「そんな馬鹿な!」
アメミトの叫び声と共に、光球はその場で大きく爆ぜて消失した。
衝撃だけで周囲の木々が焼けこげる。
その瞬間を見逃さず、一条と明美は走りだした。
なぜなら、アメミトが絶命したマアトを天秤に乗せているのが見えたから。
「こうなったらコイツを吸収して僕だけでも!」
見苦しくもまだ他から吸収しようとするアメミト。
しかしそれは一条と明美が許さなかった。
「これで最後だ! 呪法、崩神!」
「無駄だ! そんな拳で僕がやられるわけがないだろ!」
アメミトは一条を嘲笑うが、狙いはそれではない。
一条の狙いは白銀の光そのものを生み出すこと。
いまこの場に生きているライトはない。
光源の無いなか、明美と一条が導き出した答えがこれだった。
「呪法、光鏡! 打ち砕け! 白銀の拳!」
明美は一条の崩神を利用して他のわざを繰り出すのではなく、一条の崩神に力を上乗せする。
容赦なき頭上からの一撃が、アメミトの脳天に直撃する。
とんでもない光景だった。
アメミトの頭部が潰され、血肉が周囲に飛び散る。
元々が巨大なアメミトの肉体なだけあり、飛び散る血肉の量もすさまじかった。
アメミトは最後の断末魔を上げる間もなく、一条と明美の本気に押しつぶされたのだ
周囲に悪臭が蔓延する。
吐き気を催すほどの光景に、私と雨音さんはホッとした。
ようやく倒せたと。
「はぁはぁ……」
一条と明美は二人とも地面に倒れ込み、呼吸を整える。
仰向けに倒れたまま動かない二人。
「二人とも無事?」
「ええ、大丈夫」
明美が答える。
一条は黙ったまま右手を掲げた。
「やっと倒せたんだ……」
明美は静かに呟いた。
ここ数か月間、ずっと抱いていた殺意が消えたのだ。
殺したい相手というものが人生で初めてできたに違いない明美。
その復讐を果たした心の内はどんなだろう。
幸いと言うべきか、私には殺したいほど復讐したい相手はいない。
だから本当の意味で気持ちが分かるとは言えないのだ。
「いまの心境は?」
私は屈みこんでたずねた。
両親を奪った憎い相手。
それをみずからの手で殺めたのだ。
「……。なんだろうな、なんだか虚しいな……」
明美の声は途中で聞き取れなかった。
天を仰いだまま泣き始めた明美。
復讐は果たした。
しかしそれで彼女の気が晴れることはなかったのだ。
失ったものが戻って来るわけではない。
静かに泣き出した明美の手を、となりに横たわったままの一条がそっと握る。
彼には気持ちが分かるのだろう。
私なんかよりきっと。
「二人はそこで寝てなさい。あとは私がやるから」
私はそう言って二人の下から離れていく。
戦いに巻き込まないように、わざと距離をとる。
明美の復讐は終わったが、戦いはまだ終わってはいない。
私は次の相手に視線を向ける。
見ると奴を包んでいた結界が消えている。
アメミトとマアトが死んだ証明だ。
コイツを殺し、鵺を倒せば妖刻は終わる。
「葵さん、どうかご無事で」
「ありがとう雨音さん、後は任せてください」
私は雨音さんにそう答えてオシリスの化身に向かって突き進む。
奴はいまだに玉座から立ちあがらない。
「そのまま座っているつもり?」
「だったらなんなのだ? 我ほどの存在が、なぜ人間の小娘如きに立ち上がらなければならないのだ?」
オシリスの化身と名乗った妖魔は私をあざ笑う。
心底バカにしているのだろう。
でも構わない。
そのままバカにしている間に死んでくれ。
「影薪、いくよ」
「うん! 気張るよ、葵!」
私はオシリスから十メートルほど離れた地点で立ち止まる。
ここからは一対一。
どうせ鵺はオシリスがやられるまで手を出さないのだろう。
コイツらに仲間意識は皆無。
下手したら他の妖魔が私たちと戦っているところを楽しんでいる節さえある。
「お前は戦いを楽しむタイプなの?」
私は戦いの前にオシリスにたずねる。
さっきまでのアメミトたちと明美たちの戦い。
参戦しようと思えばできたはずだし、コイツの実力は分からないがアメミトが死ぬようなことにはならなかったはずだ。
しかしそうはしなかった。
「戦いを楽しむ? 我が? バカなことを言うものではない。貴様と我では戦いにすらならん」
オシリスはちゃんとは答えなかった。
どうやら自分の力に絶対の自信があるらしい。
「そんなに自信満々なのなら、あんな結界を張る必要があったのかしら?」
「なんだと」
「だってそうでしょう? 私では戦いにならないというのなら、アメミトたちの命を結界のトリガーにはしないはず。別に結界なんてなくても問題なかったんじゃない? それともその自信は虚勢?」
私はあえてオシリスを挑発する。
別に本当に思っているわけではない。
挑発に乗ってくれたら、多少は手の内を見せてくれるかと期待しているだけ。
「安い挑発だ。その手にはのらん。さっさと来い」
アメミトはそう言って指を鳴らした。
すると彼の手に杖が握られていた。
木製の杖、取っ手のところがカーブし、鳥の頭を模した形になっている。
「とりあえず、こんなもんでいいだろう。来い、下僕よ」
オシリスが呪力を見せる。
呪力を発生させた状態で杖で軽く地面をノックする。
地鳴りがしたかと思うと、地面の中から大きな棺が出現した。
「なにそれ」
私は思わずたずねる。
棺なんて映画の世界でしか見たことがない。
「いでよガーディアン、敵を殲滅せよ」
オシリスが叫ぶと、棺の蓋が重苦しい音を立てながらズレ始める。
そして中から赤い瞳孔が私を睨んでいるのが見えた。
「葵、来るよ」
「うん!」
私は警戒し呪力を練り上げる。
どうやらオシリスは私と同じタイプみたい。
きっと彼自身が戦うというより、私のように何かを召喚して戦うタイプ。
だから玉座に座ったままなのだ。
「呪法、月の影法師!」
棺の蓋が開けられ、中からアメミトと同じサイズの怪物が姿を現した。
何かで見たことのあるアヌビスのような姿だった。
手には長い槍を持ち、腰には黄金色の布を巻いている。
顔はジャッカルのように鋭く、全身を黒い毛皮で覆われている戦士。
「力を貸せ、皆月!」
ガーディアンが槍を構えたと同時に、私は皆月を呼び出す。
オシリスを含む空間を漆黒が覆いつくす。
皆月の触手が暗闇の至る所から姿を現した。
私の呼び出す中でもっとも使用頻度が高い存在。
それが皆月。
タコの怪物。
皆月の触手達が、一斉にガーディアンに襲いかかった。