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第八十五話 少数精鋭


「本気で言ってます?」


 私はもう一度真意を確かめる。

 雨音さんの提案は驚くべきものだった。

 妖刻は総力戦だ。

 それは前回経験して分かっていること。

 しかし雨音さんは逆に少数精鋭で戦おうとしているのだ。


「実情ではそれがベストではないかと思います。順を追って説明しますね」

「よろしくお願いします」


 明美は私と同じ表情を浮かべているが、一条はそうでもない。

 彼も雨音さんの意見に賛成なのか、それともそれしかないという感覚なのだろうか?


「まず、先ほどもお話した通り、呪力の完全な移動はできませんでした。よって日本各地でゲートが開かれる可能性があります。しかし強力な貴族位の妖魔が通れるようなゲートはここだけです。ここまでは大丈夫ですか?」


 全員が黙って頷く。

 これは仕方のないことだ。


「そしてこちら側の戦力ですが、前の妖刻でそれなりに被害者が出ています。いま現在動ける者が、四名家とそれに連なる分家の者をあわせても六十名程度しかいません。このたった六十名で日本中をカバーしなければなりません。もちろん、葵さんや一条君の説得や交渉もあって国の助力は得られています。しかし、妖魔と直接戦ったことがない者で構成されている部隊で、呪法が使える状態の妖魔相手に万全な立ち回りができると思いますか?」

「まず無理だと思います」


 私は正直に答えた。

 実際、無理だと思う。


 妖魔と初めて遭遇した人間の反応はいままで散々見てきた。

 いくら一般人とは違う警察や自衛隊の人であろうとも、反応は同じだと思う。

 未知の異形が相手では、人間は恐怖で体がすくむ。

 しかも今回は妖刻なのだ。

 相手は呪力がある状態。

 普段妖魔の相手をしている私たちでさえ、呪法が使える妖魔との戦いは少し立ち回りが変わってくる。


「なので最低でも一部隊に一人は、妖魔に精通している者を配置するのが理想です。しかしその数は全然足りていないのが現状です。全ての部隊に人員を配置できるほど、私たちの数は多くない」

「そうなると、ここで貴族位の妖魔を迎え撃つのは私たちだけという案に行く着くわけですね」


 現実的には本当にそれしかないのだろう。

 おそらく一条は実際に現場の者とコミュニケーションをとってきたはずだ。

 その肌感的にも雨音さんの案しかないと思っているのだ。


「それに正直言って、貴族位の妖魔に対して数が武器になるとは思えない」


 一条が口を開く。

 数が武器にならない。

 それはそう。

 私も前回の妖刻の時に感じたものだ。


「貴族位の妖魔ではない奴らの相手は任せられる。だけど貴族位の妖魔と戦っている最中は正直いって足手まといだ。だったら最初から無駄に命を散らすより、各々の力量に合った場所で戦力を最大化したほうが良いと俺は思う」


 一条の意見はもっともだと思う。

 しかし問題は誰が貴族位の妖魔以外の相手をしてくれるかだ。

 仮に全国に他の者を全員行かせて守らせたとしても、肝心のこの場所が落とされては元も子もない。


「二人の意見は凄く分かる。だけどこっちもこっちで私たちだけで勝てるとも限らない。確かに貴族位の妖魔との戦いにおいては、他の者では足手まといかもしれない。だけど他の妖魔が邪魔できないように戦ってくれていたのも事実。実際、相手は数でも押してくる。もしも相手が全国に戦力を分散させずに全てこっちに注いで来たら? 私たち四人だけで勝てると思いますか?」


 私の言葉に全員が黙ってしまった。

 雨音さんたちの案も分かるし、私の意見も全然あり得る話だ。

 つまり圧倒的な戦力不足という現状は変わらない。

 どっちを取るかという話になる。


「明美はどう思う?」


 私はここまで沈黙を守っていた明美にたずねる。

 彼女も今は立派な西郷家当主。

 意見は欲しい。


「あたしはどっちの意見も正しいと思うけど、これってどっちが正しいかって場面じゃないんだよね。だったらあたしたちの努力でなんとかなりそうなほうを選ぶかな?」

「つまり雨音さんたちの案ってこと?」

「そう。ごめんね葵」

「別に気にしてないよ。どっちかを選ばなくちゃいけないわけだし、明美の言う通り、私たちが気合いでなんとかするほうが勝ち残る可能性が高そうなのも事実だしね」


 私の一言で話がまとまった。

 私たちは急いで話し合いの結果を各々の家の者に伝達する。

 今回の妖刻は私たちだけで挑むことが決まった。

 そうなると昨日まで仕掛けていた罠は本当にいい働きをすると思う。

 なぜならあの呪法は、大軍を殺すのにうってつけだからだ。


「方針は決まったか?」


 各自が連絡を取っているところに妖狐が姿を見せた。

 全員がまさかの登場に戸惑っていると、妖狐も困惑した様子で首を傾げた。


「なんだ? 俺がここにいるのがそんなに不思議か?」

「いや、違うの。なんで今まで私たちだけで戦おうとしていたんだろうって不思議に思っちゃって。ここに最大戦力がいるのにね」


 失念していたわけでない。

 しかし心のどこかで、彼が本気で戦うのを避けたいと望んでいる自分がいることにも気づいていた。

 彼が再び本気で戦えば今度こそ記憶を全て……。


「でも俺は妖狐に頼るのは反対だぞ?」


 一条がまさかの意見を上げた。

 いまは私の私情はもちろんだが、つまらないプライドや気持ちの問題なんて気にしていられる状況じゃないはずだ。


「言っておくが妖狐を信用していないとかそういうわけじゃないからな? ただ単純に、切り札は最後まで持っているべきということだ。最初から妖狐に戦ってもらって、敵が奥の手みたいなものを用意していた時に、妖狐以外で対応できるか自信がない」


 一条の意見は理にかなっていた。

 この中でもっとも対応力があるのは当然ながら妖狐だろう。

 どんな妖魔がきても妖狐なら確実に勝てるはずだ。

 だからこそ、私たちが危なくなったら助けてもらうかたちが理想的かもしれない。


「私も一条君の意見に賛成です。最初から頼るのは違うですし、彼が言った通り、私たちには万全な対応力はない。一緒に次元ポケットに入った際、実感しました。妖狐は私たちとは別次元の力を有していると。だからこそ、彼には切り札でいてもらいたい」


 雨音さんも一条の意見に賛成らしく、明美も静かに頷いていた。

 私もその意見に賛成だ。

 背後に妖狐がいてくれるというだけで、安心して戦える。


「まあそういうことなら俺は暇つぶしに雑魚どもの相手をしておいてやる」

「大丈夫なの? 消耗しない?」


 私が心配してたずねるが、妖狐は安心させるように私の頭を撫でだした。


「安心しろ葵。その辺の妖魔なんぞ、呪法を使うまでもない」


 妖狐は危険な笑みを浮かべる。

 久しぶりに見た表情。

 戦いに向かう時の美しくも凶悪な笑顔だった。


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