目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第百二話 タッグマッチ

「行くよ影薪」

「うん葵!」


 私たちはそろって走り出す。

 向かうは鵺、私と影薪は全身にまとわりついた影を刀に変化させる。


「結局は特攻か。人間というのは追いつめられるとどうして同じ動きをするのだろうな?」


 鵺は笑いながら背後の闇から何か出現させた。


「射殺せ」


 鵺の声と共に、無数の矢が放たれた。

 私と影薪は咄嗟に反応し、刀で斬り落としながら身をよじる。

 躱しきれない矢は影が自動で盾と変化して対応する。


「ほう、便利なものだな。式神では我の闇に飲まれると考え、影を自分たちで使うことにしたのか。悪知恵が働くものだ」


 鵺が感嘆の声を上げた。

 私と影薪はそれどころではない。

 全身にまとった影がこちらの動きをサポートしてくれるお陰で、身体能力は人間のレベルを遥かに超えているが、それでもこの数の矢を躱し続けるのは容易じゃない。

 影の盾もいつまでもつかも分からないのだ。


「死ね!」


 私が隙をついて刀を鵺に投げつける。

 手を離れた影は刀から槍へと形状を変化させ、飛んでいく。

 リーチが伸びた私の影が鵺をとらえたかと思われた瞬間、鵺の背後から闇の手が伸びてきて影をかき消されてしまった。


「やっぱり飛び道具はダメみたいね」

「そうなると直接叩くしかなさそうだね葵」


 影薪と私は闇の矢が止んだうちに左右に分かれて走りだす。

 どちらかが鵺に届けばそれでいい。


「それで陽動のつもりか?」


 鵺は地面を足踏みする。

 すると地面が隆起し、無数の闇の大蛇が出現した。


「闇を見せてやる。これが本当の大蛇だ!」


 数えるだけでも十匹以上はいる。

 しかも一匹一匹がまるで神話に出てきそうなほど大きく威厳がある。

 体長も十メートルは越えている。


「縛り付けろ!」


 私にまとわりつく影が今度は大繩となって迫りくる蛇の頭を締め上げる。

 こういう長い怪物は頭を叩くのがセオリーだ。


 大繩は捕らえた大蛇の頭をキリキリと締め上げ、数秒後には一息に締め潰す。

 影薪も同じ要領で大蛇を潰していくが、流石に効率が悪すぎる。

 その間にも鵺の足元からは大蛇が次から次へと出続けている。


「燃え尽きろ、闇の炎!」


 鵺がさらなる追撃をかける。

 私と影薪に向かって漆黒の炎を打ち出す。

 あれは躱すしかない。

 盾を出したとところで盾ごと焼かれそうだ。


「影薪、行くよ! あれさえ壊せばこっちのものだから!」

「うん!」


 私と影薪は同時に両手をあわせた。


「呪法、月の影法師! 押し流せ影の濁流!」


 私と影薪のあいだにあった影たちが濁流となって鵺に迫る。

 逃げ場などない広範囲攻撃。

 闇の大蛇たちも成すすべなく流されていく。

 そして飛来してきた炎も、何もかもを飲み込んで鵺に迫る。


「学ばないのか? 我にこの手の技は通用しない!」


 案の定、闇の手が再び伸びてきて濁流を消し去ってしまった。

 この結末は想定内。

 狙いはこの先にある。

 いまの濁流は敵の攻撃を防ぎながら行える最高の目くらまし。


「くらえ!」


 濁流と共に走り続けた私は、闇の手に吸収された濁流の背後から鵺に迫る。

 鵺と目が合う。

 これは想定していないはず。

 届け私の影!


 自動で私の手に影の刀が再び作成された。

 その刃先は鵺の喉元へ。


「ぬるい!」


 あと数センチだった。

 あと数センチというところで私の刀は動きを止めた。

 刀だけではなく私の全身が動かない。

 視線だけ動かすと、地面から闇の手が伸びて私の全身に絡みついていた。


「嘘でしょ」

「嘘ではない。これは現実だ。ゲームオーバーだ小娘!」


 鵺の勝利宣言が頭の中で木霊する。

 きっとこのまま私は八つ裂きにされる。

 少なくとも鵺はそう思っているはずだ。


「ゲームオーバーはお前の方だ鵺!」


 私は精一杯声を張る。

 その声と同時にキーンと甲高い音がして何かが壊れる音がした。


「馬鹿な!」


 鵺は瞬時に何が起きたのか理解したようだった。

 私の視界の端で、私に気をとられてフリーとなった影薪が逆鱗の逆鉾に向かって思い切り刀を振り下ろしたのだ。

 甲高い音と共に、地響きがした。

 そして確実に視界の先で、逆鱗の逆鉾が破壊されたのを確認した。


「やれ! 影の巨神兵!」


 私は拘束されながら叫ぶ。

 制限するものがなくなった影の巨神兵が拳を鵺に向かって振り下ろす。

 鵺はたまらず私の拘束を解いて距離を取った。


「躱すってことは、やっぱり巨神兵レベルの影は吸収できないってことね」


 あるいは時間がかかるかだが、戦力として使えるのが分かっただけでもじゅうぶんだった。

 これで形勢逆転。

 逆鱗の逆鉾さえなければ、私の最大兵器は戦力としてカウントできる。


「葵、無事?」


 逆鱗の逆鉾を破壊した功労者が私のもとへ走ってきた。

 私を囮にした作戦。

 示し合わせたわけではないけれど、生まれた時から片時も離れずに一緒にいたのだ。

 これぐらいの意思疎通は容易にできる。


「私は大丈夫! 影薪こそお手柄よ!」


 私は手放しで影薪を褒める。

 今日ぐらいは本当に褒めても良いと思う。

 今までで一番輝いていた。


「それで勝ったつもりか」


 後退した鵺が私たちをギロっと睨む。

 その目は怒りに満ちていた。

 明らかにさっきまでの余裕が感じられない。


「勝ったつもりではないけれど、負ける気はさらさらないわ」


 私は立ち上がって宣言した。

 こちらには巨神兵も影薪もいる。

 戦いになる。

 前回のような失態は起きない。


「ではこちらも本気で行くとしようか」


 鵺の周囲の闇が徐々に広がっていく。

 木々を飲み込み、現実を侵略して、鵺の放つ闇が空間そのものを飲み込んでいく。


「影を飲み込むなんてちゃちなことは言わない。この空間そのものを闇に染め上げてやる!」


 鵺の力は闇。

 私の操る影の上位互換。

 相性で言えば最悪だが、同じ属性だからこそ出来ることもある。


「やれ」


 私は小声でささやいた。

 次の瞬間、影絵の騎士が鵺の背後に出現する。

 闇の中でも鵺の背後には微かな影が存在していた。

 奇襲を仕掛けるならいまだ!


「それはもう見飽きたよ」


 鵺がため息交じりに呟いたかと思うと、影絵の騎士は一瞬で闇の中に引きずり込まれてしまった。


「こんな小細工が通じるとでも?」


 鵺が心底残念そうにため息をついた。


「やっぱり通じないか」

「当たり前だ小娘。それにお前の専売だと思うなよ」


 鵺の言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、お腹のあたりに激痛が走った。

 とっさにお腹を押さえると、そこには漆黒の刃先が背中から貫通して突き出ていた。

 どくどくと流れ出る血液、徐々に体温を失うような独特な感覚の中で、私は意識が遠のくのを感じた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?