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第七十八話 明美の成長


「ここね県庁」


 私と明美はそろって県庁の前に立っていた。

 前々から思っていたのだけれど、なんで県庁ってあんな造形なのだろう?

 建物が横に広いのは良いとして、妙に和風な造形を組み込んでいたり、どことなくお洒落な雰囲気なのだ。

 普通のビルっぽい場所はあまり知らない。


「葵はけっこう慣れているよね?」

「母上と一緒に何度も行っていたからね。私が当主になるころには完全に顔見知りなだけ。明美だってそうなんじゃないの?」


 なにも私だけが経験していることじゃない。

 明美だって和美さんと一緒に来たことぐらいあるはずだ。


「実はめんどくさがって行かなかったんだよね」

「自業自得ね。まあとっとと終わらせましょう」


 私はこの県の県庁は初めてだが、明美よりも堂々と庁舎に入っていく。

 中はどこも似たような造りなうえ、受付で西郷家の名前を出したらすんなり会場に案内されたため、迷わずに辿り着けた。


「貴女が西郷明美様ですか。この度は……」


 出迎えたのは県知事本人だった。

 それなりに広々とした会議室に県知事のほかに数人の議員が揃っている。

 和美さんの殉職は当然知られているため、県知事は気まずそうに明美に挨拶をする。

 明美も緊張の面持ちながら、軽く会釈を返し会話をスタートさせる。

 こうしてみると、別に私がいなくてもいいのではないかとさえ思えてくる。


「貴女様は?」

「失礼しました。今回明美に誘われて参加させていただきます。薬師寺家現当主、薬師寺葵と申します。よろしくお願いいたします」


 私は完璧に余所行きの言葉遣いで頭を下げる。

 県知事は薬師寺家の名前を聞いて目を丸くした。

 四大名家の名は、知事や議員になればおのずと知ることになる名称の一つだ。

 民間の時はうっすらと他人事だった妖魔のことも、自分が行政側になると途端に自分事に変わるのだ。


「あの薬師寺家の方ですか! お会いできて光栄です」


 県知事は恭しく握手を求めてきた。

 私よりずっと年齢も上なのに、こうして扱われるとむずがゆく感じてしまう。

 いくら場馴れしていてもこういうのは苦手だ。

 ちょっと明美の様子を見てみると、他の議員の人たちとしっかり話をしていた。

 たまに真剣な眼差しを見せたり、談笑して見せたりと、すっかり当主として様になっている。


「それではまたよろしくお願いします」


 二時間程度の挨拶会。

 無事に終わり外に出る。

 時間を確認するとまだ午後三時。

 空も明るいし、ちょっと小腹もすいた。


「どっか寄っていこうか」

「そうね。明美と一条の関係も気になるし」


 一条の名を出すと明美はあからさまに動揺している。

 これは面白い。


「いいから行きましょう!」


 明美はすぐに歩き始める。

 どうやらお店は決まっているようだ。


 県庁から歩いてニ十分ほど。

 大通りから二本ほど内側の狭い路地にそのお店は存在した。


「喫茶、灯篭とうろう?」

「ここはねえ、お母さんのお気に入りのお店なの」


 明美は明るく笑みを浮かべながらドアを開く。

 店内は営業中なのか疑いたくなるほど静まり返っている。

 薄暗い照明が大人な雰囲気を演出し、全てが暗めの木材でデザインされた店内はノスタルジックな雰囲気を漂わせていた。

 そして店名よろしく、照明の代わりに灯篭がぶら下がっている。


「おや、いらっしゃい。明美ちゃん、久しぶりじゃない」


 見た感じ四十代ぐらいの和装の女性が姿を見せた。

 口ぶりからこの店のオーナーだろうか?


「久しぶり京子さん。いつもの個室空いてる?」

「ええ、もちろん。あの部屋は和美さんと明美ちゃん以外に案内する気はないもの」


 オーナーの女性、京子さんは和美さんと仲が良かったのだろう。

 あきらかに声のトーンが下がった。


「そちらはお友達?」

「初めまして。薬師寺葵と申します」

「ああ! 貴女が葵ちゃんね!」


 葵ちゃん?

 始めましてのつもりだったのだが、彼女は私のことをきっと聞いていたのだろう。

 なんだかいきなり常連になった気分だ。


「じゃあ案内するわ」


 京子さんに連れられて、私と明美は店の奥に進んでいく。

 入り組んだ細めの廊下の先に、二階に続く階段が姿を見せた。

 まるで隠し部屋のようだと思ったが、二階に上った先の光景を見ると本当に隠し部屋のようだった。

 階段を上がり、廊下の突き当りの壁に京子さんが手をかざす。

 一瞬呪力が走ったかと思うと、壁がゆっくりとズレて通路が現れた。


「京子さんって呪力を操れるのね」

「元々西郷家で妖魔退治をして働いてたからね」


 明美は嬉しそうに説明する。

 なるほど、だから明美と和美さん専用の部屋があるのか。


「今は引退してこの喫茶店のオーナーをさせていただいています」


 さらっと説明しながら、隠し部屋に私たちを案内する。

 開いた壁を潜ると右側に高級そうな襖があり、そこを開くと掘りごたつ式の四人は座れそうな部屋があった。

 窓もあり、そこから夕日が拝められるようになっていた。


「いつものを二セットお願いします。葵もいいよね?」

「ええ、任せるわ」

「承知しました。少々お待ちください」


 そう言って京子さんは部屋から出ていった。

 なんとも不思議な気分だ。

 まさか和美さんの行きつけのお店に来ることになるなんて思ってもみなかったのだ。


「素敵なお店ね」

「でしょう? お母さんのお気に入りで、こうして専用の部屋まで用意してもらったの」

「元々妖魔退治していた人が喫茶店か~。そうだよね、いつまでも戦えるわけじゃないもんね」


 若いうちはまだしも、それなりに年齢を重ねたらずっと現役で居続けるのは不可能だ。

 いずれは退魔の者たちのセカンドライフというものも考えていかなければならない。

 まあ、今は迫りくる妖刻を切り抜けることを考えなくてはいけないのだけれど……。


「でもさあ、呪力濃度が下がっていないって言ってたよね? 妖刻も近いんじゃない?」


 ずっと私の影の中にいた影薪がヌルっと私の席のとなりに出現した。

 しかもそれなりに嫌な話題を添えて。


「もう妖刻か……」


 私は言葉を濁す。

 完全に否定できない状態だ。

 そもそもこのままでは十年待たずして、再び妖刻が訪れると次元ポケットを破壊し続けていたのだ。

 しかし大気中の呪力濃度が下がらない。

 そうなると妖刻が訪れるのは確実だ。


「お待たせしました。あら、可愛らしいお客様が増えてる?」


 お水を持ってきた京子さんが驚いた様子で首をかしげる。

 無理もない。

 普通、急に人は増えないのだ。


「ごめんなさい京子さん、もう一セットお願いします」


 私は影薪の頭を撫でながら追加で注文をする。

 京子さんは嬉しそうに頷き、部屋を出ていった。


「葵はともかくさ、明美は戦えるの?」


 京子さんが退室したタイミングで、影薪は疑いの視線を明美に向けた。

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