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第九十話 呪法の真相


水葬戟すいそうげき


 叫ぶ彼女の声の大きさが本気の証拠だった。

 前にモザンクルスに対して放った技。

 雨音さんの周囲に漂う水たちが、一振りの巨大な鉾となり、拮抗している状態の隙間を突き進んでいく。

 水の鉾の大きさは刃の部分だけで人よりも一回り大きい。

 おそらく彼女にとって最大の一撃。

 これには霧葬も驚愕の表情を浮かべた。


「なんだその技は!?」


 あからさまに狼狽える様子を見せる霧葬。

 呪法水瀑は霧葬からどんな経緯で北小路家に伝わったかは知らない。

 しかしあの反応を見る限り、この技は初見らしい。


 霧葬が狼狽えたのは一瞬だった。

 瞬時に雨音さんの水葬戟に対応する。

 同じ技をぶつけるわけではなく、さらなる大技で押し切るようだ。

 練り上げる呪力の量が桁違いだ。


「全てを飲み込め!!」


 霧葬が自身の上空に水塊を作り上げる。

 いままでの攻撃とは規模が違う。

 ほとんど湖を浮かべているような規模感だ。


「雨音さん!」


 私は雨音さんの名を呼ぶが、彼女は一瞬ふり返って首を横に振る。

 絶対に加勢はいらないという意思表示。

 しかしあの物量をどうにかできる術があるのだろうか?

 実際私が加勢したところであれは逃げるしかないと思えた。

 これまでの技とはあきらかに効果範囲が違う。

 地形すら変えてしまいかねない攻撃。

 その水塊に向けて、雨音さんの水葬戟が飛ぶ。


 最初は巨大に見えた水葬戟も、霧葬が展開する水塊と比べると針のように小さく弱く見えてしまう。

 あれではただ飲み込まれて終わる。

 そう思った時、雨音さんが鋭い目つきで両手を天に向けた。


蒼瀑竜そうばくりゅう!」


 雨音さんが先ほどの技を追撃で放つ。

 隙をついて本体を叩くつもりだろうか?

 私を含めきっとこの場の全員が同じことを思ったに違いない。


蒼瀑竜そうばくりゅう!」


 霧葬も同じことを思ったのか、雨音さんに対抗して水の竜をもう一体追加する。

 しかし水の竜の向かう先が霧葬ではない。

 雨音さんの放った竜は、まっすぐ水葬戟に向かっている。

 あれでは自分の技同士で消滅してしまう!


「ハハハ! 血迷ったな! これで終わりだよ女!」


 霧葬は勝利を確信した様子で水の竜を雨音さんに向ける。

 さらには圧倒的な質量の水塊まで。

 雨音さんの攻撃は自分まで届かない。

 そう思ったのが霧葬の敗因だった。


「終わりはそちらですよ霧葬」


 雨音さんの放った蒼瀑竜は、水葬戟と相殺するどころかうしろから後押しをするように融合する。

 まるでジェット噴射のように推進力を増した水葬戟は、まっすぐ水塊に飛んでいく。

 さっきまでとは別物の速度をもって、水塊と正面衝突した。


 地面が割れるかと思った。

 それだけの衝撃が走り、水葬戟が真っすぐに水塊を切り裂いた。

 驚愕の表情を浮かべる霧葬。

 そこに向かって水葬戟は速度を緩めることなく飛んでいく。

 霧葬は必死になって蒼瀑竜を方向転換させて迎撃にあてるが、すべてを一撃で切り裂かれてしまう。

 次々と水瀑を切り裂き、やがて霧葬本体に肉薄した。

 一瞬の出来事だった。

 霧葬の断末魔が響き、重傷を負った霧葬が天から落ちてきた。

 ドシャっという鈍い音を立てて地面に落下した。


「雨音さん、大丈夫ですか?」


 霧葬の落下と同時に、雨音さんがその場にしゃがみ込んだ。

 もうほとんど呪力が残っていない。

 彼女にこれ以上の戦闘継続は不可能だ。


「大丈夫です……それより霧葬は?」

「あっちで倒れています。生きてはいるようですが致命傷です」

「そうですか……お願いがあります。私を霧葬の近くに連れて行ってくれませんか?」


 私は断ろうと思った。

 どう考えても危険だから。

 しかし雨音さんの表情を見たらそんな気は失せた。

 初めてみる表情。

 懇願という言葉が適切かは分からないが、そんな印象だった。


「行きますよ」


 私は雨音さんに肩を貸し、ゆっくりと霧葬に近づく。


「呪法、月の影法師」


 私は小さく呪法を発動する。

 倒れている霧葬の首元に、地面から生み出した影でできたナイフを突きつけた。


「妙な真似をすればすぐさま首を斬り落とす」

「もう何もできやしないさ若い娘」


 霧葬は完全に戦意を失っているのか、抵抗するそぶりも見せなかった。


「貴女にお聞きします。私の家に伝わる呪法について教えてください」

「ふん、教えるも何もあんな凶悪な技まで生み出しておいて、どの口が言っている? じゅうぶんに使いこなせているではないか」


 霧葬の言う通りだと思った。

 私たちは一切加勢していない。

 完全に雨音さんが個人で打ち勝ったのだ。


「技についてではありません。歴史です。どうやって水瀑は私の家に伝わったのですか?」


 雨音さんが知りたがったのはそっちだった。

 私は知っている。

 雨音さんは妖魔を憎んでいる。

 さらに言えば家業そのものを嫌っている節もあった。

 なぜ戦わなければならないのか。

 それは雨音さんの結婚相手の方も同じ意見だったと聞いている。


「簡単な話さ。私がまだ未熟だったころに、人間界に来たのさ。呪力をほとんど失った状態で。そのタイミングでお前の先祖に出会った。そして殺されると思い必死に抵抗した。本当に今からでは想像もできないほどに弱々しい水瀑でな」


 妖刻でもなんでもないタイミングで人間界にきておいて、弱々しいとはいえ呪法を発動で来ただけでも上出来だったろう。

 しかし出会ったのが当時の北小路家の者。

 相手が悪い。


「そこで奪われたのさ。奪われたというよりコピーされたといったほうが正しいのかもしれないが」

「コピーですか?」


 雨音さんが不思議そうな表情を浮かべた。

 北小路家にはほとんど昔の文献が残っていないらしい。

 だから当時の呪法は知られていないのだ。


「そうだコピーだ。当時出会った者はそんなことを言っていた。私から水瀑をコピーし、これは便利だ強力だと笑っているのを憶えている。私はその隙をついて逃げ出していまこうしてここに倒れている」


 霧葬は自虐するように笑みを浮かべる。

 覚悟が決まった表情だった。

 死の覚悟の決まった表情。


「私は本来、貴族でもなんでもない。しかし鵺様にお願いをしてここにやってきた。私の呪法を奪った一族の末裔がいると聞いてやってきた」

「それは復讐ですか?」

「復讐? その通りだ。呪法は妖魔にとって誇りそのもの。それを奪われ使用されるなんて到底許される行為ではない」


 そこまで言ったタイミングで霧葬の様子に異変が生じた。

 苦しそうな表情と、彼女のお腹のあたりに不穏な呪力の流れを感じた。


「に、逃げて」


 小さく聞こえた霧葬の声、私は急いで立ち上がって雨音さんと共に距離をとる。

 その瞬間、霧葬の断末魔が響き黒い霧が爆発した。



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