「あたしが戦えるか?」
明美は突然向けられた鋭い問いに一瞬戸惑いを見せた。
まさか影薪に問われるとは思っていなかったのだろう。
私は影薪を止めようかと思ったが見守ることにした。
なぜなら私も同じことを思ったから。
前に会ったときに模擬戦を行ったが、正直言って貴族位の妖魔たちと事を構えるにはいろいろと実力不足ではあった。
そんな状態で妖刻に挑めるのかというシンプルな疑問だ。
「戦えるかどうかじゃなくて、戦うしかないから戦う。そして絶対に勝ってみせる」
明美は根拠などは示さずに、ただただ強い決意を見せる。
私はその姿に感心し、影薪は影薪で満足したようにうなずいていた。
「心構えは合格だね。でもさ、夜闇の中どうやって戦うの? 太陽はないんだよ?」
影薪がさらに突っ込んで問う。
実際、心持ちはともかく一番の障害は光源の確保だ。
西郷明美の呪法は”光”を扱うもの。
日中であればそれなりに戦えるが、夜となって日が沈むと途端に脆くなる呪法。
和美さんは自分で光源を生み出す術を見つけていたが、明美にはそれがない。
一体どうやって戦う?
「なんだなんだ! 面白い話をしてるじゃないか! 俺も混ぜろよ」
突然声がしたかと思うと、部屋の襖が勢いよく開けられた。
そこに立っていたのは意外なことに一条だった。
思わぬ乱入者に、私も影薪も明美まで固まっている。
「うん? なんだ? 俺がいちゃダメなのか?」
一条はポリポリと頭を掻きながら不思議そうな表情を浮かべる。
いや、別に悪いとは言っていない。
ただただ驚いただけ。
「なんでここに?」
全員が感じている一番の疑問をぶつけると、一条は気まずそうに口を開いた。
「明美に会いに西郷家に行ったら、葵と一緒に県庁に向かったと聞いてな。だったらたぶんここに立ち寄るだろうなと」
一条は歯切れが悪そうだ。
それもそうだろう。
私に明かしてしまったようなものなのだ。
自分と明美の関係を。
「へぇ~仕事でもなんでもなく会いに来る関係なんだ」
影薪と私の声がめずらしくかぶる。
式神と宿主。
考えることは一緒。
新しいおもちゃを見つけたような気分だ。
「ち、違うのよ葵! これは何かの間違いで!」
必死に否定をしようとするが、焦れば焦るほど怪しく見えてくるから不思議だ。
そもそも何かの間違いなどという言い訳の先に、一体どんな展開を用意しているのだろう?
「もう諦めなって明美。無理があるって」
私の言葉に明美は一度硬直し、窓の外をちらりと見て深呼吸をした。
謎のリアクションだが、明美の中で何かを納得させたかったに違いない。
「はい、認めます。あたしと一条は付き合ってます」
思いのほかあっさりと認めた明美。
言われなくても分かってはいたけれど、あらためて聞くと感慨深い。
一体どの辺からだろうか?
個人的には妖刻のあと、急速に二人の距離が接近したと思っている。
「まあいいか。そういうわけで俺がいまここにいるんだが……」
一条がまた話し出そうとしたとき、京子さんが三人分の”いつもの”を持ってやってきた。
「あらあら一条君! いつものでいいかな?」
「はい! ありがとうございます!」
一条は元気にあいさつし、そのまま明美の隣の席に腰を下ろす。
京子さんは先に私たち三人分のお盆を順番に置いていく。
「すぐに持ってきますから」
京子さんはそう言って嬉しそうに下の階に降りていく。
なんであんなに嬉しそうなんだろう?
「明美がたくさん人を連れてきたから嬉しいんだろうさ。和美さんが亡くなってからきっと心配してたんだと思う」
一条が私の疑問に答える。
しかしすっかりこの店に馴染んでいるあたり、やはり世渡り上手というか相変わらず溶け込むのが上手い男だ。
「しっかし美味しそうね!」
私は目の前のお盆にテンションが上がる。
ふわっとしたオムレツにデミグラスソースがかかったハンバーグがメインを張り、その隙間に色とりどりの野菜が盛り付けられている。
小さなカップにはコーンポタージュが湯気を漂わせ、別皿にはクロワッサンと小さなチーズケーキが存在感を主張する。
そこにホットレモンティーが加わり、およそそこらの喫茶店ではお目にかかれないメニューとなっている。
「これは裏メニューよ。普通のお客さんに出すには単価が高すぎるもの」
「いくらぐらいなの?」
「たぶん三千円ぐらいだったと思う」
思わぬ金額に私と影薪は驚くが、一条は一切反応を示していないあたり、やはり何度もここにきているのは間違いない。
さっきも京子さんが”いつもの”って言ってたしね。
「お待たせしました! ごゆっくり~」
十分後、京子さんが一条の分も持ってきて揃って食べ始める。
少し冷めたとしてもまったく味が落ちている気がしない。
見た目だけでは三千円は高いと思えたが、一口頬張れば金額の理由が分かる。
たぶんハンバーグに使っている肉が相当いいやつだと思う。
じゃないとこんなに肉汁は出ない。
「二人はちょくちょくここでイチャイチャしてるってこと?」
もぐもぐと食べながら、影薪がからかう。
二人は頬を赤らめ、否定も肯定もせずに食べ続ける。
正解だと思う。
影薪のようにおもちゃにしようとしている人の質問は無視が一番だ。
「それでさ、おふざけはここまでとして、夜間の戦闘に対する答えは見つかったの?」
私はある程度食べ終わったあと、真面目に明美にたずねた。
けっこう大事なこと。
四大名家の当主の一人が戦力外では、正直次の妖刻を乗り切るのは厳しい。
「見つかったわ。答えはあたしの隣に座っている」
思いもよらぬ一言に私は怪訝な目で彼女を見る。
別にふざけている様子もない。
大真面目に言っているのだ。
「なに? もしかしてあたしにとっての光は彼とか、そんな感じで惚気てるの?」
「違うってば! 本当に光源が彼なの!」
ダメだ意味が分からない。
あまりにも光源が見つからなくて、おかしくなってしまったのだろうか?
「一条、貴方から説明できる? 私には理解が追いつかない」
ギブアップだった。
私は標的を一条に変更する。
「さっきから言っているじゃないか。俺が明美の光源なんだ」
このカップルは一体何を言っているのだろう?
なによ、俺が光源って。
本当に意味が分からない。
「だ~か~ら~! 一条の呪法を私の光源にすることにしたの!」
一条の呪法を?
どうやって?
「俺の呪法って光ってるじゃん?」
一条が大真面目に説明する。
確かに光っている。
白銀に輝く巨大な拳だ。
え、もしかしてあれを光源として使う気?
「本気?」
「本気よ! もう実戦でも試したし!」
自信満々な様子の当主カップルのお二人。
まあ大丈夫か。
明美だけではなく、一条までもが肯定しているのだから。
「それならいいけど……」
私はしぶしぶ引き下がる。
聞くべきことを聞き終えた後に頬張るチーズケーキは、私の気持ちを軽くするのにちょうどいい甘さだった。