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第八十話 戦いの足音


 大気中の呪力濃度との戦いは平行線のままだった。

 要するにいくら次元ポケットに侵入し、中にある呪花を破壊してまわっても一度高まった呪力濃度が下がることはなかった。


「まさか、半年もたたずして次の妖刻がやって来るとはね」


 私はカレンダーを見ながら呟いた。

 カレンダーは遂に四月に突入し、寒さも和らいで桜が咲き始めた頃だ。

 残念ながら妖狐の記憶が戻ることはなかった。

 その代わりあれから呪法を使わせていないので、悪化もしていないのがまだ救いか……。


 なんとなくよそよそしい関係のままここまでやってきた。

 慣れとは怖いもので、私も妖狐もそこまで記憶について気にしなくなってきていた。

 しかしこれ以上は絶対に忘れて欲しくない。


「葵、次の妖刻は大変そうだね」


 影薪がめずらしく真剣なトーンで私に声をかけてきた。

 次の妖刻は大変。

 それは本当にその通りで、鵺があれだけ入念に次の妖刻を早める準備をしていたところを見ると、前回の妖刻はどちらかといえば様子見という見方もできる。

 それにもっとも厄介なのは妖狐の封印が解けていることだ。


「そうね、どこに敵が現れるか読めないもんね」


 妖魔たちからしてみればこれまでの三〇〇年間は、妖狐を取り戻すための戦いだったと言える。

 しかし前回の妖刻で、妖狐は封印をみずから打ち破り戦場に姿を現した。

 そして堂々と宣言してしまった。

 もう妖界に戻る気はないと。

 人間側につくと決めてしまった。


「妖魔たちがよってたかってここに来る理由がないもんね」


 影薪も困ったなと言いたげに腕を組む。

 前回の妖刻が終わった時から分かっていた問題。

 もっと先のことだからと後回しにしていたのだが、残念ながら目と鼻の先にまで迫っている。

 妖魔たちは次の妖刻、薬師寺家にそろってやって来る意味がない。

 となると全国に散らばる可能性がある。

 そうなると非常に厄介だと思う。

 こちら側の戦力で、全国をカバーするのは無理がある。




「ある程度は絞り込めますが、ピンポイントでの場所の把握は無理かと思います」


 もう何度目か分からない当主会談の真っただ中、雨音さんが諦めるような口調でそう告げた。

 私も明美も一条も腕を組んで頭を悩ましている。

 今回の議題は直近に迫った妖刻への対策だった。

 呪力を垂れ流す呪花の破壊は一定の効果があったものの、破壊することでこれ以上の呪力の流出を防いだだけで、高まった呪力濃度を下げる方法を見つけられなかったことが今回の敗因だ。


「ある程度というのは、どの程度?」


 けっこう重要な部分だ。

 絞れる範囲が地方なのか、県単位なのかによって対策の仕方が変わってくる。


「県が限界です。それ以上の絞り込みは難しいと思います」


 観測者である雨音さんがそういうのならそうなのだろう。

 きっとそれが限界。

 だけど県まで絞れるのであれば全然かまわない。

 むしろ良い方ですらある。

 普通に日本全国のどこにどうやって戦力を配置しようか苦心していたぐらいだ。

 県まで絞ってくれるなら対策のしようがある。


「そもそも妖刻が二週間後というのは確実なのか?」


 一条が確認する。

 そもそも今回の当主会談の題目が二週間後に迫った妖刻への対策だったはず。

 これで違いますなんて話にはならないだろうが、日にちが確実にわかるのならそれに越したことはない。


「はい、きっちり二週間後の四月十五日が決戦の日です」


 雨音さんははっきりと言いきった。

 本当に迫っている妖刻。

 あと二週間。

 あの時の地獄が迫っている。


「敵の出現場所が絞り込めるのは……」

「二日前になります」


 雨音さんの答えは早かった。

 きっと自分でも分かっているのだ。

 あまりに場所の特定から妖刻までが短すぎると。

 対策も何もできたものではない。

 人の移動はできるだろうが、戦いになる場所の住民の避難だとかそういった手続きまで間に合うだろうか?


「今までの妖刻は、世間的にはあまり知られない範囲でこっそりと終わらせてきました。しかし、今回に関しては公にするしかないと考えています」


 雨音さんの意見に全員が押し黙る。

 流石に年長者だけあって、深く考えてくれている。

 私も彼女の意見に同意だ。

 いままでは薬師寺家の敷地内の出来事で処理できた。

 しかし今回はそうもいかない。

 民間人に被害が発生する可能性が高いのだ。

 この事実はどうしたって早めに国に報告する必要がある。


「場所のコントロールってできないのかな?」


 明美が放った何気ない一言に静まり返った。


「あれ、あたし変なこと言った?」


 明美がなにかやらかしてしまったかと勘違いしている。


「逆よ明美。無理だと決め込んでいたけれど、確かにある程度は可能かもしれない」


 妖刻の発生場所をこちら側が誘導して限定する。

 可能かどうかでいえば不可能ではない気がしてくる。


「雨音さんはどう思う? 私はある程度は可能だと思う」


 そもそも妖刻は呪力濃度が高まった末に発生する異界へのゲート。

 であるならば対策のしようがあるかもしれない。

 呪法は呪力を操作して行う秘術。

 呪法が扱える者であれば、もしかしたら大気中の呪力を動かすこともできるかもしれない。


「確かに技術的には可能かと思いますが……やってみます?」


 雨音さんの提案に、私たちは同意した。

 まずは試しにここら一帯の呪力を操作できるかだ。


「庭に出ましょう」


 私たちは薬師寺家の庭で円陣を組む。

 円形は呪力の流れを作りやすいため、こういった作業の時は円陣で挑むのが最適なのだ。


「行くよ!」


 私の合図で四人の当主が一斉に精神を集中させる。

 イメージで呪力を捉える感覚。

 この県にある呪力をこの薬師寺家上空に集めていく。


「どこまでやれるかだね」


 私たちは汗をかきながらもやり続けた。


 一時間が経過したあたりで、この県にある呪力のほとんどはこの場所に誘導できた気がする。


「当主が四人がかりで一時間以上かけて、一つの県の呪力を集めることに成功した感じね。間に合うかな?」


 今回は当主が集まっていたからできたという可能性も捨てきれないが、いまはやれそうなことは全て試すしかない状況だ。


「私が一応国に全て説明はする。雨音さんは全国の呪力濃度を測ったデータを共有してください。それを元に、呪力濃度が高い県に人を派遣してこちら側に呪力を移動してみましょう」


 私の一言に全員が立ち上がる。

 各々やることがある。

 一条も明美も、すぐさま部下や分家に連絡を取り始めた。

 ここからは総力戦。

 なんとかして妖刻の発生場所を限定しなくてはならない。

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