妖刻まで時間がない。
しかも今回は妖狐が解放されているため、あいつらは薬師寺家に集まってはくれない。
そんななか見出した対策が、呪力の移動だ。
すでに妖刻まで三日。
あまり時間がない。
「呪力の移動は順調ね」
「順調といえば順調だけど、確実に操作できるわけでもないからね。結局は戦力を分散するしかなさそう」
明美と私は薬師寺家の敷地内を見回りながら現状を確認し合う。
呪力の移動に関してはやはりと言うべきか、雨音さんが陣頭指揮を執っている。
呪力に対して一番敏感なのは彼女であり、流れを読むのが専門である雨音さんが指揮を執って難しいようなら私たちには不可能ともいえる。
「作戦としてはこの場所に誘導するってかたちでしょ?」
「まあね。結局この場所がもっとも戦いやすくて、もっとも被害が少ないから」
薬師寺家は代々戦場として戦ってきた場所。
今回の妖刻もここで凌ぐのが道理だと思う。
そのために全国の呪力を段々とこの土地に集めてるのだから。
「ねえ明美、一条は何をしているの? 最近見ないんだけど」
私は一条のことは明美にたずねることにしている。
彼氏の動向ぐらいは把握しているでしょ?
「彼は各地の警察や自衛隊と積極的にコミュニケーションをとってるの。こういうのは男の俺のほうがいいとかなんとか言ってた。そういうものなの?」
明美はやや不満気だ。
気持ちは分からなくもない。
下手したら命を落とすかもしれない妖刻だ。
あと三日と差し迫ったこのタイミングで、もっともそばに居て欲しい人がいないのだ。
「仕方ないんじゃない? 私たちみたいな小娘が行くよりは、一条のほうが受けはいいとは思う。年齢的には雨音さんのほうが良いのかもしれないけど、雨音さんが男性と上手くコミュニケーションとってる姿をイメージできる?」
「ううん。できない」
明美は一切の迷いなく言い切った。
二人してクスクスと笑ってしまう。
なんだかんだバランスが良いのが今の当主四人だと思う。
各々の得意なことが違うというのはまとまりがないともいえるが、逆にいえばなんにでも対応できるということだ。
「ねえ二人とも、そろそろ仕掛けをしとかないと間に合わないんじゃない?」
私たちのうしろから声がした。
振り向くと影薪がジェスチャーで時短の合図をしていた。
確かにその通り、一条と雨音さんばかりに働かせるわけにはいかない。
私たちには別の役割があるのだ。
「でもさ、葵の呪法に私が手を貸すなんて可能なの?」
「可能よ。だからいま一緒にいるんじゃない」
私たちが時間のないなか、ただ散歩をしていたわけじゃない。
うまく呪力の移動が完了する予定でこちらも準備を進める。
「前と同じような罠を仕掛ける気?」
「いいえ、前よりももっと強力な仕掛けを思いついたの。きっと奴らは本気で来る。この前よりももっと本気でね。だからこちらももっと強力な罠を仕掛けるつもり」
私たちが散策している理由は、その仕掛けはいまから始めないと間に合わないからだ。
三日前から仕込まなければならない大型呪法。
これには莫大な呪力が必要で、そこは妖狐にも協力してもらうつもりだ。
どうやって今回の仕掛けを思いついたかという話だが、私は妖狐に言われた言葉の意味を考えていたのだ。
以前、私と雨音さんの呪法は強力過ぎると言われた。
人間の呪法にしては出力がおかしいと。
だから私は気になって薬師寺家の資料を読み漁った。
結果辿り着いたのがこの仕掛け。
薬師寺家に伝わる呪法は、とある妖魔から教わったものだった。
「それにしても因果な話だよね。何代も前の妖魔の王”妖狐”から教わった呪法が、葵の呪法、月の影法師だなんて。ちょっと運命的」
影薪が嬉しそうに私の手を引く。
からかわれている自覚はありつつも、数奇な運命だなと自分でも思う。
何年前なのかも定かではないほど遥か昔に、当時の妖狐が当時の薬師寺家の人間に呪法を教えたのがことの始まりだった。
妖狐は人間の世界を気に入ってくれていた。
彼が妖魔の王だったあいだは、妖刻による侵攻はなかったらしい。
それでもいずれ自分以外の者が王になった時、人間たちが自衛できるようにと呪力の扱い方を伝授した。
文献に残っていたのはそんな話だった。
もちろん、全てが書いてある通りだとは思わない。
だけれどあながち間違いでもない気がする。
そんな歴史を知って、私の妖狐に対する気持ちはいっそう高まった。
仮に彼が私を忘れてしまおうとも、もう一度彼の記憶に私という人間を刻みつけようと思うくらいには……。
「その文献の中に書いてあった、究極の罠を今から仕掛けるの。だから協力してもらうわよ」
文献にあった呪法。
私が以前に仕掛けた呪法と基本原理は同じだった。
やっぱり私は歴代最強と呼ぶにふさわしいと、自分でも思ってしまった。
だって自力でほぼ正解まで至っていたのだから。
しかし私だけの力ではその仕掛けは完成しない。
「仕掛けには相反する力が必要らしいの」
「相反する力?」
明美は首をかしげる。
対照的に影薪は理解したようにうなずいた。
「私の呪法の力は”影”よ。その反対の力と言えば?」
「もしかして私の光鏡?」
「その通りよ。だから明美にも手伝ってもらうの」
もう、一人が自力で何かをする時代は終わりを迎えるのかもしれない。
呪法とは本来、自分の中で淡々と力を高めるもの。
しかし足りない分は他者と協力して補えばいい。
光源がない明美が一条を光源とするように、私の影を一層強くするには影を伸ばす光が必要なのだ。
「到着っと」
私たちは前回の妖刻の際に罠を仕掛けた場所に到着した。
あまりにも広大な薬師寺家の敷地。
遠すぎて家が見えない。
「ここに罠を仕掛けるってことね」
「そう、丸々二日間はここから動けないから覚悟してね」
私の言葉に、明美は絶望したような表情を浮かべた。