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第六十二話 薬師寺家の外周


 地獄の当主会談から一週間が経過した。

 もう年を越しており、お正月は盛大に一族で盛り上がるなんてことはなかった。

 例年、お正月は薬師寺家の分家から何からが集まる日なのだが、今年は妖刻があったこともあって自粛となっている。

 犠牲者がそれなりに出てしまった以上、とてもじゃないがハッピーニューイヤーなどとは叫べない。


 そうは言っても何もしないというのも味気ないので、妖狐と影薪と美月さんと私の四人でおせちなどを口にした。

 妖狐に日本の文化に触れてもらうという名目だったが、なんだかんだ妙な構成の家族となったこの家で楽しく過ごした。


 妖刻からそれなりに時間が経過した結果、私には呪力が戻っており、一人で妖魔事件に向かうことができる状態だ。

 そんな折、一通のメールが私のもとに届いた。

 メールの送り主は明美だった。

 そういえば、前に喫茶店でたまたま会った時に、今度話を聞いてほしいなんて言われてたっけ?


「今日の予定は……」


 私は携帯のカレンダーアプリを開き、本日の予定を確認する。

 デジタル音痴な私はずっと紙の手帳を使っており、先日影薪にバカにされた結果なんとかカレンダーアプリに予定を入れれるようになったのだ。

 これは私の中では快挙と言える。

 いい加減ある程度はデジタルに慣れないとマズイ。

 最近妖狐が現代の技術を恐ろしいほどの速度で覚えつつある。

 このままではどっちが現代人か分からなくなるほどだ。


「午前に敷地内を見回って、あとは書類仕事か……」


 午後なら空いてるとメールを返信する。

 話を聞いてほしいというからてっきり喫茶店とかで話すのかと思ったら、指定場所は我が家であった。

 そうなるとあまり外で話すような内容じゃないのかもしれない。


「明美が来るの?」


 影薪が私の背中を登り、肩から顔を出す。

 ちょっと重いんだけどな~。


「いま重いって思ってる?」

「ええ。影薪、ちょっと太った?」


 嫌味ではなくなんとなくそう思った。

 とはいえ式神が太るのかという謎はあるのだが……。


「失礼だよ葵。命の重みと思ってほしいもんだね」

「絶対使う場面が違う気がする」


 私はため息をついて庭に出る。

 一月上旬の午前九時。

 とても寒いのでいろいろとモコモコするぐらい着込む。

 先日妖狐と買った白いダウンジャケットは本当に役に立つ。


「見回りってそんなにしなくちゃダメなの?」


 影薪はたまにこういう発言を繰り返す。

 理由は分かっているだろうに、めんどくさいという気持ちが先に立つタイプらしい。


「あのね、薬師寺家の敷地はとんでもなく広いのよ? それに呪力が他の場所よりも明らかに濃いんだから、たまには見回らないと次元ポケットとか良くないものの吹き溜まりとか、そういうのができてるかもしれないじゃない」


 私は毎度の説明を繰り返す。

 まあこうして影薪とこういう話ができるのも平和な証拠だと思えるようになってきた。

 皮肉なことに、妖刻という悲惨な戦いが私を精神的に大人にしていた。

 それは午後に来る明美も同じかな?

 いや、明美に関していえば私以上に成長している気がする。

 母親の不幸で突然当主になったのだ。

 変わらざるを得ないだろう。


「影薪、行くよ」


 私は寒いからと首を横に振っていた影薪を抱きかかえ、薬師寺家の敷地の一番端っこに向かう。

 そこからぐるりと時計回りに敷地内を散歩するかたちだ。

 外周を周るだけで三時間以上はかかる。

 きっちりと測ったことはないけれど、直径だけで五キロはありそう……。


 それなりの速度で歩き出した私は、手元でブルブル震えている影薪を胸元に抱き寄せる。

 ああ、暖かい。


「あたしを湯たんぽみたいにしないでよ」

「なら自分で歩きなさい」


 私はそう言って影薪を地面に立たせた。

 影薪は少し恨めしそうに私を見上げ、やがて諦めたのか私の少し前を歩き出した。


「毎月こんなに散歩する必要あるの?」

「一ヶ月放置しているあいだになにかが発生してたらマズいじゃない?」


 実はこれは母の代からの習慣なのだ。

 それまでは半年に一度程度だったらしい。

 しかし母上が当主だった時に、敷地内で呪力が凝り固まってよくないものが発生していたらしく、それ以降、見回りの頻度がアップしたのだ。

 そういえば最近会いに行ってないな~。


 私は敷地内を歩きながら母上のことを思う。

 最近会ってない。

 妖刻が終わった時にメールでやりとりぐらいはしたが、ちゃんと顔を見せに行っていなかった。

 娘として失格ね。


「あの人にはあまり会いたくない?」


 影薪が私の内心を見透かした。

 彼女には全部駄々洩れな気がする。


「なんとなくね」

「仕方ないんじゃない? 厳しかったし。だけど会えるときに会っておいたほうが良いと思うよ? 突然会えなくなっちゃう人もいるでしょう?」


 影薪の言う通りだった。

 それこそこれから家にやって来る明美なんてその典型だ。

 後悔する前に会っておいたほうがいい。

 明美の話が終わったら会いに行こうかな。


「そうね。今日か明日か、会いに行こうかな」

「だね。でもほらその前に、とっとと見回り終えないと約束の時間が来ちゃうよ?」

「アンタが駄々をこねてたからでしょうが!」


 私はそうは言いつつも少しばかり急ぎ足で敷地の外周を周った。

 内側の細かい見回りはまた今度やろう。

 いまは明美のほうを優先すべきなのだ。



「いらっしゃい」


 約三時間にものぼる、薬師寺家外周見回りイベントを終えた私のもとを訪れたのは、他ならぬ明美だった。

 お付きの人もつけずに一人でやってきた。

 内緒にして来たのだろうか?


「ごめんね葵」

「いいって。誰にも聞かれたくない話?」


 明美は少し迷った後、黙って頷いた。

 私はそれを見て影の中から影薪を引っ張りだす。


「ちょっと私の部屋で大福食べてて?」

「あたしを大福で大人しくさせる気?」

「その気よ」


 私は美月さんからもらった大量の大福を部屋の机の上に置く。

 影薪は少し迷った末に、耐えられずに大福のほうへ走っていった。

 私は自室のドアを閉め、当主会談で使用した部屋に明美を案内する。


「ありがとう」


 美月さんがお茶とお菓子だけを置いて部屋を後にする。

 残ったのは私と明美だけ。


「それで、どういった用件?」


 私はさっそく斬り込む。

 一体どんな話だろう?


「実はその……」

「う、うん」


 妙に言いにくそう。

 何か恥ずかしいことなのだろうか?


「あたしに戦い方を教えてくれない?」


 明美の口から出てきたのは、信じられない言葉だった。

 だって明美だって戦えるじゃん!


「ダメなの。とてもお母さんみたいには呪法を操れない。一条みたいな破壊力もなければ、葵みたいな精密な呪力操作はできない。当主として明らかに劣っている」


 明美の悩みは単純な力不足だった。

 きっとこの前の喫茶店で一条と話していた内容もこれだろう。

 あの時は一条に相談をして、それで話が進むなら私に知られたくなかったのかもしれない。


「教えるって言ってもな~」


 私は腕組をして頭を悩ます。

 直接戦ってみるぐらいしか鍛えようがない。

 私は西郷家の呪法に詳しいわけではないのだ。


「私に手の内を明かすことになると思うけどいいの?」

「構わないわ。死んだお母さんの復讐のためなら」


 そう語る明美の瞳の奥に、ドス黒い何かを感じた。

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