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第六十九話 呪花


 妖狐は再び呪法、世界反転を使用した。

 ゾッとするほどの呪力量に、私まで眩暈がしそうになる。

 あっという間に次元ポケットは呪花ごと破壊され、私たちは本来の倉庫の中にポツンと立っていた。


「葵、妖狐。そっちは終わったの?」


 扉から戻って来ると、影薪が被害女性を膝枕して待ち構えていた。

 暇だったのか、欠伸までしてしまっている。

 緊張感とかないのだろうか?


「こっちは終わったよ。ついでに呪力濃度についての答えらしきものも見つかった」


 私は影薪に呪花のことを話した。

 影薪は少しの間考えた末、結局は私と同じ結論にたどり着いた。

 ペットは飼い主に似るというが、もしかしたら式神も同じかもしれない。


「本当に、なんとお礼を言えばいいのか……」

「いえいえ、お礼はもういただいているので」


 地下から出てエントランスに戻ると、オーナーと付き人が妖狐の抱える女性を見て駆け寄ってきた。

 良かった。

 やっぱり彼らの言っていた失踪した女性はこの人だったみたい。


「しかし……」

「大丈夫ですので、この方を早く病院へお連れしてください」

「そ、そうですね。それでは失礼いたします」


 オーナーと付き人は頭を下げると、すぐに救急車を手配する。

 私たちは女性を彼らに預けた時点で、特にやることがなくなったため宿泊する部屋に戻ることにした。


「スキームって心底邪魔するよね」


 影薪の感想はごもっともで、私も死んでもなお邪魔してくるとはと舌を巻いた。

 そしてこうも考えた。

 きっと今回のような次元ポケットはもっとあるだろうと。

 早くそれらを何とかしなければ、大気中の呪力濃度はどんどんと膨れ上がるだろう。


「邪魔してくるのにもうこの世にいないのがもどかしいわね。殴ってやることもできない」


 今まで出会った妖魔たちの中で、迷惑度でいえば間違いなくナンバーワンなのがスキームだ。

 そしてもうこの世にいないので復讐も文句も言えない。

 妙な歯がゆさを胸に、私たちは自室の前にたどり着いた。

 まだまだ時刻は八時。

 せっかくの家族旅行を台無しにするわけにもいかない。


「示し合わせたとおりに」


 妖狐も影薪も頷く。

 せっかくの家族旅行、さっきの件は私たちの胸の中にしまうことにした。

 美月さんにいらぬ心配をかけたくはない。

 明日、家に戻ってからこの件は他の名家にも伝えよう。

 だから今日ぐらいは、旅館を満喫しよう。


「美月さんただいま!」

「お帰りなさい! お祓いはどうでした?」


 美月さんはやや心配そうな表情を浮かべていた。


「全然大丈夫でした。今までと同じく、特に何も起きずでした! そんなことより温泉入りましょう!」


 私は誤魔化すように美月さんを温泉に誘う。

 備え付けの天然温泉。

 入らないともったいない。


「お先にどうぞ」


 妖狐はそう言って座布団の上に腰を落とす。


「じゃあ先に入って来るから」


 私たちは妖狐にそう告げて着替えをもって外に向かう。

 一瞬寒さに身をよじるが、すぐに温泉の湯気にあてられて心地よくなった。


「さあ入りましょう美月さん!」

「いえ、でも、私使用人なのに家主と一緒に入っていいのかしら?」

「母上は厳格だったかもしれませんが、私は気にしません! 影薪もそうでしょう?」


 返事はなかった。

 気づけば影薪はとっくに温泉の中にダイブしていた。

 頭のてっぺんまでお湯の中にいるせいか、私の声が聞こえていない。


「遠慮せずに入りましょう! 今日は無礼講です!」


 私たちは一緒に服を脱いで温泉に浸かる。

 チラ見した美月さんの肉体美に、同じ女性ながらドキドキしたのは内緒。


「いい湯ですね~」


 私と美月さんはホッとため息を漏らす。

 こうしてのんびりと一緒に温泉に入れる日が来るなんて思いもしなかった。


「また来ましょう」

「はい。是非来たいです」


 私は再訪を願う。

 そのためにもまずは各地に散らばっているであろう次元スポットを探し出し、その中で咲き誇っている呪花を葬り去らなければならない。

 戻ったら一斉に連絡ね。


「そういえば影薪は?」


 影薪の姿がないのでお湯の中を凝視すると、おそろしいことにずっと湯船の中に潜っていた。

 あれ? 影薪って呼吸しないの?


「すごいですね影薪さん」


 美月さんは無邪気にお湯の中の影薪をなでていた。

 いやいや、凄いですねで済ませられるんですね。

 もしかして美月さんって天然?


「あまり長湯してもいけませんね」

「そうですね。明日の朝も入れますし」


 私たちは体が芯から暖まったタイミングで立ち上がる。

 その際、ずっと潜っていた影薪の回収も忘れない。

 あまり妖狐を一人で待たせるのもかわいそうだ。


「早く戻りましょう、湯冷めしてしまいます」


 美月さんはそう言って室内に戻っていった。

 私も影薪を連れて室内へ。


「妖狐も入って来なって」

「俺は構わん。風呂はそんなに好きじゃないんだ」

「いいから入って来なさい!」


 私は風呂ギライの妖狐を引っ張って再び温泉へ。


「分かった。入るから放せ! それとも一緒に入るか?」


 服を脱ぎながら、妖狐が悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 揶揄われているのを理解しつつも、私は顔を真っ赤にして背中を向けた。


「馬鹿なこと言ってないで早く入りなさい。風邪ひくよ」

「俺が風邪なんてひくと思うのか?」

「ああ、はいはい。分かったから、ちゃんと暖まるのよ」


 私はそれだけ言い残して室内に戻る。

 これ以上あの場所にいたら、ドキドキで心臓が破裂するかもしれないと思ったのだ。


「影薪と美月さんは何やっているの?」

「いまからババ抜きでもしようかと思いまして……葵さんもどうです?」

「参加します!」


 なんだかんだ温泉に入ってトランプして、お土産用のお菓子をつまみ食いなんてしているあいだに時が流れ、気づけば〇時を越えていた。


「こうして川の字で寝るのは初めてかもね」


 並び順は、端から美月さん、影薪、私、妖狐。

 誰がどうと言ったわけでもなく、自然とこの並びになるのだから始末が悪い。

 妖狐とこうして布団を隣り合わせで寝ることになるとは思わなかった。


「おやすみ~」


 美月さん、影薪と順番に寝に入り、残ったのは私と妖狐だけ。

 自然と私たちは布団の中で手を握り合った。

 緊張で汗ばんでいる私の手を、妖狐はしっかりと握りしめている。


「なあ葵」

「うん?」

「ここは……どこだっけ?」


 突然放たれた一言に、私は心臓が止まったような気がした。

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