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第九十四話 混戦


「呪法、光鏡!」


 アメミトの癇に障る声で呪法の名が呼ばれた。


「光球降誕!」


 アメミトの周囲に出現した紋様から光が続々とアメミトの頭上に集中する。

 どんどんと膨れ上がる光の塊。

 先ほどアメミトが放った技に似てはいるが、これはあれよりも遥かに規模が大きい。

 しかも想定外だったのが、明美が必死に用意したライトの明かりまでもが集結していた。

 明美も必死に光の主導権を取り戻そうとするが、残念ながらすべての光がアメミトの味方をする。


「させるか!」


 一条が一瞬の隙をついてマアトを蹴り飛ばし距離をとる。


「呪法、崩神!」


 一条の銀色に輝く拳がアメミトの集めた光球のさらに上空に出現する。

 そのまま完成する前に光球を破壊しようとするが、マアトが起き上がって一気に距離を詰める。


「させませんよ」


 マアトの拳が一条に直撃する。


「……!?」


 明美はショックで声が出ていない。

 絶望したような表情。

 一条がやられたと思ってるのだろう。

 私もそう思ってしまった。

 それだけの攻撃だった。

 マアトの拳が一条に触れた瞬間に爆発し、恐ろしい速度で後方に吹き飛んでいった。


「一条!」


 十メートル以上離れた大木に衝突し、ぐったりとした一条を見て私は急いで呪法を発動させる。

 なぜならマアトが一条にとどめを刺しに走っていくのが見えたからだ。


「呪法、月の影法師! 力を貸せ、皆月!」


 呪法が発動し、一条とマアトを含むこの空間一帯を変異させる。

 アメミトと明美は効果範囲外に押しやった。

 そうでないとアメミトの光球でこの空間ごと破壊されかねない。

 漆黒の闇が夜に戻ってきた。

 皆月の触手が辺り一面に生え揃い、マアトに次々襲いかかる。


「うっとうしいですね」


 マアトはそれらを躱しながら、カウンターでパンチやキックを当てていく。

 そのたびに触手は爆発し、粉々に散って行く。

 たぶんそう持たない。

 皆月の触手も無限じゃない。


「助かったぜ葵、あとは任せな」


 声がした。

 振り向けば一条が立ちあがり、ファイティングポーズをとる。

 まだまだ負けていない。

 一条の周囲に呪力が充満し、神々しい白銀色の呪力が拳に宿っていた。


「新しい戦い方ね」

「流石に上空から拳を落とすだけじゃ読まれるからな。葵は明美を頼む」

「分かった」


 一条はそう言って走り出す。

 そのタイミングで私は皆月をひっこめ、暗闇は姿を消した。

 一条の拳がマアトに直撃する。

 崩神がマアトの肉体を吹き飛ばす。

 鈍い音がした。

 白銀の呪力がマアトを包み込み、一気に爆発した。


「良かった……生きてた」


 明美は安堵の表情を浮かべる。

 きっと彼女は恐れたのだ。

 また大切な人が命を落とすのを。

 だが一条はそう簡単に死ぬような男ではないし、なにより明美にそんな思いはさせないだろう。

 そのために強くなったのだ。

 明美が復讐を誓っていたのと同じように、一条は明美のために強くなった。


「人の心配をしている場合か? 全ての光の所有権は僕のものだ!」


 見るとアメミトの光球はさらに大きく巨大に膨れ上がっていた。

 ほとんど太陽と錯覚するほどの規模。

 あれをあのままにするわけにはいかないが、アメミトを中心として凄まじい突風が吹き荒れる。

 一切近づけない。


「明美、あの光たちを奪えないの?」

「さっきからやってるんだけどダメ。全部吸い取られてる!」


 明美は悔しそうに顔を歪ませる。

 いくら明美が努力をしていたとはいっても、もともとの地力が違いすぎた。

 アメミトは明美よりも遥かに光鏡に精通した和美さんをも上回った妖魔だ。

 しかもその光鏡を用いて……。


「だったら!」


 私は意を決して明美の前に立つ。

 あの光球をなんとかしなければ私たちに未来はない。

 ここで出し惜しみはなし。

 とにかく妨害をしないと!


「呪法、月の影法師!」

「葵、どうするの? 中途半端な影じゃ、あの光に消されるよ?」


 影薪は心配の声を上げるが問題ない。

 いまここにいるのは私だけじゃないのだ。


「明美、手伝って」

「……分かった」


 明美は一瞬戸惑った様子を見せたが、すぐに私の意図を理解したのか大きくうなずいた。

 そのあいだにもアメミトの光球は膨張を続け、やがて周囲を照らす太陽のような大きさにまでなった。


「ああ、残念だよ。本当はもっと細かい技でいたぶろうと思ったのに。お前が僕に傷をつけるからいけないんだ。やられたらやり返す。この世界はそうやってできている。アメミトの化身たる僕に傷をつけるという行為がどういう意味か、その身に味あわせてやる!」


「覆いつくせ! 黒い閃光!」


 私が両手をあわせて地面に手を付ける。

 その瞬間、地面から影の閃光が上空に打ちあがる。

 あれは仕込んでおいた罠の残滓。

 私の呪法と明美の呪力がかけ合わさって生まれた影の閃光。


「爆ぜろ!」


 明美が叫び手を叩く。

 影の閃光に内包される光の粒子、それはアメミトの光球の支配から逃れた明美自身の生み出した光。

 それを明美は一気に膨張させる。


「打ち砕け!」


 明美とタイミングを合わせる。

 明美の光によって一時的にだが引き延ばされた影。

 だけどそれでじゅうぶん。

 アメミトを屠るのにはじゅうぶんだ。


 明美の光によって面積を伸ばした影の閃光が、私の合図とともにアメミトの光球にまで到達する。

 アメミトはギョッとした表情でそれを見守る。

 そして予想通り、光球はその規模に対して呆気なく崩壊が始まった。


「馬鹿な! 届くわけがない!」


 アメミトが喚くが関係ない。

 現実は変わらない。

 そして予想通りだった。

 あの光球は一切の光をコントロールし、周囲には突風をまき散らし闇を消し飛ばす広範囲の呪法。

 光球本体に妨害されることをそもそも”想定”していない技だ。

 だからこそ予想外に到達した影の閃光で崩れたのだ。


「アメミト!」


 一条と戦っていたマアトがアメミトの隣に移動した。

 見ると、一条は肩で息をしながらも無事だったのでホッとした。

 多少の手傷は負っているが、致命傷とよべるほどのものではない。

 しかし呪力はだいぶ消耗していて、本気の崩神がくり出せるのはあと何発だろうか?


「アメミト、悪ふざけはそこまでですよ」


 マアトはアメミトをたしなめると、じっと私たちのほうを睨み両手を突き出した。

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