妖狐が鎧の妖魔をすべて倒すのに五分もかからなかった。
シンプルな肉弾戦でこの強さ。
もしも彼が本気で戦ったらいったいどれほどの強さなのだろう?
「準備運動にはちょうどいいな」
妖狐はそのまま降りてこずに、ゲートのほうに向かっていく。
「第二波が来るぞ。それに強い呪力を感じる」
妖狐がゲートに近づきながら警告する。
私も捕らえた。
初めて感じる呪力。
鵺やアメミトではない。
「来るよ!」
私が警告を発したと同時にそれはゲートを通過した。
妖魔は妖狐のとなりをすれ違う。
すれ違いざま、妖狐と妖魔の視線が絡み合った気がした。
しかし妖狐も妖魔もお互いを無視してそれぞれ別の方向に進む。
「そいつは作戦通りお前たちでやれ。他の雑魚は俺が全て相手してやる」
新たな貴族位の妖魔は、第二波の中に紛れてこちら側にやってきた。
第二波の妖魔の軍勢は、第一波ほどの数ではないがそれでも数百体はくだらない。
それをたった一人で相手しきると妖狐は宣言したのだ。
作戦通り、自分は切り札として呪力をほとんど消費せずにその他すべてを始末するつもりらしい。
一体どこが”切り札”なんだか。
「かわりにそいつは任せるぞ」
妖狐はそれだけ言い残して妖魔の群れに突撃する。
双方が交わった瞬間から、妖魔たちの悲鳴が響き始めた。
「こっちはこっちで対応しましょう」
私たちの頭上に浮かぶ妖魔。
スラリとした人型の妖魔。
皮膚はまるで水が流れているように流動的だ。
夜闇に青く輝くしなやかな肉体。
ボディースーツのような見た目をしており、目元は薄青く輝く。
「なんだこいつ」
一条が警戒の声を上げる。
パッと見は強そうには見えない。
だけど私は知っている。
こういう人型の妖魔のほうが案外手強かったりするのだ。
「葵さん、ここは私がやります。ご助力はいりません」
「雨音さん?」
唐突な申し出に困惑する私たちだったが、雨音さんは覚悟を決めた様子で前に出た。
「どうやら私と”同類”のようですので」
「同類?」
私が雨音さんの言葉の意味を理解しかねていると、突然目の前の妖魔が笑い出した。
「なるほどなるほど。貴様が私の呪法を奪った者の末裔だな」
驚くほど聞き取りやすい声。
透き通った声はまるで女性の声のようだった。
「貴族位の妖魔の中に女性型の妖魔なんていたのですね」
雨音さんはそう言って呪力を練り上げる。
それに呼応するように、目の前の妖魔も呪力を練り始めた。
やはり同じ質の呪力。
やっぱり雨音さんの家の呪法はこの妖魔から得たもの。
「私にも因縁深い敵がいるとは思いませんでしたよ。お名前をお聞かせいただいても?」
「私の名は
「北小路雨音。覚悟してくださいね。呪法”水瀑”の使い手は私以外に必要ありません」
「それはこっちのセリフだ女!」
双方のボルテージが高まるのを感じた。
「離れて!」
私が声を上げるが、それよりも早く危険を察知したのか明美と一条は距離を取り始めた。
「「呪法、水瀑!!」」
二人の声が重なった。
まったく同じタイミングで二人の周囲に水が出現する。
大きさも水の動きもまったくの互角。
「ほうほう。人間の小娘のくせに私と同じ出力とはね。やるじゃない」
霧葬がニヤッと笑った気がした。
「爆葬!」
霧葬が叫ぶと、雨音さんの上空から視界一杯の水の塊が滝のような勢いで降り注ぐ。
もちろんただの水ではない。
高密度な呪力が練り込まれた特殊な水。
「弾き返せ! 水壁!」
迫りくる水量と同じだけの水を発生させ、上空に対して防壁のように水の壁を発生させ侵入を防ぐ。
霧葬の水流は滴り落ちることなく、雨音さんの水壁に触れると同時に跳ね返っていく。
物理法則を無視した動きに、私たちは目を丸くするが霧葬は読んでいたのか冷静に対処する。
「弾き返せ! 水壁!」
雨音さんと同じ技を発動させ、跳ね返ってきた水流を押し戻す。
跳ね返るたびに威力が増しているように見える水流は、地面に着水すれば一撃で一帯をプールにしてしまうだろう。
こんな規模の応酬は、もはや人間が行うレベルを遥かに超えている。
「ほとんど水害レベルだねこれ」
影薪が呑気な感想を口にしたタイミングで、霧葬はさらに技を発動させる。
同時にいくつもの技を操れるらしい。
「水流よ、我が敵を押し流せ! 粉砕せよ!
霧葬が叫ぶ。
水流の押し合いにしびれを切らしたのか、新たに技を重ねていく。
今度は雨音さんの左右から竜の姿をかたどった水流が襲いかかる。
途中にあった大岩は一瞬でかみ砕かれてしまう。
恐ろしいほど簡単に砕け散った岩を見て、私はとっさに体が反応するがそれより先に雨音さんは呪法を発生させる。
「水流よ、我が敵を押し流せ! 粉砕せよ!
同じだけの威力と数で対応する。
全く同じ技。
双方の水竜が交差した瞬間、ウォーターカッターのような水刃が周囲に飛び散った。
こちらに向かってきた一撃を私は何とか躱す。
背後に通り過ぎていった水刃は、大木を一撃で斬り倒してしまった。
「葵! 大丈夫!?」
「ええ、私は大丈夫!」
明美の安否確認の声がする中、霧葬と雨音さんの戦いはさらに激化していく。
普段は冷静で淡々と仕事をこなす雨音さんのあんな顔は初めて見た。
歯を食いしばり、全身全霊をかけて技を繰り出している。
「よくぞここまで到達した。人間の寿命で私と同じレベルまで到達するとはね。もしも貴様が妖魔だったらと思うとおぞましい」
霧葬はなんだかんだいって余裕がありそうだった。
表情が変わっていない。
一方の雨音さんは、現状でギリギリに見える。
振り絞っての応戦。
しかし次第に押され始めているのが分かった。
「雨音さん!」
「助力は不要ですよ」
「なんでそこまで!」
私が助けに入ろうとするが、雨音さんはそれを制止する。
何が彼女をここまで焚きつけたのだろう。
「まだまだどれだけの妖魔が来るか分からないんです。いま葵さんたちが消耗するわけにはいきません! いきますよ霧葬!」
雨音さんが初めて敵の名を叫んだ。
一度大きく手を叩くと、拮抗していた水たちが弾ける。
一瞬の隙を生み出した。
水が弾けて反発しているこのタイミングで、雨音さんは今日一番の呪力を練り上げた。