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第六十三話 特訓


 私と明美はいま、震えるほど寒い野外に立っている。

 場所は薬師寺家の広大なスペースの一角。

 人や建物から遠いこの場所は、落ち葉も落としきった枯れ木たちしかいない。

 まるで命が失せたよう。


「まさかね~こうなるとは」


 影薪はなんだか少し嬉しそうだった。

 明美から特訓をと言われ、じゃあさっそくと影薪を大福から引き離し連れてきたのだが、影薪は不機嫌になるどころか楽しそうにしてしまっている。

 戦うのが好きなのかな?


「アンタってそんな好戦的だったっけ?」

「別に好きじゃないけどさ、ここまで戦っていないのは久しぶりじゃない?」


 影薪に言われて思い返すと、確かにそんな気がする。

 二週間以上呪力を使わない生活は久しぶりだ。


「葵ってそんなに戦ってばかりなんだ……」


 私と影薪のやり取りを聞いて明美が目を丸くする。

 当主、それも薬師寺家の当主ともなれば戦いは避けられない。


「戦闘狂みたいに言わないでよ。嫌々戦ってるんだから」

「それは分かっているけどさ、道理で葵は強いはずだよ。あたしなんて数か月に一回とかだったもん」


 私は逆に驚いた。

 いまはもちろん違うのだろうが、それだけ実戦経験がないんじゃ強くなるはずもない。

 強さとは単純な呪力の量や質だけではなく、戦い方や慣れのほうが大事だったりするのだ。


「そんな状態でよく妖刻に挑んだよね」

「流石に妖刻の前はお母さんに鍛えてもらったけど、でも全然だった。あたしには力が足りなかったし、戦う理由や覚悟が足りなかった」

「理由と覚悟?」

「そう。一条や葵、雨音さんにあってあたしにないもの。足りないもの。でも理由は見つけた」


 明美はそこで言葉を切った。

 理由は見つけた。

 間違いなくそれは母親の復讐だろう。

 貴族位の妖魔アメミト。

 明美が復讐を誓った妖魔の名。


「次は覚悟? 明美はもう覚悟は決まっていると思うけど」

「そう思う?」


 明美は自覚が無いらしい。

 覚悟が決まっていなければ、どうにかして強くなろうとしない。

 覚悟が決まっていない状態で、成り行きとはいえ当主は務まらないのだ。


「思うよ。いま明美に足りないのは圧倒的に実戦経験だけ。それと自信かな」


 私はそう言いながら明美と一定の距離をとる。

 距離にして十メートル。

 模擬戦をするにはちょうどいい距離?


「自信は……まだないかな」


 明美は私と対峙して呪力を込み上げ始めた。

 西郷家の呪法は光。

 対する私は影。

 真逆の二人。


「殺す気で来なさい」

「言われなくとも!」


 明美が語気を強めて呪力を右腕に集中させる。


「呪法”光鏡”」


 明美が叫ぶと、地面に降り注いでいた太陽の光の一部がねじ曲がり、私の足元に注がれる。

 危険を察して私が躱すと、光線の当たっていた部分が発火した。


「なるほど。光を集めて燃やしたわけね。いろいろ応用が利きそうな呪法じゃない?」

「ありがとう。でもそうやって調子に乗っていられるのも今の内よ!」


 明美が再び呪法”光鏡”を使用する。

 今度は視界が揺らぎ、明美が五人に分裂する。

 ああきっとこれは幻覚だ。

 光の加減を操作して虚像を見せているに違いない。

 蜃気楼のようなもの。


「呪法、月の影法師。来い! 皆月!」


 私はいつもお馴染みのものを呼び出す。

 私が呪法を展開した瞬間、空間が闇に包まれた。


「なにこれ……これが葵の本気?」

「本気? いいえ、全然よ」


 私の視界がクリアになっていく。

 明美の呪法の効果が切れてしまったのだ。

 私の影が太陽の明かりを切断した。

 明美の武器である光はこの空間に届かない。


「クソ!」


 明美はポッケから懐中電灯を持ち出し、その明かりを私に向ける。

 光が当てられた瞬間、光が当てられた私の全身がほんのりと熱くなるのを感じた。


「無駄よ」


 皆月がすぐに触手で明美の放つ光を遮る。

 途端に攻める手立てを失った明美に向かって、皆月は次々と触手を伸ばしていく。


「来ないで!」


 明美は懐中電灯の明かりを右手に集め、球体にしたかと思うと、それを一気に破裂させて近寄る触手を吹き飛ばそうとする。

 しかし残念ながら光量が足りないのか、皆月の触手には一切通用せず、そのまま触手に捕えられてしまった。


「どうする明美」

「降参するわ。もう手段がない」


 明美が懐中電灯を手放したのを合図に、私は指を鳴らす。

 その瞬間に皆月と暗闇の世界が消失した。


「そんな一瞬で……」


 明美は地べたに座り込み、驚いた様子で周囲を見回した。


「どう? 何かつかめた?」

「逆に葵から見てあたしの弱点はどこだと思う?」


 明美は私に問う。

 弱点がどこか……正直難しい。

 特別どこが欠点とかいう話ではない気がする。


「厳しいことを言わせてもらうと全部よ」

「……全部」


 明美は自分でも分かっていたのか、大してショックを受けているようには見えなかった。

 私と対峙して分かったはずだ。

 全部が足りないということを。

 弱点なんてものができるほど際立ったものがない。

 いまの明美でもその辺の妖魔相手ならなんとかなるだろうけれど、貴族位の妖魔が相手となると話にならない。


「まず今の明美のポテンシャルをじゅうぶんに発揮するには太陽の光が必須。その時点でだいぶ苦しい。妖刻は夜に始まって夜に終わる。そのための懐中電灯なんでしょうけど、それだと威力が弱すぎる」


 強いてあげるならこれがもっともな弱点。

 太陽があればまだなんとか戦えるかもしれないが、私が世界を暗闇で覆ったあたりからは戦いになっていない。


「それと呪法の発動速度が遅いのと、太陽光がある状態でも威力が弱い。貴族位の妖魔が相手だと、生半可な攻撃は一切通じない」


 もっともマズイ点はここかもしれない。

 最大ポテンシャルを発揮して尚、威力と精度が低いこと。

 これは修行でなんとかするしかないとして、太陽がなくても戦えるようにするにはなにか方法を考えないと厳しいかもしれない。


「和美さんは夜間の戦いはどうしてたの?」


 私は明美にたずねる。

 大量の照明器具を持ち込んでいたのは知っているが、あれは明美が持ち込んだはずだ。


「お母さんは自力で光を生み出してた。でもあたしにそこまでの腕がまだない」


 明美は悔しそうに答える。

 拳が震えていた。


「とりあえず明美は時間が許す限り修練に励むしかないわね。呪力の量とコントロールの訓練。それでその部分は多少は伸びるから……。あとは実戦経験を多く積むことだけど、いまは当主だから勝手にそこはクリアできそうね。となるとあとは……」

「夜間戦闘の解決策だね」


 私の言葉を影薪が引き取る。

 彼女はずっと私の側で明美を観察していた。


「影薪は何かいい方法知らない?」


 私の言葉に明美も期待を込めて影薪に視線を送る。

 しかし残念ながらなさそうだった。

 影薪は腕組をして考えるフリをしている。

 こうしているこの子は大抵答えがないときだ。


「じゃあさ、久しぶりに葵の母上に会いに行く? 和美さんと仲が良かったんでしょう? 何かいい方法を知っているかも」


 影薪の提案に、私と明美は静かに頷いた。



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