ここから見る景色は、もう日本の田舎の田園風景です。
母屋の南側に縁側を作り、今は母屋の南側にも耕作地を広げています。
ずいぶんと農地は広がりましたが、まだまわりは森だらけです。
風が吹くたびに木々が揺れザワザワと音を立てます。
「ぎゃあぁぁぁぁーーーーーーー!!!!!!」
木々のざわめきの中に極小さく悲鳴が聞こえます。
まるで奴隷船の甲板でむち打たれる人の声のようです。
もちろん空耳です。
私は、あの声が耳から離れないのです。
静かに耳を澄ましていると、この声がどこかに混じるのです。
「レイカ姉ーーーー!!!!」
今度は誰かが呼ぶ声が木々のざわめきの中に聞こえてきました。
もちろん空耳です。
今子供達は、母屋の北側で鉄人と訓練中です。
私のいる、南側の縁側に右手の森側から声が聞こえるはずがありません。
「レイカ姉ーーーーーー!!!!!!」
声がはっきり強くなりました。
しかもこの声は……
五人の家出娘の内の一人、イクちゃんの声です。
「イクちゃーーん!!!!」
「うわあああああああぁぁぁぁーーーーーーーー!!!!!! レイカ姉ぇぇぇーーーー!!!!」
イクちゃんは、私の姿を見つけるとイノシシの様に土煙を上げながら走って来ます。
どこに行っていたのかは知りませんが、ここは深い山の中です。
徒歩で来たのなら、既にそうとう疲れてクタクタのはずです。
なのに、あんなに笑顔で走ってくるなんてまるで子供の様です。
「なっ!!??」
私はイクちゃんの姿を見て驚きました。
「レ、レイカ姉!! ご……ごめんなさい」
急に笑顔がくもって、悲しげな顔になりました。
「これは、どうしたのですか?」
イクちゃんは大きなカバンを体の前に着け、背中に人を背負っているのです。
背中にいるのはトウカちゃんです。
一人で大荷物を抱えて、人を背負ってくるなんてどれだけ大変な事でしょう。
でも、それをねぎらうより、驚きが勝ってしまいました。
「済まない、レイカ姉。オレがついていながら、こんなことになってしまって」
イクちゃんはオレと言いますが、男のふりをしているだけで女の子です。
でも、髪を短くして美形男子になっています。
「レイカ姉、イクサちゃんは悪くないんだ。俺がドジなだけだ。怒らないで!!」
トウカちゃんがイクちゃんの背中で、悲しそうに言いました。
トウカちゃんも女の子です。
でも髪型はオールバックでかっこよく決めています。
こっちも美形男子にしか見えません。
「私は、どうしたのか聞いているのです!!」
私は、二人の横を歩きながら、痛々しいトウカちゃんを見ながら言いました。
トウカちゃんは上半身包帯でグルグル巻き、下半身も包帯で巻かれています。
傷口でしょうか、まだ血が包帯に染み出ています。
「ふふふ、ドジって左手と左足を切られてしまった」
「嘘でしょ!! トウカちゃんに勝てる人がいたのですか?? あなた達は相当な強さのはずですよ」
「うふふ、世の中は広い、俺達と互角な者もいたし、すごい強者もいた」
騒ぎを聞きつけ、母屋の横からイサちゃんと、チマちゃん、シノブちゃん、ヒジリちゃんが顔を出してのぞいています。
私は、手を上げて手招きをしました。
「その強者にやられたのですか?」
「はい。敵ながら惚れ惚れするような強さでした」
「言っている場合ですか。私の可愛いトウカちゃんをこんな目に遭わせた奴は絶対に許しません。倍返しです」
「うふふ、レイカ姉は恐いなあ。正々堂々戦ったのだから恨みはありません」
「どんな奴ですか?」
「はい。サイシュトアリ国の兵士で、紫の鎧で全身を包み、紫の大剣を装備していました。名前は確か、イザミギと言っていました」
「イ、イザ……、なんて?」
私は変な名前すぎて一度で憶えきれませんでした。
「イザミギです」
「ふーーん、そいつが私のかわいいトウカちゃんをこんなひどい目に遭わせたのですか!! 許せません!!」
「あの、レイカ姉……」
丁度この時イサちゃんが来ました。
「ああ、丁度よかったイサちゃん。今度はフト国の兵士としてサイシュトアリ国と戦いますよ。トウカちゃんの敵討ちです」
「あ、あの、レイカ姉、イザミギは俺です」
「えっ!??……お、お前が可愛いトウカちゃんの左手と左足を切ったのかーー!! 許せーーん!! 両手両足を切り落としてやるーー!!!!!!」
「ぎゃあああああぁぁぁぁぁーー!!!!」
イサちゃんが真っ青な顔で悲鳴を上げました。
チマちゃんもシノブちゃんもヒジリちゃんも真っ青な顔をしています。
「うふふ、冗談よぉーー!!!! いやあねぇ!」
「レイカ姉のは冗談になっていないよーーーー!!!! 完全に本気だと思いましたーー!!」
イサちゃん、チマちゃん、シノちゃん、ヒジリちゃんが声をそろえて言いました。
「うふふ、トウカちゃん、イザミギはイサちゃんです。トウカちゃんはフト国のドウカンだったのね」
「そうです。そして、フト国の四神将は俺とイクサちゃん、ライちゃん、マイちゃんなんだ」
どうやら、フト国の四神将はうちの家出娘四人だった様です。
これで家出娘五人の行方が全部判明しました。
そして、元気なことも分かりました。
「皆が、無事でよかったわ」
私はイクちゃんに抱きついて涙ぐんでいました。
「ふふふ、俺は無事じゃ無いけどね。でもレイカ姉と一緒に暮らせるならいいか」
トウカちゃんが暗い笑顔で言いました。
「うふふ、ヒジリちゃん治せそうですか」
「出来ると思いますが、魔力が全部いりそうです」
母屋に入って、トウカちゃんをベッドに寝かせるとヒジリちゃんは治癒魔法をかけました。
「きゅぅぅぅーーーー!!」
ヒジリちゃんは魔力を全部使い切ったようで、「きゅぅー」と言って倒れてしまいました。
私は「きゅぅー」といって倒れる人を初めて見ました。
おかげでトウカちゃんの左手と左足は無事元通りになりました。