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第九十三話 各々の戦い


 一条の拳に呪力が集中していく。

 構えが以前に見た時から変わっていた。

 思えば、前回の妖刻から今の今まで、彼が戦っているのを見ていない。

 いつの間にこんな構えに?


「俺がボケッと何もしないで日々過ごしているわけないだろ!」


 一条はそう言って走り出す。

 向かう先はマアト。

 マアトも一条に向かって走り出す。

 双方同じ速度で同じような構え。

 まるでボクシングのような構えだった。


「おら!」


 一条の拳がマアトの顔面に飛ぶ。

 マアトはいとも簡単に躱すと反撃のパンチをお見舞いする。

 一条はそれをガードし、さらに反撃を仕掛ける。

 譲らぬ攻防。

 プロの試合を見ているような動きだった。

 しかも恐ろしいことに、彼らのパンチには呪力が乗っており、躱されたパンチの軌道上の木が抉れている。

 戦っている二人の周囲の地形どんどん崩れていく。


「明美、私たちもやるよ」

「そうね」


 私は明美と共闘することにした。

 残念ながら私の呪法では、一条に加勢しても彼まで巻き込んでしまう。

 それになんとか一人で持ちこたえられそうではある。


 「なんだ? 僕と遊びたいのか? 両方まとめてかかってこい!」


 アメミトが自身の頭上に光を発生させる。

 あれはよく見知った呪法、光鏡だ。

 明美の父親から奪った呪法にして、和美さんを殺した呪法。

 ライオンの頭をしたアメミトの口元に光が集まり始めた。


「任せて!」


 私が防御行動をとろうとした時、明美が迎撃の呪法を発動する。


「呪法、光鏡! 跳ね返せ!」


 アメミトの技が完成するのと、明美の技の発動が重なった。

 アメミトの口元から放たれる光の束。

 圧倒的な質量を持った光線は一瞬で私たちの元に届く。

 しかし明美の呪法が、まるで鏡のようにその光を打ち返した。


「なに!?」


 アメミトは驚きつつも反射的に身をよじって跳ね返ってきた光線を躱す。

 後方に飛んでいった一撃は、着弾したあたり一帯を焼き尽くしてしまった。


「物騒な一撃ね」


 私は身震いした。

 あんなの食らったら一撃で殺される。


「なぜあれが返せる? お前の母親はこれで死んだのだぞ? お前より遥かに強かったはずのお前の母親がだ! お前如きが対応できるはずがない!」


 アメミトは信じられないと言いたげだったが、明美は一切動じずにじっとアメミトを睨んでいた。


「どうして返せたか? そんなの決まっているじゃない。血の滲むような努力をしただけ。お前の言う通り、私のお母さんを殺したその技。私が忘れるわけがない!」


 明美は物凄い形相でアメミトを睨む。

 今までに見たことがないほどに、顔は強烈に歪んでいた。

 憎悪はここまで人を変えるのだ。


「いいねいいね! その表情はとても僕好みだよ!! ああ、早く君の生首を天秤ではかりたい!」


 アメミトの一言で明美は冷静さを失った。


「貴様!!!」


 明美から信じられないほど大きな声が発せられたかと思うと、両手を胸の前に突き出していた。


「呪法、光鏡」


 明美が必死になって準備したここら一帯を照らすライトの光がみるみるうちに集結する。


「爆ぜろ! 爆光砲ばくこうほう!」


 光が球体に変化し、明美の上半身を覆いつくすほどにまで大きくなった時、明美が叫ぶ。

 いままでに見たことのない大技。

 殺意の宿った一撃。


 光の砲弾が、文字通り光速でアメミトに迫る。

 轟々と音を鳴らし、アメミトが反応する間もなく直撃した。

 光の砲弾が爆ぜた瞬間、空気が恐ろしいほどに振動した。

 まるで巨大爆弾でも落とされたかのような爆発音と範囲。

 周囲の木々は光の砲弾を中心に焼き崩れていく。

 あまりの威力に一条とマアトが殴り合いを中断して距離をとる。

 二人そろってアメミトに注視する。


「やったの?」


 私は呟いた。

 だってそれほどの威力だったから。

 見たことのないほどの破壊力。

 周囲のライトから放たれていた光をすべて集約してぶつけた一撃だった。

 本気の殺意。

 憎しみの一撃。

 明美はずっと肩で息をしながら爆心地を睨んでいた。


「アメミト?」


 マアトは流石に心配するようなそぶりを見せる。

 一方のオシリスは一切動じていなかった。

 アメミトがどうなろうと気にしないのだろうか?


 モクモクと空にのぼっていく黒煙たちが視界を遮る。

 爆心地から半径十メートル四方はすべて吹き飛ばされてしまった。

 木々も岩もライトさえも。

 いまこの地を照らすのは遠方の弱々しいライトの明かりだけ。

 流石のアメミトも無事でいるとは思えない。


「……痛いじゃないか! なんてことしやがる! 小娘のくせに僕に傷をつけるなんて!」


 黒煙の中からアメミトの声がした。

 生きているのか?

 あれで?

 あの一撃を受けて生きている?


「嘘……」


 ボソッと呟いた明美は、呆然として立ち尽くす。

 気持ちはわかる。

 きっとあれは必殺の一撃だったのだろう。

 アメミトと明美が純粋にやりあえば、間違いなく明美が不利となる。

 戦い慣れているのはアメミトで、呪法光鏡だってアメミトのほうが使用期間は長いだろう。

 となると明美が単独で復讐を遂げるには不意打ちしかない。


 序盤で自身の呪力の大半と力の源である光源を潰すことになる広範囲攻撃。

 私にも見せたことのない奥の手だった。

 本来、光鏡はもっと応用の利く呪法だ。

 こうい力技で押すタイプの呪法ではない。

 しかし戦闘経験が足りない明美が扱うには難しすぎたのだ。

 だからこその奇襲、だからこその一撃必殺、だったはずなのに……。


「明美! 避けろ!」


 一条が叫ぶ。

 その瞬間にはアメミトがいるであろう地点から光の槍が明美に向かっていた。

 間に合わないタイミング。

 一条も私も、誰もかれもが助けに入れるタイミングではなかった。


「舐めないで!」


 しかし明美は単独で槍を躱す。

 間一髪というタイミングでギリギリ槍の軌道をずらす。

 同じ光を扱う者だからこそできる回避手段だ。

 避けるのでも相殺するのでもなく、相手の技の軌道をずらす躱し方。


「間に合ったか。この傷の仕返しをしなくちゃなぁ~」


 黒煙の中から姿を現したアメミトの胴体は赤黒く焼け焦げていた。

 硬い鱗に覆われているはずの胴体は焼けこげ、ライオンの顔を持っていたアメミトのたてがみは全て焼け落ちていた。

 しかし死んでいるわけでも致命傷という感じでもない。

 頑丈にもほどがある。

 あれで死なないなんて……。


「明美、来るわよ!」


 私は急いで明美の隣に立つ。


 アメミトは自身の周囲に無数の陣のようなものを出現させた。

 それぞれが何かしらの紋様をしており、全てが円形で黄金に輝いていた。

 なんとなく肌で感じる。

 あれはまずい。


「明美、呪力は残ってる?」

「多少はあるけど……」

「よかった。じゃあまだやれるよね」


 私と明美はアメミトの本気を防ぐために呪法を展開した。

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