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第八十四話 決戦前夜


 明日がいよいよ妖刻本番。

 昨日までに野宿で罠を仕掛け終えた私と明美は明日に備えて休息とした。

 どれだけ準備をしようとも、肝心の本番で使い物にならないと意味がない。


 異例の妖刻は四月十五日深夜。

 もう二十四時間もない。


「葵、緊張してる?」

「どうだろう、ちょっと不思議な気持ちなんだよね。前回は初めてだったから本当に緊張していたと思う。だけどいまはそこまで」

「二回目だから慣れたってだけじゃないの? なにが不思議なのさ?」


 影薪は不思議そうに私にたずねる。

 慣れただけ……。もちろんそういう考え方もある。

 だけど違うんだ。


「その慣れたっていう感覚が怖いの。油断するわけじゃないんだけどさ、前回のような緊迫感をもって戦いに臨めない自分が怖いの」


 ベッドで横になりながら、私は自分の胸の内を吐露する。

 緊張のし過ぎは良くないが、しなさすぎも同様に良くない。

 少なからず油断が生じてしまう。

 妖刻は、気を抜いた者から命を落とす。


「葵はえらいよね。あたしはそんなこと考えもしないもの」

「じゃあ何考えているわけ?」


 今度は私が影薪にたずねる番。

 彼女は少し腕組をして考える仕草をした後、私の目をじっと見つめだした。


「あたしはねえ、妖刻が終わったあとに何をしようかって考えてる」

「妖刻が終わったあと?」


 私は思わず聞き返してしまった。

 だってそうでしょう?

 皆が目の前に迫った妖刻のことであたふたしているというのに、影薪はもう妖刻のあとのことを考えているのだ。


「そうだよ。だって思わない? ただ義務感だけで戦うのって限界があると思うんだよね」

「義務感か……」

「そう! 義務感。葵たちがいま戦おうとしているのって義務感でしょう?」


 影薪に言われると確かにそう思えてきてしまう。

 私たちが戦う理由の大半は義務感だ。

 特に今回の私たちは完全にそうだろう。

 明美だけが唯一復讐を誓っている程度だ。

 一条も特定の強い気持ちは持っていないだろうし、雨音さんも妖魔全体に対する異様な殺意はあったりするが、それが義務感を凌駕するほどのものかと言われるとそうではない気がする。

 そして私にも義務感以外で妖刻に挑む強い気持ちは持ち合わせてはいない。


「あたしは義務感なんて持っちゃいない。だけど明日より先の未来を夢見ているの。そうでもしなくちゃ戦える気がしないから」


 いつになく真剣な口調の影薪に、私は完全に目が覚めてしまった。

 いくらこの子でも、流石に決戦前ともなると本音がこぼれるらしい。


「そっか……。当たり前の考え方だけど、私にはなかったな。たぶん余裕がなかったんだと思う」

「葵には立場があるからね。でもそれだけだと重圧に押しつぶされちゃうよ? あたしはそれだけが心配かな」

「それだけ? 戦いへの不安はないの?」


 私は影薪に聞いてみる。

 だって変でしょう?

 これから殺し合いだというのに、そっちの心配は一切していないなんて。


「ないよ。あたしは葵が誰かに負ける場面を想像できない。心配なのは明美ぐらいだよ」


 影薪は迷う気配すら見せずに断言した。

 戦いにおいて私が負ける未来は見えないらしい。

 一緒に戦うというのにそう断言するということは、自分と私の連携に絶対の自信を持っているということ。

 前回は鵺に力負けしてしまったが、今回はそうはいかない。


「失礼します」


 寝室のドアがノックされた。

 声の主は雨音さんだ。


「どうぞ。空いてますので」


 私の返事を待って、ドアが開けられた。

 雨音さんを先頭に、一条と明美までやってきた。

 当主が勢揃い。

 明日は妖刻。

 各々の準備はどうだろう?


「お休み中にすみませんね。一応報告はしておこうかと」

「いえ、むしろ呪力の移動を全てお願いしてしまって申し訳ないです。ここではなんですからこちらへ」


 私は起き上がって、リビングに行こうと提案する。

 流石に寝室で四人が話すには狭すぎる。


「お茶を持ってきますね」


 私たちがリビングにやって来ると美月さんがそそくさとキッチンへ消えていった。

 そう言えば今は何時なのだろう?

 疑問に思い時計を確認すると、時刻は午前十時を指していた。

 どうやらずいぶんと寝ていたらしく、もう決戦日当日の朝だ。


「ありがとう美月さん」


 私はお礼を言い、お茶を受けとって一口飲む。

 暖かい緑茶が体の芯にまで染み渡る。

 ここからは報告会。

 そして決戦に向けて体を休めることになる。


「まずは俺から話そうか」


 一条がまっさきに手を上げる。

 彼はこういう時に待てない性格なのだ。


「俺は各地の警察や自衛隊等と連携をとっている。結果的にすべての自治体が協力体制だ。まあ国が主導してやっているから当然っちゃ当然だが、そこのところは葵の功績だな」

「なんでよ」

「だって葵が大臣を詰めたんだろう? 大臣の秘書から聞いたぞ?」


 思わぬルートで私が啖呵を切ったことが知られている。


「細かいことは雨音さんから説明してもらうが、結果から言えば呪力の移動は半分成功ってところだな」

「半分成功? 全ては難しかったってこと?」

「ここからは私から説明しますね」


 雨音さんが口を開く。


「まず連日連夜おこなっていた呪力の移動ですが、おおむね計画通りに動かすことはできました。ほとんどがここ、薬師寺家のある地域に集まっています。しかし全部ではありません。各地にここほどでないにしろ、妖刻のゲートが開く可能性が存在しています。しかしそれは本当に小規模なものです。貴族位の妖魔がやってこれるほどのゲートではありません」

「ゲートにもいろいろあるんですか?」


 初耳だった。

 妖刻のゲートが開いてしまえば、どんな妖魔も通り抜けられると思っていたんだけど、どうやらちょっと違うみたい。


「その土地の呪力濃度によってゲートの強度は変化します。強力な妖魔が通ろうとすればその分、ゲートに過剰な負荷がかかり場合によっては崩壊してしまうのです」

「つまりこの場所以外のゲートには貴族位の妖魔は出現できないってことですか?」

「簡単に言ってしまえばそうです。しかしもちろん必ずという保障はありません。それにそのほかの小型の妖魔は別です」


 つまり強力な妖魔はほとんどここに出現するが、小型の妖魔は呪力を保った状態で人間界に入ってきてしまう。

 それも場所を絞ることすらできずに……。

 確かにこれは半分成功と言える。

 最悪の事態は避けられたが、小型の妖魔だって私たち以外からしてみれば脅威なのだ。


「そうして私が葵さんに提案する作戦ですが……」


 ここで雨音さんが大きく息を吸った。


「ここに残るのは私たち当主だけにしませんか?」


 雨音さんの提案に、私は目を丸くした。

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