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第八十八話 仕掛け解放


 視界に入る妖魔の数が、いよいよ洒落にならなくなってきていた。

 各地にもゲートと共に無数の妖魔が出現しているにもかかわらず、これだけの数がこの場所にやって来ている。

 やはり前回の時は本気ではなかったということ。

 今回が本番だ。


「発動させるね」


 私は明美と共に仕掛けた罠を発動させるため、地面に両手をついて呪力を練り上げる。

 実際に呪力を大量に消費するわけではない。

 いま練り上げている呪力は昨日、一昨日に地面に埋め込んだ呪力を起動させるための起爆剤に過ぎない。


「呪法、月の影法師」


 私の声に呼応するように、影薪の全身にも呪力が回る。

 対大軍用の必殺の一撃だ。


明影絶衝めいえいぜっしょう!」


 私が仕込んだ影たちが、ひっそりと空間に広がっていく。

 妖魔たちはその気配に一切気づいてはいなかった。

 私の影が戦場一帯に浸透しきったタイミングで、罠に仕掛けられていたもう一つの呪力、明美の光の呪力が爆発する。

 一瞬の静寂のあと、戦場全体で小さな光が点滅した。

 本当に小さな光だったけれど、それでじゅうぶんだった。

 闇を引き延ばすのにはじゅうぶん過ぎる光。


 天地を覆う無数の妖魔たち。

 おそらく数千はいるであろう人間界への侵略者。

 絶望的な光景だったが、それを覆いつくすほどに私の影が広がっていった。

 明美の小さな光によって伸び広がった私の影たちが、突風のような音を響かせながら妖魔たちを捕食していった。

 そこら中で妖魔たちの悲鳴が響き渡った。


 流血や血痕すら許さず、私の影はすべての妖魔たちを捕食する。

 一瞬で何の抵抗もできずに食われ続ける妖魔たち。

 地獄絵図……そんな言葉がふさわしい光景だ。


「なんだ……これ?」


 一条たちは唖然として上空を見守っていた。

 私と一緒に仕掛けていたはずの明美までもが呆気にとられていた。

 まさか明美も、ここまでの威力だとは思っていなかったらしい。


「本当に人間の呪法なのですかこれが? あまりにも範囲が……」


 普段冷静な雨音さんも驚愕している。

 それだけぶっ飛んだ呪法だと思う。


 通常、呪法は一日に使える呪力量の数パーセント、多くても半分程度が最大消費となるが、この呪法は違う。

 明影絶衝は私の二日分の呪力を全て注ぎ込み、そうして発生させた影たちを明美の光の呪力で最大限に引き延ばした呪法だ。

 爆発力も効果範囲も桁違い。

 使っていて私も思った。

 これは人間が使用していい技の範疇を越えている。


「あれだけいた妖魔たちが一瞬で消え去ったか。ずいぶんと腕を上げたじゃないか」


 妖狐がめずらしくシンプルに私を褒めてくれた。

 腕を上げたというか、この呪法を発見できたと言ったほうが正確かもしれない。

 もともとあった呪法の威力を上げたわけではなく、丸々二日仕込んで発動させる妖刻特化型の呪法を文献で知っただけ。

 まあでも、知っていても実際に実行できるかどうかは別なんだけどね。


「この呪法の最大の利点は、呪力の節約にあるかな。過去二日分の呪力を使うわけで、当日に戦闘で使う呪力は一切消費しないで敵を一掃できる。さらにいえばこんなこともできる」


 私は地面に手をかざす。

 すると地面から影を伝って、私のもとに呪力が流れ込んできた。


「なんだ? 呪力を吸収しているのか?」


 一条がいよいよお前はなんなんだと言わんばかりに私を見る。

 いやいや、私はちゃんと人間だってば。


「この技で殺した妖魔たちの呪力をろ過して私が使えるように転換してるの。この技は戦う場所が前々から分かっている場合しか使えないけれど、場所さえ限定して準備さえできればこれだけの芸当ができる。先祖が残してくれた妖刻特化の技よ」


 万能そうなこの技だが、貴族位の妖魔相手には使えない。

 対大軍呪法である明影絶衝は、一定のランク以下の妖魔たちを一網打尽にする呪法だ。

 強力な個にはなんの効果もない。

 そこは自らの手で殺すしかない。


「多少は逃れた奴らがいるようだな」


 妖狐が空を見上げると、ぱっと見天使のような妖魔たちが残っていた。

 彼らは貴族位の妖魔ほどではないが、強力な呪力を放っている。

 見た目は黄金色の鎧に白い紋様の入った人型の妖魔。

 頭の上には紫色に妖しく輝く王冠をかぶり、手には荘厳な鎧と同じ色調の槍と盾を持っている。

 あきらかに苦戦を強いられそうな妖魔たち。

 通常の妖魔たちとは違う気配を感じる。

 あれはなんだろう?


「あれはガーディアンだな。妖界の宮殿の守護をしている妖魔共だ。当然だがそこらの妖魔たちと比べるなよ?」


 妖狐は知っているらしく、正体を明かす。

 宮殿の守護を任されている妖魔たち。

 弱いはずがない。

 貴族位の妖魔ほどの呪力は感じないが、それでも二十体もいると戦力は相当だ。


「俺がやろうか? 上空なら俺の呪法のほうが相性が良いぜ」


 一条が腕をまくる。

 確かに一条の呪法は、上空から白銀の拳を叩き落とすパワフルな呪法。

 対空としてはもっともすぐれた呪法ではある。


「いいや、お前は呪力を温存しておけ。どうせ呪力の節約とか、そういった細かいことはできないんだろう?」


 妖狐は一条を笑ったあと、静かに前に出た。


「やかましい! それぐらい俺にでもできる! お前こそ引っ込んでろ! 切り札のお前を消耗させたら意味がない!」


 一条の主張はひどくその通りだった。

 妖狐は切り札。

 私たちでも倒せそうな相手に彼の呪力を使うのはもったいない。


「前提が間違っているぞ一条。俺は元妖魔の王だぞ? あいつらはそもそも俺を守護していたのだ。あんな程度の敵相手に消耗もくそもない」


 そう言って妖狐が地面を蹴ると、なんとそのまま上空に浮かんでいった。

 呪力の質が違う。

 私はそう感じた。


「来い、雑魚共。誰が主人か思い出させてやる」


 鎧の妖魔たちと同じ高さまで上昇した妖狐は挑発する。

 すると一斉に妖魔たちが槍を持って突撃し始めた。

 一方の妖狐は丸腰。

 彼なら大丈夫と分かってはいるが、それでも心配する気持ちがなくなるわけじゃない。


「危ない!」


 私の心配の声は、しかし杞憂に終わった。

 迫りくる妖魔たちを、あろうことか妖狐は呪法も使わずに対応し始めた。

 槍を躱し蹴りを入れ、接近してきた妖魔を締め上げるとそのまま首をへし折って見せた。

 妖狐の蹴りは鎧ごと粉砕し、一撃で妖魔を地面にたたきつける。

 高速のパンチの前では蹴りと同じく鎧なんて意味をなさなかった。

 全てを一撃で粉砕していく。

 まさかだった。

 妖狐が肉弾戦を披露するとは思わなったのだ。


「この程度の奴ら相手に呪力など不要だ」


 月をバックにそう語る妖狐の姿は、まさに妖魔の王そのものだった。



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