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第六十一話 原因を探そう


 当主会談は夜更けまで行われた。

 議論の中心は当然ながら異常な呪力濃度。

 その数値のグラフを睨みながら、各々の考える原因について話し合った。

 結果として、やはり原因は妖魔だろうという当然の帰結となった。

 全員の認識が一致したところで、今度はその原因となる妖魔をどうやって探すかという議論に移る。

 夜更けを越えて朝がやって来る寸前に、明美の放った一言で議論に幕が下りた。


「妖魔による事件を細かく精査するしかない!」


 明美のしらみつぶしなその一言に、その場にいた全員が納得した。

 投げやりになったわけではなく、現状では手掛かりがなさすぎるのだ。

 質よりまずは量。

 情報集めが当面のテーマであると全員が認識したあたりで、各々体力の限界がやってきたのだ。

 私をはじめとした当主たちは、それぞれに割り当てられていた客室に戻り仮眠をとる。

 歩き方などほとんどゾンビそのもの。

 夜明けの日差しがボロボロの肉体に追撃を加えているようだった。

 とにかく布団へ……その一心で眠りにつき、今は午後二時。

 爆睡だった。


「葵、生きてる?」


 影薪に生存確認される程度にはやつれた顔をしていたらしい。

 鏡を見ると、確かに午後二時の乙女の表情ではなかった。

 血色が悪い。


「生きてるわ。ただ半分死にそう」

「ダメだよそんなんじゃ、妖狐に嫌われちゃうよ?」

「大丈夫よ。きっと彼はこんな私も受け入れてくれる……はず」

「こら~寝るな! 今日の午後から資料を漁るんでしょ?」


 私が二度寝をかまそうとしたところで影薪のげきが飛ぶ。

 そうだった。

 資料を漁ろうと思っていたのだ。


「今から警察署に行くとか嫌だ~」


 ここでいう資料とは、近辺で起きている妖魔による事件の記録だ。

 薬師寺家にそんなものがあるわけもないので、平野さんに会いに行かなくてはならない。


「こんな頻繁に警察に行く乙女がいると思う?」

「そもそも妖魔と戦う乙女がいないよ」


 影薪に冷静につっこまれ、私は納得する。

 そうだ。

 私に普通の乙女なんて無理な話だ。

 こんな血なまぐさい会議を夜通ししている十八歳など存在しない。


「行くか~」


 私はボロボロの体に鞭を打って立ち上がる。


「とりあえず朝ごはんくらい食べたら?」

「そうする~」


 私は重い瞼を擦りながら自室を出る。

 普段朝食を食べている席に着くと、奥から美月さんが顔を出した。


「大丈夫ですか? 酷い顔をしてますよ?」

「大丈夫よ美月さん。他のみんなは?」


 私はそういえば姿が見えないと他の当主たちのことをたずねる。

 きっとまだ寝ているのだろう。


「皆様は三時間前にはお目覚めになり、帰宅されました」

「え、もう帰ったの!?」


 私は驚きで目が覚めた。

 まさか主催である私が一番長々眠っているとは恥ずかしい。


「ええ。ですから別に今日どうしてもお出かけにならなくても良いのではないですか?」


 美月さんが配膳しながら私に意見する。

 朝食は、白米に味噌汁。そこに漬物と鮭の塩焼きと非常にバランスの取れたメニューだ。

 あ、納豆もある!


「良いのかな?」


 私は自分の中の欲望と戦う。

 義務感で警察に行くべきだと思ってはいるが、いろいろありすぎて疲れているのも事実だ。

 まだ自分一人で戦える状態ではないのも考慮すると、今日はこのまま休んだ方がいいのかもしれない。


「良いんです! 葵さんは働き過ぎなのです!」


 一年中休んでいるところを見たことがない美月さんが言っても説得力がないが、確かに働きすぎなのは否めない。

 年中無休は現代日本では許されないのだ。


「休もうかな……」

「本当に!?」


 なぜか影薪が嬉しそうに顔を出す。

 なんでそんなに嬉しいのだろう?


「あたしも休みは初めてかも」


 ルンルン気分の影薪に、そんなわけないと思いつつも、よくよく考えてみれば常に私から離れられないのだから休みがなかったことに気づく。

 あまりにも人間っぽいから忘れがちだが、彼女はこれでも私の式神なのだ。

 宿主からは離れられない存在。

 だから私が休まなければ、彼女も強制的に働かなければならない。


「なにする?」


 影薪は遊んでと顔に書いてあった。

 影薪と遊ぶか……。

 幼少の頃以外ではほとんど遊んだことがない。

 私がわりと早くから、次期当主としての教育に入ったからだ。


「大福をかけてトランプでもする?」

「じゃあ妖狐も誘おう」


 私の提案に影薪が妖狐も呼ぼうと提案する。

 ああ、そういうことか。

 コイツ、私と遊ぶのではなく私で遊ぶ気だな。

 ずいぶんと昔とは遊び方が変わってしまったものだ。


「私を観察して楽しむ気ね」

「当たり前でしょう? あたしの一番の楽しみなんだから」


 影薪はとうとう隠さなくなった。

 堂々と私で遊ぶと宣言したのだ。


「まあいいけどね……」


 内心ちょっとホッとしている自分もいる。

 自分の式神に最高級のエンタメを提供できているのだ。

 身を張ってはいても関係ない。

 普段の感謝だと思えば安いもの。


「じゃあちょっと妖狐を呼んでくるね」


 私は席を立って妖狐の部屋に向かう。

 妖狐は地下から私の部屋の向かいに引っ越してきてからというもの、ほとんど自室で過ごしている。

 やっぱりずっと地下にいたせいか、同じ場所に居続けるほうがしっくりくるらしい。

 ただ少しばかり以前よりは変化してきてはいる。

 デートをした日から、たまに夜に私の部屋に遊びに来たりするようになった。


 何をするというわけでもなく、ただ他愛もない会話をしたり添い寝してくれたりさまざまだ。

 もちろんそのあいだも影薪は近くにいるのだが、清々しいほどわざとらしいイビキをかいて寝たふりをしてくれている。

 私も妖狐も寝たふりだと気づいてはいるのだが指摘はしない。

 そもそも私も妖狐も影薪の存在をそこまで気にしてはいないのだ。


「ねえ今からトランプやるんだけど一緒にやらない?」


 私は誘いながら部屋のドアを開けた。

 いちいちノックなどしない仲なのだが、ドアを開けた先で妖狐がぼんやりと私を見つめていた。


「どうしたの?」

「……あれ、葵? ここはどこだっけ?」


 妖狐の言葉に私は背筋が凍った気がした。

 一体どういう冗談だろう?

 いや、そもそも妖狐は冗談なんて言うタイプじゃない。


「いや、ここは葵が用意してくれた部屋だった。すまん葵、寝ぼけていたみたいだ」


 妖狐は笑って誤魔化す。

 ドキッとするほどさわやかな笑顔に流される。

 本当に寝ぼけていただけだろうか?

 それにしては変な感じだと思った。


「ならいいけど……」


 私は疑念の気持ちに蓋をして、久しぶりの休暇を満喫することに決めたのだ。





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