は許せないのだ。


「わかりました。ちょうど葵様の部屋の向かい側が空いてますので、そこを妖狐様の部屋にしましょう」


 美月さんは明らかに私の気持ちを知っているようで、ウインクまでしてくる始末。

 絶対的に私の気持ちが家族に弄ばれている。


「じゃあそのあいだにあたしたちは街に行かなくちゃね」


 影薪はめずらしく仕事熱心な様子を見せる。


「あんたがやる気なの珍しいじゃない?」

「だって葵が戦えないからあたしも出番ないし、妖狐と葵を影から眺めていられるから楽しみなんだよね」


 そういうことか。

 影薪は今回の事件の調査を通じて、私たちを文字通り影から楽しもうという魂胆らしい。

 いつも通りで逆に安心した。

 この底意地の悪さこそが影薪である。


「本当に影にいてよ? 私、となりに金髪長髪の和装イケメンと幼女を連れて歩く勇気はないからね」


 私は心から懇願した。

 そんな状況になったら、私は恥ずかしさで死んでしまうかもしれない。


「じゃあとっとと行こうか!」


 影薪はそう言って私の影の中に入っていく。

 時計を見ると午後一時。

 そろそろ出ないと間に合わない。 


「直接事件現場に行くのか?」


 妖狐が不思議そうな表情を浮かべたままたずねてきた。

 彼からしてみれば全てが初めてだらけ。

 右も左も分からないだろう。


「いいえ、刑事の平野さんに会いに、徒花町の警察署に向かうわ」

「あれか、昔で言うところの町奉行所か」

「町奉行所……。まあそれでいいわ。行きましょう」


 私と妖狐はそろって薬師寺家を出発する。

 妖狐だけが和装ではバランスが悪いため、私も思い切って和服で出かける。

 着ているのは妖刻の際に着用していた霊装だ。

 こうして歩いていれば、まだ彼の横に並んでいても許されるレベルになる。


 近くのバス停まで歩き、バスに乗る。

 そして案の定というべきか、周囲の視線が気になる。

 あまり和服でうろつく若い人がいないのに加え、妖狐が恐ろしいほどに美形なため通りすがりの女性の視線が突き刺さる。

 それは妖狐に目を奪われたのもあるが、私への羨望や嫉妬の入り混じった眼差しが大半を占める。


 あの女は誰だ?

 全然釣り合っていない。


 そんな言葉が聞こえてきそうだ。

 私は軽くため息を吐くが、妖狐は周囲の好奇の視線を気にしていなかった。

 彼にとっては物珍しい、建物や風景を眺めるのに夢中のようだ。


「そんなに周囲の視線が気になるのか?」


 妖狐は徒花町に降り立ち、耳元でささやいた。

 私の心臓は突然の刺激に高鳴る。


「そりゃそうでしょ」

「あまり気にしないことだ。人と違うということはそれだけで価値がある」


 妖狐の言葉はどこか頼もしく聞こえた。

 人と違うことに価値がある……。

 そんな風に考えたこともなかった。

 どうしようもなく普通ではない人生を送ってきた私にとって、妖狐の言葉は救いとなった。


「背筋を伸ばして堂々としていろ。何があっても俺が守ってやるから」


 本当に、わざとじゃないのかしら?

 恥ずかしいセリフをスラスラ口にする妖狐に、妙な疑念を抱く。

 私が内心高鳴っているのを楽しんでいるのではないか?

 そんな疑問が渦巻く中、私たちは警察署の前にまでやってきた。


「ここか?」

「ええそうよ。頼むわよ用心棒さん」


 私は妖狐の腕を引いて警察署内へ足を踏み入れた。




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