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第八十三話 これって運命?


 私と明美は両手を地面につけて呪力を練り上げる。

 明美は光、私は影。

 二人の呪力の質があって初めて成立する呪法だ。


「前回の罠ってあたしも見てたけどじゅうぶん過ぎる程凄くなかった? あれ以上の仕掛けって、葵はこの国を壊すつもりなの?」


 明美は些か以上にオーバーに言ってくれる。

 確かに私が前回仕掛けた罠は、普通の呪法のレベルを遥かに超越している。

 そして今回はあれ以上の火力を目指している。

 明美がややオーバーに言ってしまうのも無理はない。


「そんなわけないでしょ。私が壊すのはこちら側を侵略しようとする妖魔だけよ」


 私は言葉に力を乗せる。

 呪力を地面の中へ中へ。


 本来、私の呪法”月の影法師”は召喚がメインの呪法。

 皆月や影の騎士団などを呼び出して戦ってはいるが、そもそもが防衛戦に特化した呪法。

 この呪法を当時の妖狐から教わった経緯から考えても当然だ。

 自衛のために教わった呪法。


「それにね、私の呪法はこうして仕掛けを用意する方が向いてるのよ。実戦でバシバシ使うものではないの」


 散々前線で妖魔を屠ってきておいて何を言っているんだと思われるかもしれないが、これは本当のこと。

 影という性質上、地形に配置しておくのが一番の強みなのだ。


「それで、あたしの弱い光で大丈夫なわけ? 全然バランスが取れてないと思うんだけど?」

「大丈夫よ。影はほんの少しの光でも、それがあれば拡大されるから」

「悪かったわねほんの少しの光で」

「明美が自分から言って来たんじゃない」


 ちょっと不貞腐れたような仕草をする明美に突っ込みつつ、私たちは日中ひたすら地面に仕掛けを施していく。

 本当に彼女の弱い光でちょうどいいのだ。

 影は光が強くなりすぎてしまうと掻き消されてしまうから。


「二人とも頑張れ~」


 この真冬に汗をかきながら必死に呪力を練り上げている私たちに、影薪のエールが飛ぶ。

 本当に他人事感満載で、とても三日後に妖刻が迫っている式神の態度ではない。


「あんたも少しは手伝ったらどうなの?」

「ダメだよ葵。それは葵と明美がやるから意味があるんだからさ」


 影薪はいかにもそれっぽいことを口にするが、別に意味はないのだ。

 私たちである理由は一切ない。

 一応呪力の性質として明美と私でやってはいるが、影薪は私の式神なんだから呪力の性質も同じなはず。

 サボっていい理由にはならないのだ。


「特にないでしょ。いいからアンタもやりなさいって」

「……あたし、二人のために大福取って来るね~」


 私が冷静に指摘すると、影薪は間髪入れずに大福を取りに行くとか言って家の方向に走り去ってしまった。

 なんて自由な式神なんだろうか?


「前々から思ってたけど、影薪ちゃんって本当に式神なの?」


 明美は至極当然の疑問を投げてきた。

 そうなんだよね。

 普通式神って命令されるまで動かないのが一般的。

 命令される前に、それどころか命令に逆らって大福を取りに帰るなんてもってのほか。


「一応そのはずよ。きっと、たぶん……」


 私はだんだんと自信がなくなっていく。

 ここまで宿主を不安にさせる式神もめずらしい。


「なんかいいな~って」

「いい? あれが?」


 私は自分でもずいぶんと酷い言い方だと思ったが許して欲しい。

 あれを羨ましがられるなんて思ってもみなかったのだ。


「なんていうか上下関係というか相棒感があって。式神というより妹みたいじゃない?」


 ああなるほど。

 明美には私たちが姉妹に見えているらしい。

 否定したいけどしきれない。

 この前、美月さんにも言われたし。

 周りから見ると私と影薪は姉妹なのだろう。


「実際、私と歳が一緒だしねあの子。生まれた時からずっと一緒だったから妹というより分身みたいなものかも」

「へぇ~意外と大事に思ってるんだ」


 明美はいやらしい笑みを浮かべている。

 これはからかわれる前兆だ。


「あ、あたり前でしょう? あの子がいなかったら呪法は使えないんだから」


 私は必死に利益を盾に防御姿勢をとるが、明美には私の照れ隠しは通用しないようで、ますます彼女のにやつきは止まらなくなった。


「葵、無理しなくていいのよ」

「無理なんかしてないって!」


 私はこの否定がどれだけ虚しい行為なのか分かってきてしまった。

 相手に全て見抜かれている状態での否定など、何の意味もない。


「そんなことより明美、作業が止まってるよ」

「あ、話をすり替えた!」

「良いから!」


 私は力技で話を打ち切り、作業に集中する。

 なぜなら家のほうから影薪だけではない気配が近寄ってきたからだ。


「二人とも頑張ってるな」


 声の主に明美が緊張した様子を見せた。

 あまり慣れていないから仕方がないのかも。

 かく言う私も違う意味で緊張しているのは内緒。


「なんでここに妖狐がいるの?」


 私は素直にたずねる。

 だって普段は来ないじゃない?


「影薪が、どうしても葵が会いたいと言っているとか言うから来たんだが……」


 妖狐が恥ずかしいセリフをさらっと言ってしまう。

 私がいつ会いたいと言った?

 ギロっと私が影薪を睨むが、影薪は一切悪びれる様子を見せない。


「まあ会いたくないわけじゃないけど……」

「もしかしてあたしお邪魔かしら?」


 しぶしぶ認めた私を明美が茶化す。

 邪魔どころかできればいて欲しい。


「いいから作業しててよ」

「はいはい」


 明美は意外とすんなり引き下がった。

 彼女の様子を見るに、どうやら私たちを観察して楽しむ方向にシフトしたらしい。

 いい性格をしている。

 短期間で肝が据わってきたと思う。


「順調なのか?」

「まあね。ほら、このまえ見た資料に書いてあった呪法を使おうかと思って」

「遥か昔の妖狐が薬師寺家にってやつか? あんな古の呪法がいまさら役に立つとはな」


 私と妖狐はお互いに見つめあう。

 運命というチープな言葉が脳裏を過ぎる。

 だって、私を退魔の一族としたのは遥か昔、何代も前の妖狐なのだ。

 薬師寺家に呪法”月の影法師”を授けたのは他ならぬ彼の先祖。

 なにも運命めいたことを感じないわけじゃない。


「なんか壮大な歴史を感じると、私と貴方の関係にも納得がいくのよね」


 私のこれはここ数日の本音だった。

 歴史を知り、薬師寺家の呪法の経緯を知ると、私と妖狐の関係は運命だ。


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