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第九十二話 三対三


 私たちの前に現れた三体の貴族位の妖魔。

 一体は見知った存在だった。

 頭はライオンで胴体はまるでワニのような鱗に覆われている。

 しかし二足歩行をしていて、背丈でいえば三メートルは越える巨人。


「アメミト!」


 明美の憎悪の声が響く。

 一体は前回の妖刻で明美の母親である和美さんを殺害したアメミト。

 しかもそれだけではなく、明美の父親もその前の妖刻で殺している。

 能力は確か、審判の天秤。

 片方に羽根を乗せ、もう片方に死者の肉体の一部を乗せる。

 羽根よりも軽かった場合、その能力を丸ごと手に入れる能力。


「なんだ、やっぱりいた。良かった良かった! 僕は楽しみにしてたんだ!」


 アメミトは無邪気そうに笑う。

 しかし当然ながら無邪気ではない。

 人を小バカにしているのが伝わってくる。

 命も矜持も、全てを否定するような能力と態度。


「貴方も相変わらず性格が悪いですねアメミト。同じ貴族として恥ずかしくなります」


 アメミトのとなりに降り立った妖魔が口を出す。

 綺麗な敬語を話し、その姿はほとんど人間そのもの。

 背中には大きな羽根が生えており、まるでエジプトのファラオのような化粧を顔に施している。

 すらっとした手足に、布で全身を覆っただけの姿。

 女神と言われれば信じてしまいそうな美しさをしている。


「お前は誰だ?」


 一条が警戒した様子でたずねる。

 知らない貴族だった。

 しかも彼女の背中に生えている羽根は見覚えがあった。


「私はマアトの化身。以後お見知りおきを」


 マアトと名乗った女性が恭しく頭を下げる。

 とても敵とは思えない態度だが、彼女から放たれる呪力は悪意に満ちていた。


「その羽根、天秤と同じものね」


 明美が指摘する。

 私たちの中で明美がもっともあの羽根を憶えていた。

 何度も夢に見ただろう。

 両親の矜持と尊厳を踏みにじった羽根だ。


「その通りです。私の羽根を用いて、アメミトは魂の重さをはかっています。貴女のご両親のことはアメミトから聞いています。残念ながら、私の羽根より価値がなかったようですね。無価値な両親を持ってしまってお可哀想に……」


 あまりの言いように、明美は言葉を失った。

 私も同じだ。

 敬語で言葉づかいは綺麗だが、言っていることはクソだと思った。

 生まれて初めて敬語でイラついたかもしれない。

 下手したらアメミトよりも質が悪い。


「お前たち二人とも死者に対して失礼だぞ?」


 最後の一体が二体をたしなめる。

 私の正面にいるこの妖魔。


 不思議な存在に思えた。

 金色で荘厳な玉座に座った状態で現れた。

 全身が包帯に包まれたミイラのような姿。

 ところどころ露出する肌は、まるで毒のような薄気味悪い緑色をしている。

 包帯の隙間からこちらを見据える瞳は赤く輝く。


 いまもまだ座ったまま、足を組んで肘をついている。

 とても戦場に似つかわしくない格好だ。


「そこのミイラさんはどこのどなた?」


 今度は私がたずねた。

 アメミトの化身、マアトの化身とくると、次に来そうな名前は想像がついてた。


「我はオシリスの化身。今宵、人間界への門が開かれたと聞きやってきたのだ」


 オシリス。

 やっぱりそうだ。

 冥界の番人にして、冥界の王。

 名前ぐらいは知っている。

 鵺に並ぶ、下手したらそれ以上の存在だ。


「妖界には神話に出てくるような怪物がごろごろいるわけ?」

「そんなわけないだろう? さっきから言っているではないか”化身”だと。本体ではない。あくまでモチーフだよ小娘。我らを人間が想像する程度の存在と同一に語るな!」


 オシリスは語気を強めた。

 コイツの怒りのスイッチがよく分からない。


「こんなのと戦うのか」


 一条は冷や汗を垂らす。

 気持ちはわかる。

 正直いって分が悪い。

 同じ三対三とはいっても、力の差をどうしても感じる。


「三対三ね。ちょうどいいじゃない」


 私は強がりを口にした。

 気持ちで負けてはのまれてしまう。

 ここは強気で挑まなければこちらが死ぬ。


「三対三? ふざけたことをぬかすな。我は冥界の王ぞ? 戦いなどせぬ。ただただこいつらを見張りに来ただけだ」


 オシリスは戦うつもりがないらしい。

 それならそれで好都合。

 戦う気のないコイツを先に始末して、残りの二体に集中するべきだ。


「呪法、月の影法師!」


 私は不意をついて呪法を発動させる。

 狙うはオシリス一体。

 玉座で座ったままで殺してやる!


「伸びろ! 影の枝!」


 威力や範囲よりも速度を重視した技。

 一瞬で地面から出現した影の枝が、猛烈な勢いでオシリスに到達する。

 一撃でオシリスの心の臓を貫いたかと思ったが、オシリスに触れる直前で枝が止まってしまう。


「無駄だ小娘。その技の速度と、一瞬で我から始末しようという判断は褒めてやる。だが早計だったな」


 オシリスの手前に壁があった。

 見えない壁だ。

 まるで結界のような手応え。

 これを分析するのは骨が折れそうだ。


「僕たちを倒さないと解けない結界だぞ?」


 アメミトがバカにしたような声色で私を嘲笑った。

 私が睨んでもその表情は変わらない。

 そんな彼らから距離をとった背後で、鵺が不気味に笑っていた。

 早くアイツを倒して妖刻を終わらせたい。

 しかし焦りは禁物。

 油断なんてしていい相手ではない。

 全力で殺しにかからなければこっちがやられる。


「つまり先にお前ら二体を殺せばいいってことだよな!」


 一条が叫び、呪力を爆発させる。

 夜空に神々しい光が輝き始めた。

 まるでオーロラのような光景だった。


「へぇ……。綺麗な能力じゃないか! それも僕が欲しいな!」


 アメミトはニヤッと笑う。

 きっとあいつは何人もの能力をあの天秤で奪ってきたのだろう。

 次は私や一条の能力を奪うつもりだ。


「やれるものならやってみろ木偶の坊!」


 一条も負けじと応戦する。

 口の悪さなら、私たちの中でもっとも長けているのが一条だ。


「やれやれアメミトもそこの坊やも口が汚いこと……」


 マアトはそう言って羽根を大きく広げた。


「覚悟はいいですか人間たち」


 マアトから静かな殺気を感じた。

 アメミトはきっと光を使ってくるだろう。

 和美さんを殺した技で、娘の明美を殺そうとするだろう。

 性格が終わっているが予想できるだけマシだ。

 しかしマアトの戦い方は一切予想がつかない。


「さあ参りますよ」


 マアトはそう言ってまさかのファイティングポーズをとった。

 手には高密度の呪力をそのまま纏わせている。


「マジかコイツ」


 一条もマアトと同じくファイティングポーズをとった。


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