「人間たちよ、審判の時です!」
マアトが前方に突き出した両手。
その上には大きな天秤が生み出される。
あれは知っている。
アメミトが用いた天秤だ。
死者の価値をはかる代物。
しかしここには死者はいない。
私たちはまだ生きているし、いまここであの天秤にできることなんてないはずだ。
「そんな天秤を持ち出して何をしようっていうの?」
特別、あの天秤から危険な気配はない。
ただただ宙に浮く巨大な天秤。
私にはそれだけにしか見えなかった。
「残念だな小娘。僕の天秤とマアトの持つ天秤は違うんだよ!」
アメミトは心なしか力を取り戻したように咆える。
「アメミトの天秤は死者の魂をはかるもの。私の天秤は”生者”の魂をはかるもの!」
その言葉を聞いた瞬間に、私と一条は反応する。
一条は拳を握って走りだし、私は手を地面に向けて呪法の準備をする。
すぐに危険を感じた。
だって死者の魂をはかる天秤の効果があれだったのだ。
対をなす天秤の効果なんて知れている。
即座に行動を開始する私たちをバカにするように、マアトは天秤の片方に羽根を乗せた。
そうなるともう片方に乗るものは生者と決まっている。
問題は誰が乗るかだ。
「私はアメミトほど悪趣味ではありませんが、こればっかりは惹かれてしまいますね」
マアトの目に留まったのは、必死に走り迫る一条の姿だった。
「彼のあの必死さ。きっとそこのお嬢さんを想っての行動でしょう。この天秤で再び誰かが殺されないために、もしくは私たちがこの天秤でそこのお嬢さんを殺すのを防ぐため……」
マアトはうっとりとした表情を浮かべ、明美を見つめた。
分かってしまった。
こいつらが何をしようとしているのかが、はっきりとわかってしまった。
「まさか……」
「察しがよくて助かりますよお嬢さん」
マアトがこれまで見せたことのない嫌な笑みを披露する。
流石はアメミトの相方というべきか、性格が終わっている。
こいつらは大事な人を天秤で消された明美にさらなる追い打ちをかけようというのだ。
これまでは死体だったが、今回はまだ生きている愛する彼がターゲットだ。
「させるかよ! 呪法、崩」
「遅いですよ」
一条の呪法が放たれる前に、一条の体を光の膜が覆った。
「クソ! なんだこれ! 呪力が出せない!」
一条は必死になって膜を叩くが、膜はビクともしない。
このままでは一条が天秤に……。
「呪法、月の影法師!」
なんとか一条が天秤に乗せられる前に!
「来い、影絵の騎士!」
私が呼び出したのはマアトのコピー。
出現場所は私の前ではなく、マアトの真後ろ。
これはコピーした対象者の影から発生させる召喚呪法。
強さはないが、速度と奇襲に最適な技。
「なに!?」
マアトが反応するがもう遅い。
影絵の騎士がマアトを背後から短刀で刺し殺す。
盛大な血しぶきを上げるマアト、しかし笑っていた。
刺されたのにも関わらず、笑みは消えず一条を覆いつくした光の膜も消えない。
そのまま一条が天秤に乗せられた。
「どうして!?」
私は困惑するが、もう今からやれることはない。
一体どうすれば一条を救える?
「私の天秤は一度発動すれば使用者が死のうが続きます。途中で止まることはありません。さあ、審判の時です」
マアトは息も絶え絶えに宣言した。
きっと彼女はもうすぐ死ぬだろう。
それでもあの嬉しそうな表情。
本当に、心から性格が悪いのだと確信した。
やっぱりこいつはアメミトの仲間だ。
考え方の根本が私たちとは異なっている。
「させるか!」
明美が大声と共に大量の汗をかきながら光の主導権を奪おうと必死になる。
一条を包み込んでいる光の膜だけでも剥がせれば、彼が天秤ではかられることは回避できる。
「無駄だよ小娘。お前の光を操る力は僕より弱いんだから!」
マアトに変わってアメミトが光を操作する。
一瞬停止した一条だが、また天秤に向かって引き寄せられていく。
明美は口から血を流しながら、全力を振り絞る。
目と鼻からも血が流れだした。
「明美! 貴女死ぬ気?」
脳がオーバーフローしかかっている。
あのまま続けていたら明美も無事では済まない!
「ここで命を張らないでどこで張るの? 私は彼には生きていて欲しいだけ!」
明美はそう言いながら全力で光の主導権を奪う。
一条を包んだ光の膜は動きが停止する。
「なんだと!?」
「まだまだ!」
動揺するアメミトと、一条を解放したい一心で力をこめる明美。
徐々に一条の光の膜が天秤から離れていく。
アメミトが押されだしたのだ。
「馬鹿な! ふざけるな! 僕がこんな小娘に負けるわけがない!」
本来ならそうだろう。
しかし一条は明美にとっては自分の命よりも大切な相手。
愉悦を感じながら力を行使するアメミトと、愛する人のために死力を尽くしている明美。
どっちが勝るかなんて比べるまでもない。
一条の体が天秤から離れていき、地面に戻ってきた。
光の膜は破られ、マアトは絶命しかけている。
これなら三人で一気にかかればアメミトを倒せる。
そう思った時だった。
「そうかそうか……。僕が不真面目だったから負けたのか。じゃあもっと”真面目”にやるね」
アメミトはそう言って上空に生み出していた光球に視線を向ける。
崩壊が始まっていた光球はすぐに修復されていく。
「バカな!」
「僕を本気で怒らせるとどうなるか、その身で学び死んでいけ!」
アメミトは修復が終わった光球を投げてきた。
小さな太陽のような光球がゆっくりと私たちに迫りくる。
範囲が広い。
逃げるのは叶わない。
逃げ場のないほどの広範囲。
「葵、流石にヤバいって!」
影薪も本気で焦っている。
躱せないのであれば迎撃するしかない。
「二人とも全力で迎撃するよ!」
「ええ!」
「おう!」
一条たちも私とほとんど同じタイミングで同じ結論に至ったらしい。
「呪法、月の影法師。打ち倒せ! タイタン!」
私たちの前方に影の巨人が出現する。
コロッセオで戦う闘士のような見た目をした巨人は両腕を突き出して光球に触れる。
ジュッと音がしたかと思うと、光球の速度を緩めることはできたが徐々に影の巨人が光に飲み込まれていく。
「呪法、崩神!」
一条が崩神を放つ。
上空から光球の破壊を狙うが、破壊までには至らない。
「呪法、光鏡! 爆ぜろ!
明美の光の砲弾が影の巨人の背後から光球に直撃する。
キーンと耳障りな音を立て、視界を真っ白に染め上げていく。
あと一息、あと一撃あれば……。
私がそう思った時、予想外の声が聞こえた。
「呪法、水瀑……」
振り向くと、満身創痍の雨音さんが体を引きづりながら片手を空に向けていた。
「雨音さん? 動いて大丈夫なんですか?」
「あまり期待しないでくださいね。本当にこれで打ち止めです」
雨音さんは疲労困憊の様子で私に微笑み、次の瞬間には鋭く光球を睨んだ。
「
水の鉾が飛んでいく。
とどめの一撃。
四人の当主の力技。
本気の一撃は、今度こそアメミトの技を打ち破ったのだ。