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第2話

それから数日。何も無い平穏な日々が続いた。雨風は凌げるし、質素ではあるが食べ物も飲み水も困らない。


 何よりも縛られることがなく自由であった。それ故に退屈ではあるのだが。傷も癒え、体力も戻り、近場なら外にも出られるが、こうも変化のない日々が続くと飽きてくる。


 吾輩は面倒を見てくれる男をもっと知ろうと企んだ。この家に一人で住んでいることとチョコが好物なのしか知らないのだ。そもそもこの者が吾輩を助けてくれた人物かもわからないのだ。


 作戦は翌朝から始まった。ここ数日の行動から、朝食後に着替えて外出している。兵装と言えば兵装なのだが、どうも一般の兵のそれよりは格上のように見える。


 いつも通りの時間に男は家を出た。吾輩もこっそり家を出て跡をつけていく。


 道行く人に会釈を交わす程度で話すことはない。ただ粛々と歩いている。向かう先はおそらくこの先に見える大きな城であろう。


 他の兵たちも城に向かっているが、それでもやはり話すことはない。友達や同僚、部下はいないのだろうか。


 やがて大きな門が見えてきた。門番の兵は男を見かけるとすぐに敬礼する。やはり一般の兵よりも上位のようだ。


 そのまま男は城門を潜りその先へと向かった。


「さて、どうするか」


 吾輩はどこか忍び込めそうな所がないか探したが、入り込めそうな所はない。登れば行けそうではあるが白昼堂々とは流石に出来ない。そもそもまだ慣れぬ猫の身体の吾輩には登れそうもない。


 猫ならば通してくれるかも、と素知らぬ顔で城門を通ろうとしたが甘かった。「しっしっ」 とあっさりと追い払われてしまった。


「さて……他に手はないか」


 吾輩が途方に暮れ、知恵を絞っていると「何しとんの?」と、背後から突然声を掛けられた。


「うおっ!」


 吾輩は驚き飛び退く。気配も感じられないくらい考え込んでいたというのか。そこには一匹の猫がいた。アビニシアンだろうか。耳が立っていてスタイリッシュな薄いブラウンの出で立ちだ。


「驚かしてもうたか、すまんすまん。見かけん顔やけどこないなとこで何してん?」


「いや、あの城門を潜り抜ける方法がないかと探っていたのだが」


「あんなもんひょいひょいと登ったらええやろ。でも、あんさん……鈍臭そうやもんなぁ」


 なんだこの無礼な訛り猫は。神速のスティンに向かって鈍臭そうだと?


「ああ、すまんすまん。口が悪いんが玉に瑕や。よっしゃ、ほんなら手伝ったるわ。ワイはデクや。この辺を根城にしとるノラや」


 吾輩の不満げな顔を見て察したのだろう。確かに口は悪いが、いきなり気さくに自己紹介しだしたり、手伝いを申し出たり心根の悪い猫ではなさそうだ。


「あそこから登ろか。あ、ほんで何しに登るん?食いもんならあらへんよ」


 デクはこちらの返答を待つでもなく、勝手に話をしながら吾輩を人目に触れにくく且つ登りやすそうな場所へと誘導した。


 言うだけのことはあって、デクは何の苦労もなく、それこそひょいひょいと城門を登っていく。


「よっ、と。おっと危ない」


 吾輩はデクとは違い、一歩一歩足場を確認しながら、バランスを取りながらたどたどしく登っていく。


「あんさん、ほんまに猫なん?」


 デクは呆れ顔で吾輩を見下ろす。


 ふん、なりたくてなったわけではない。


 そんなデクだが、何かと手……というか口を貸してくれた。そのおかげもあり、吾輩は城門をようやく踏破した。


「おお、すごい見晴らしだな。だが……」


「どないしたん?」


「ここの城はサロスタシアという名か?」


「いや、レイドルン城や」


「レイドルン……知らんな。しかしこの地形を間違うはずはないのだが」


 城と、そこから伸びる城門へ至る道以外は断崖絶壁という忘れるにも忘れられない特徴の地形である。確かに城はサロスタシアとは少し違うが。


「確かめてみるか」


 吾輩はやっとの思いで登ってきた城壁を降りていく。


「え?あんさんどこ行きますの?」


「手伝ってもらったのに、すまんな。ちょっと確かめたいことが出来てな。何もできんが、恩に着るぞ、デク」


「なんや、おもろそうな予感やね。ワイも行きまっせ」


 デクはそう言うなり城壁から一気に飛び降りた。そしてこちらを振り返ると


「あんさんも飛び降りた方が早いで」


と、叫ぶ。


 おい、この高さだぞ、骨折ではすまんかも知れないではないか。


 そう毒づきながら恐る恐る降りていく。


「あっ……」


 ビビり……いや、慎重に降りていたのだが足を踏み外してしまった。そしてそのまま落下していく。


 吾輩は神に祈り目を瞑った。この勢いで地面に激突したらと思うと恐ろしい。だが吾輩の身体が無意識に着地の態勢を取り、ストンと着地した。


「なんや、できるやないか」


 知るか。吾輩が一番驚いているのだ。しかしこれもまた便利だ。あんなに高い所から落ちて着地しても痛みひとつないのだから。



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