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第九十一話 揃い踏み

「なんだ一体!?」


 一条が明美をかばいながら叫んだ。

 私も同じく弱った雨音さんをかばう。

 突風のような衝撃は、私たちを一瞬宙に浮かせるほどの威力だった。


「何かいるよ」


 明美が霧のなかを指さした。

 ここは明美が用意した照明の数々で、まるで昼間のように明るいのだが、たったいま霧葬の体から発せられた黒い霧はそんな光をものともしない。


 そして徐々に黒い霧の中から強力な呪力を持つ反応が現れる。

 私は知っている。

 この反応の主は前にあったことがある。


「鵺!」


 黒い霧の中、静かに出現したそいつの名を呼ぶ。

 妖魔たちを率いる者。

 妖刻の先導者。

 この二回目の妖刻を仕組んだ張本人。


「久しいなと言おうと思ったが、それほど久しくもないな。小娘」


 霧が晴れていき、鵺の姿があらわとなる。

 当然だが前に見た時と同じ姿。

 猿の頭に虎の四肢と胴体に蛇の尾が生えた、世紀の怪物。


「ずいぶんと私たちを振り回してくれたよね」


 私は鵺に怯まず立ち向かう。

 本当に振り回された。

 コイツがまさか二回目の妖刻を早めるという計画を練っているとは思わない。

 途中で気づいたから良かったものの、下手したら何も知らずに妖刻に突入していた可能性すらあったのだ。

 その際の被害は計り知れない。


「お前たちこそ、よく我の計画に気づいたな。思った以上の準備をしてくれたものだ。全国各地に強力な個体を発生させる算段が、どういうわけかここにしか出現できなかった。貴様らの仕業だろう?」


 鵺が私たちを睨む。

 背筋が凍るような思いだ。

 少しばかりの恐怖心と、コイツを殺せば終わるという気持ちが交差する。


「そうね。私たちで大気中の呪力をここに集中させた。他のゲートからでは普通の妖魔しか出てこれないはず」


 私の説明を聞きながら、鵺は徐々に笑い始めた。

 内臓が抉られるようなその声に、私たちは顔をしかめる。


「なるほど道理で。そうかそうか、それは想像していなかった手段だ。やるではないか今代の当主共」


 鵺は想像していない手段をとられたことで笑っていたらしい。

 私には理解できない思考。

 邪魔をされたのなら、普通は怒りそうなものなのに。


「我ほど長く生きていると予想外というものがほとんどなくなってしまう。だからこうして妨害でもなんでも、想定外が起こると嬉しく感じてしまう。ああ、まだ我にも成長の余地があるのだと、こんなにもワクワクさせてくれる存在がまだ残っているのだと」


 鵺を見て酷く孤独な存在なのだと私は感じた。

 孤高の王。

 裸の王様。

 きっと鵺を心から慕っている部下などいないのだ。


「憐れな奴」

「なんだと」


 私は恐怖心を忘れて鵺を睨む。


「想定外だった? だったら喜べばいいじゃない」

「黙れ小娘!」


 鵺から怒りの呪力が漏れ出る。

 肌がピりつくほどの呪力に、私以外のみんなは後ずさる。


「貴方が妖魔たちを率いることができたのは、妖狐を奪還するという大義名分があったから。その証拠に今回の妖刻、貴方からしたら本命であったはずなのに、ずいぶんと戦力が少ないんじゃない?」


 最初からうっすら思っていたことだった。

 いまのところ前回よりも戦力が少なく感じる。

 もちろん普通の妖魔の数は前回よりも遥かに多い。

 他のゲートからも出現しているということを考慮すると、動員数という点でいえば多いのだろう。

 だけど今のところ貴族位の妖魔は見当たらず、貴族かと思われた霧葬も貴族ではないという。

 となると体感的には戦力ダウンとしか思えない。


「何を言うかと思えばそんなことか。安心しろちゃんと用意している。いま我がここに姿を現したのは、この女がどれだけ役に立ったかを確かめるためだ」


 鵺は地面に転がる霧葬の死体を蹴った。

 そもそもどうして霧葬の中から鵺が出現したのか。


「最初から霧葬は死ぬ予定だったということですか?」


 さっきまで交戦していた雨音さんが口をはさむ。

 鵺の態度に思うところがあったのかもしれない。


「その通りだ北小路家の当主。戦っていたのはお前だな。ほとんど呪力も残っていないところを見るに、この女もまあまあ善戦していたということか」

「霧葬は知っていたのですか?」

「何がだ?」


 鵺は白を切る。

 分かっているくせにとぼけて見せた。


「自分が使い捨ての駒だということをです」


 しかし雨音さんは一切動じず問いを重ねた。


「知っているわけがないだろう? 今回、どうしても参加したいというからこっそり忍ばせてやったのさ。貴族と呼ぶにはあまりに非力すぎたからな」


 鵺は霧葬を非力と言い切った。

 あれだけの規模の呪法を扱えて非力扱い。

 信じられない思いだったが、前回の貴族位の妖魔たちを思い返すと確かに力不足ではあったかもしれない。

 間違いなく強力な妖魔ではあったが、前回の貴族たちと比べて特別強力だったかと言われると絶妙なところだ。


「コイツが致命傷を負ったら我が転送される仕組みだ。簡単だろう?」


 鵺は嫌らしく嗤う。

 心から軽蔑に値するその態度に、私は怒りを感じた。

 沸々と腹の中で湯が沸くような感覚だ。


「それでも不用心じゃない?」

「どういう意味だ?」


 鵺は本気で私の言葉の意味が分からないらしい。


「だって、たった一人でノコノコ姿を現して、今から私たち全員を相手にして勝てるとでも?」


 鵺は確かに強い。

 前回は私が満身創痍だったこともあり、手も足も出なかったのを憶えている。

 だけど流石に雨音さんを除いたとしても、なにも消耗していない私と明美と一条の三人を相手取って勝てるとでも思っているのだろうか?


「何を言いだすかと思えば、我に勝てるつもりか? 人間如きが何人いようが関係ない。我がただただ上から押しつぶすのみだ」


 声のトーンが低くなる。

 呪力の質が変化した。

 さっきまででもじゅうぶん凶悪な呪力だったのに、その凶悪さに拍車がかかっている。

 思わず息を飲むほどだ。


「押されるなよお前ら」


 一条が雰囲気に飲み込まれそうだった私たちの目を覚ます。

 一歩前に出て拳を握る。


「まずは貴様からか?」


 鵺がそう言った瞬間、突如上空に強力な呪力の気配が発生した。

 その数三体。

 間違いない、あいつらはきっと……。


「間に合ったか。まあいい、我は高みの見物といこうか。妖狐対策は万全だ」


 鵺は聞き捨てならない言葉を口にする。

 妖狐対策?


「お前らの相手は望み通り貴族共がやってくれる」


 鵺が言い切らないうちに、鵺と私たちの間に三体の妖魔が着地した。

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