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第七十話 妖狐の異変


 私たちが家族旅行から戻ってきてから、二週間が経過した。

 旅行から帰った私は急いで四大名家の当主たちにメールを送った。

 内容はシンプルで、呪力濃度が上昇していた理由を見つけたかもしれないというものだった。


 旅館の中に発生していた次元ポケット。

 その中に仕掛けられていた呪花という存在。

 呪力を溢れさせる異界の花。

 それによって大気中の呪力濃度が上昇しているのではないかという仮説だ。


 メールを送った三日後、案の定というかなんというか、再び当主会談が行われた。

 結論から言えば、ほぼ間違いなくその呪花が原因だろうとなった。

 そして最優先に次元ポケット探索に力を入れることになったのだ。

 だが次元ポケットの入り口は固く閉ざされている場合が多い。

 前回は妖狐が力づくでこじ開けたが、そうそう上手くいくとも限らないという点と、思わぬ危険が潜んでいるかも知れないということで、次元ポケット突入に関するルールが制定された。


「ツーマンセルね……」


 私は執務室でため息を漏らす。

 今現在、私は大量の書類とにらめっこしている。

 いつものお役目というやつで、こればっかりはどんなに忙しくてもおろそかにしてはいけないのだ。


「葵は誰と組むの?」


 机の下から影薪がひょっこりと顔を出す。

 私が誰と組むかなんて決まっている。


「私は雨音さんと組むことになったよ」

「意外だね。てっきり一条か明美かと思ったのに」


 影薪は目を丸くする。

 そんなに意外だろうか?


「ちょうどいい機会かなって思ったの。あまり雨音さんの戦い方を知らないし」


 私のもっともらしい理由に影薪は納得してくれたが、実際はそれだけが理由ではない。

 実のところ、明美と一条が最近妙にくっついている気がするのだ。

 当主会談の時も、あいだの休憩も二人はベッタリ。

 どっちかというと明美がベッタリな気がしている。

 一条もまんざらでもない様子だし、二人の邪魔をしてはいけないと思って私から雨音さんを誘ったのだ。

 もちろん、表向きの理由もちゃんと大事な理由ではあるが……。


「それでさ、あれから次元ポケットは見つかったの?」

「一応一つは見つけたみたいで、明美と一条が向かったはず」


 見つかったのはまだ昨日のこと。

 今頃二人で長旅だろう。

 なにせ今回発見されたのは北海道なのだ。


「ラブラブグルメツアーでもしてるのかな~? ねえ、葵はどう思う?」

「そうね~してるんじゃない? 二人で雪が降るなか手を繋いで……って、影薪、アンタ気づいてたの!?」


 思わず普通に答えてしまったが、よくよく考えてみればなんで二人の関係を知っている?


「気づくって普通。どっかの葵と狐を見ているようだからさ~」

「悪かったわねベッタリで!」


 私と狐。

 影薪の手にかかれば妖魔の王も漢字一文字にされてしまうのだから恐ろしい。

 しかしそうか、他人から見たら私と妖狐はああ見えているのか……。

 ちょっと振舞い方を見直そうかな?


「それでうまくいくと思う?」

「どっちが? 恋路? 次元ポケット?」

「次元ポケットだよ! 葵ってばすっかり頭の中ピンクだよね~」


 影薪がクスクスと笑う。

 だめだ、最近本当にこの子に勝てなくなってきている。

 きっと私が本当に色ボケしてしまっているのだろう。

 しっかりしなくちゃいけない。

 ただ妖狐といえば……。


「影薪、妖狐がこの前の旅館の時も一瞬記憶が曖昧になってたみたいなんだけど、何か思い当たる節ってある?」


 私は影薪に疑問をぶつけてみる。


「勘違いとかではなくて?」

「違うと思う。流石に二回目はおかしいもの。絶対なにか法則があると思うの」


 勘違いならどれだけ良かったか。

 何度もそれを願った。

 だけど違うのだ。


「うーん。あたしには分からないかな~。だってあたしはなったことがないもん」


 影薪でも分からないか。

 人間である私には分からないことなのかと期待したが、一応人間ではない影薪でも分からないとなるとそういう問題でもないみたい。


「そもそも妖狐はなんて言っているの?」

「心当たりがないの一点張りなのよ。まあ記憶が混濁したのは一瞬だから余計にそうなのかもしれないけど」


 妖狐に何度たずねても知らない、問題ないしか答えが返ってこない。

 問題は確実にあるのだが、当の本人があの調子じゃ原因は闇の中。


「慌てても仕方がないし、いまは次元ポケットの破壊を優先するしかないんじゃない?」


 影薪が真っ当なことを言い出した。

 本当にその通りであり、言われなくてもそのつもりではある。

 しかし残念ながら発見の報告がなければ動けないのだ。


「あれ?」


 そんなことを考えていたとき、携帯が鳴った。

 見るとショートメッセージで次元ポケット発見と書かれていた。

 送り主は雨音さんで、やはりというか流石は観察者である。


「場所は……。え、近い!?」


 近いなんてものではない。

 なんなら薬師寺家の敷地のすぐ隣だ。

 そんなことあり得るだろうか?

 いまのいままで気づかないだなんて……。


「どこなの?」

「家の敷地のとなり」

「マジ!?」


 流石の影薪も本気で驚いている。

 私も信じがたい。

 なにせここには雨音さんだって何度も来ている。

 彼女が気づかないなんて考えにくいし、ここには妖狐だっている。

 一体どういうことだろう?


「とりあえず今から雨音さんも来るみたい」


 ツーマンセルで次元ポケットにあたるというルール通り、雨音さんは今の妖魔事件を終わらせてこっちに来るらしい。

 時間は夕方になってしまうとのこと。

 いまはまだお昼過ぎ。

 どうしようか?

 勝手に先に見てくるというわけにもいかないし……。


「影薪、私が書類仕事終わったら妖狐に稽古つけてもらおうか?」

「ええ~」


 影薪が露骨に嫌がっている。

 まあ勝てるとは思えないもんね。

 だけど私は少しでも強くなりたい。

 今度こそみんなを守れるように!


「じゃあ終わらせますか!」


 私は急いで書類仕事にとりかかった。




「じゃあいくよ妖狐!」

「葵、本気か?」


 書類仕事を終わらせた私は、妖狐を誘い出して明美と模擬戦をした場所に立っていた。


「当たり前よ。そういえば戦ったことなかったな~って思って」


 妖狐と戦うという発想が私の中にはなかった。

 一人で鍛錬しても大して強くなるとは思えない。

 やはり実戦経験が一番なのだ。


「このあと次元ポケットに向かうんだろう? 全力はなしだ。軽く行くぞ」


 妖狐はニヤッと笑みを浮かべた。



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