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第八十一話 言い合い


 当主会談の翌日、私は東京にやって来ていた。

 もちろん遊びに来ているわけではない。

 用があるのは霞が関。

 来たる四月十五日。

 妖刻が日本全土に影響する可能性があることを伝えに来たのだ。

 過去の歴史において存在しないイレギュラーな妖刻になる。

 これまでのように国民は知らないままというわけにはいかない。


「どうぞこちらへ」


 案内されたのは都内の高級ホテルの一室。

 政治家がこういった場所で会談をすると聞いたことはあったが、まさか自分がそこに参加することになるとは思わなかった。


 窓際の部屋の日光が眩しく差し込んでくる場に、丸テーブルと妙に背もたれの高いイスが設置され、私はそこに座る。

 目の前には防衛大臣が座り、その左右には付き人が数人立っていた。


「わざわざ東京まで来ていただき、ありがとうございます」


 防衛大臣が深々と頭を下げる。

 とても優しそうな、やや恰幅の良いおじさんといった感じだ。

 こんな自分の娘みたいな年齢の私にも礼節は欠かさないあたり、流石は大臣まで上り詰めた人間だと思った。


「いえ、こちらこそお時間をいただきありがとうございます。話の大体の内容はお聞きしていますでしょうか?」

「もちろんです。四月十五日に発生するという妖刻。今回はいつもと周期も違ければ、敵の標的が定かではないというお話だったかと思います」


 大臣は軽く現状の認識を話す。

 大方はその通りで、今から話すのは妖刻の際の動き方だ。


「その通りです大臣。我々の方でもゲートの出現場所を限定するために呪力を移動させる計画ですが、なにせ前例のないことでして、上手く行くとも限りません。なので今回は国のご助力をいただきたく参りました」


 つまりは国に動いてもらわなければならない事態というわけだ。

 一般人への説明や誘導、場合によっては戦力を多少なりとも配置してもらう形となる。

 計画が上手くいったとしても、他の地域に妖魔が一切出ないとは限らない。

 となると四大名家に連なる者たちを各地に派遣するしかないが、なにせ数が少ないため全域のカバーは不可能となる。

 なので、一時的にでも武装した警察組織や自衛隊と協力体制を敷かなければならなくなる。


「これは国の危機ともいえる状況です。もちろん我々は全力を尽くしますが抑えきれない可能性があります」


 私はいまの危機的状況を伝える。

 周囲の付き人たちは各所に電話をし始めた。

 中々に危険な状態だということが伝わったのだろう。


「お話は分かりました。私の方から首相に話を通します。妖魔による十年に一度の侵攻について、情報開示を行います。そして今回はそのイレギュラーとして国民の皆様にご協力いただく。さらに妖魔の出現予定地域に自衛隊、警察組織総出で警備に当たらせます。そういった流れでよろしいでしょうか?」

「はい! ご協力感謝いたします!」


 私は思った以上にスムーズに話が進んだことに内心驚きながら頭を下げる。

 もっと話がこじれるかと思っていたのだ。

 妖魔関連の話は、実際に現場で被害にあったり対応している者以外からしてみれば、あまり実感のない話題だ。

 中々理解してもらえないと思っていたのだが、思いのほかあっさりと話が進んだ。


「先に帰ってくれ」


 大臣がそう言って付き人たちを先に帰す。

 私も失礼しようと立ち上がった時、大臣が私を制止した。


「薬師寺葵さん、貴女に言っておきたいことがあります」


 大臣は先ほどまでの柔和な表情が消え去り、実に不機嫌そうな態度へと変わっていた。


 なるほどこっちが本性ってわけね。


「何でしょうか?」


 展開が変わったことを感じて、私もやや警戒した声色になる。


「此度の件、もちろん国の危機という状況なので協力いたしますが、物事には責任というものがあるのです。まだお若い貴女にはわからないかもしれませんがねえ」


 ずいぶんと嫌味ったらしい言い方になったものだと感心してしまう。

 これだから政治家は信用できない。

 母上の言っていた通りだ。


「何が言いたいのですか?」

「簡単な話です。これは貴女方、四大名家の重大な落ち度です。妖魔専門を謳いながら、結局は国に頼らざる得なくなった。これは貴女たちの怠慢ですぞ!」


 最後に一気に声が大きくなった。

 ああそうか、彼は防衛大臣。

 仮に妖刻で被害が発生した場合、事情を詳しくは知らない国民の怒りの矛先は彼に向く。

 それで腹を立てていたのか。


「なんだと!」


 大臣の言葉に腹を立てたのか、影薪が私の影から飛び出した。

 私は影薪の頭を押さえつける。

 下手すれば攻撃しかねない勢いだったからだ。


「放して葵! コイツ、命を張ったこともないクセに! 生まれながらに妖魔と戦うことが義務づけられた人の気も知らないで!」


 影薪の怒りはごもっともで、正直いえば私も内心怒り狂っているのだが相手が相手。

 武力行使は言語道断。


「なんだそれは!?」

「それではなく、式神の影薪です。ちゃんと人格もあります」


 私は大臣を本気で睨む。

 大臣は一気に黙り込んだ。

 きっと本気の殺気を感じたことはないのだろう。

 私たち退魔の者からすれば、あたりまえの感覚だ。


「貴方が私たちを糾弾しようと構いません。所詮外部の人間には理解できないでしょう。むしろ感謝しているぐらいです。大臣個人の気持ちはともかくとして、きっちり国を守るための動きはしてくれるのですよね? それだけで構いません。続きがしたければ、妖刻が終わった後にお互いが生きていたらにしましょうか?」


 私は捲し立てるように言葉をぶつけた。

 久しぶりに感情が荒ぶっている感じがする。

 怒りという感情は本当に久しぶりかも。


「生きていたらってそんな大げさな……」

「何を言っているんです?」


 私は一瞬で間合いを詰め、大臣の首根っこを掴む。


「あ、葵!?」


 私のまさかの行動に影薪が逆に驚いている。


「いつ死んでもおかしくない空間。それが妖刻です。それが今回は全国で発生するかもしれないと伝えに来たのです。事の重大さ、分かってもらえますか?」


 至近距離で大臣の目を見て言いたいことを言い切った。

 まだ認識が甘いのだ。

 平和ボケという言葉が一番しっくりくる。


「お分かりいただけたのでしたら、最善を尽くしてください。私たちももちろんそうします。いいですね?」


 大臣は無言のまま何度もうなずいた。

 義務感などよりもいまは恐怖心が勝っている状態だろう。

 ちょっと驚かしすぎたかもしれない。


「それではまた。私たちには時間がないので、ここで失礼させていただきます」


 私は影薪を連れて、会談場所となった部屋から退室した。



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