三兄弟はそれを避けると、門番を敵と認定したのかシャーシャーと威嚇する。それに追従するように他の猫たちも威嚇を始めた。
「てめえら。調子に乗るなよ!」
門番の大男が暴れ出す。すばしっこさでは負けないが、如何せん体格が違いすぎる。何匹かが蹴飛ばされ、また門番の拾い上げた棒で何匹かが殴られた。
そのまま大男が吾輩の前に立ちはだかった。そして下卑た笑みを浮かべ棒を振りかぶる。
「おい、何をボサッとしてやがる!」
間一髪。黒猫が吾輩を突き飛ばし、かろうじて大男の打撃を避けることができた。
大男は形振り構わず、目についた猫たちに手出ししていく。そして逃げ遅れたのか怯えて震えているしシャムらしき 子猫を見つけると、そのゴツい手を伸ばし子猫の頭を鷲掴みにして持ち上げた。
「お前ら、こいつがどうなってもいいのか」
大男が猫たちを大声で脅した。
だが相手は猫だ。そんな脅しなど効くはずもない。猫たちは、人間の言葉は解さなくとも、掴まっている子猫を助けようと大男に襲いかかったり威嚇したりを続けていた。
「ちっ、ならお望み通りこいつを叩き潰してやる」
大男が子猫を高く持ち上げる。このまま地面に叩きつけられてはとても生きてはいられないだろう。
「ヒイ、フウ、ミイ!人間の足を思い切り噛め」
三匹がすかさず飛びかかり、ヒイとミイは左足のふくらはぎと足首を、フウが右足の脛をほぼ同時に噛みつく。子供と言えど牙は鋭いし噛む力も決して弱くない。
ギャー、と言う悲鳴が小屋の中に響く。その痛さのあまり、掴んでいた子猫を手放した。
吾輩は必死で駆けた。子猫が地面に激突する前に助けねば。
慣れないながらも走り、落下地点に到達する。なんとか間に合ったようだ。後は吾輩の身体をクッションにすれば大怪我まではするまい。これぞ仁君スティンの真骨頂である。
ストン。
いやいや吾輩はスティンだ。
ん?ストン?
見れば先の子猫が空中で体勢を変え、見事に着地している。吾輩はあっけにとられたが、そうか猫だもんな、とすぐに納得した。
「危ねえぞ!」
黒猫がこちらを向いて鳴き叫んでいる。そうだ、大男は?と振り向いた瞬間、強い衝撃とともに吹き飛んだ。
吾輩はそのまま壁に激突した。受け身を取るなど出来ずまともにだ。前後に受けた痛みで立つどころか息もできない。
「てめえか。気づけばいつも真ん前にいやがる。まずはてめえから始末してやる」
大男は吾輩を完全にロックオンし息巻く。吾輩は動くに動けない、ピンチだ。
「おじちゃん!」
ヒイ、フウ、ミイが吾輩の前に立ち、大男を威嚇する。黒猫もやって来て吾輩の身を守るかのように身を挺している。
「邪魔だ!どけ!」
大男が追い払うように三兄弟に向かって蹴り続ける。三兄弟は身を翻しながら、大男を引っ掻いたり噛みついたりした。
その三兄弟に刺激されたのか他の猫たちも大男を囲み、シャーシャーと威嚇し、時々手を出す。
「もう容赦しねえぞ!」
大男は猫たちを蹴散らして一旦外に出ると、すぐ剣を片手に戻ってきた。
数匹の猫たちがその大男に飛びかかる。だが大男は乱雑に剣を振るい、猫数匹を斬り伏せてしまった。
真っ二つになり、力なく地に落ち、息絶える猫たち。その光景に他の猫たちも蜘蛛の子を散らすように離れて距離を取る。
「最初からこうすりゃ良かったな」
三兄弟や黒猫は逃げずに吾輩を守っている。それを舐めるように睨みながら大男が近づいてくる。
「あれには勝てない。お前達逃げろ」
剣を振り回す大男。少しでも触れられれば即命に関わる。三兄弟も黒猫もそれを理解しているのか大男に道を譲らざるを得ない。
「もう逃さんぞ。死ね!」
大男が剣を振りかぶる。如何に剣聖スティンといえど素手……というか猫の姿では抗いようがない。吾輩は潔く目を閉じ最期の時を待つ。
「ギャー!」
ん?吾輩はこんな下品な断末魔などあげないぞ。吾輩が目を開く。すると、先程助けた子猫が勇敢にも大男の首元に噛みついていた。
歯は深く刺さっているようで、子猫は噛みついたままブラブラとぶら下がっている。
大男はその子猫の首筋を掴むと強引に引き離した。大男の首元から鮮血が滴り落ちる。
「このまま握り潰してやる!」
大男はそのまま手に力を込めた。子猫の鳴き声が徐々に小さくなっていく。
「やめろ……」
「何を鳴いてやがる。次はお前だ。引き裂いてやるからな」
「やめろ」
「ん?なんだ貴様は?」
「スティンの名において命ずる。炎の精霊よ、あの男を焼き尽くせ」
吾輩がシャーと声を上げると同時に複数の炎の玉が大男に向かって吐き出された。
「なんだこりゃ!」
炎の玉は大男に触れると一気に燃え上がった。
「ギャー、あちぃ、死ぬ、死ぬ!」
大男は火を消そうと転げ回る。だが魔法の火はそんな簡単には消えない。そして転げ回るうちに周囲にもどんどん火を移し、遂には小屋に飛び火した。
古い木造の小屋である。火はあっという間に柱を伝い天井全体に燃え広がる。
大男は奇声を上げながらなんとかドアを開け、そのまま何処かへと走り去っていった。
「ドアが開いたぞ!みんな出ろ」
黒猫が皆を誘導し、外へと避難させる。
「すごいな、お前。大丈夫か?さあ外へ行こう」
黒猫と三兄弟が吾輩を連れ出そうとするが、吾輩の身体はピクリとも動かない。ものすごい疲労感に襲われ意識も朦朧としている。
そうこうしている間にも小屋はどんどん焼け落ちていく。
「おい!このままじゃ焼け死ぬぞ!」
黒猫や三兄弟が腕を咥えて引っ張るが全く動かない。
「もう無理だ。逃げるぞ」
これ以上は自分たちも逃げ遅れる。黒猫はそう判断し、何度も吾輩引っ張る三兄弟を外に引き摺り出した。
天井の一部が崩れ落ち、遂には小屋の入口も燃え出す。黒煙が立ち込め、周囲の温度が急激に上がる。
「ふん、自分の魔法に巻き込まれて死ぬなど賢者スティンらしくもない」
だが前途ある若猫たちを助けることができたのだからそれと引き換えなら悪くはない。
吾輩は薄れゆく意識の中、満足げに目を閉じた。