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第3話

 記憶が確かならばと足早に向かう。海の匂いが徐々に濃くなっていき、吾輩は駆け出した。すぐ後ろに興味本位でデクがついてきている。


 やがて海岸が見えてきた。やはり見覚えがある。この海岸線をまっすぐ進んでいき、切り立った岩場の岩石海岸にたどり着いた。


 かなり硬い岩盤のようで、それでも風雨や波により、気の遠くなるほど長年掛けて削られた険しい地形だ。


 その岩場を登り降りしながら進む。足場は悪く、しかも湿っていたりする箇所もあるため非常に歩きにくい。


 それでも猫だからかバランスも取れるし、肉球のおかげなのか足裏の刺激も少ないため、人の時よりは早く歩けている。


「この辺か」


 吾輩は崖の方へと足を運ぶ。時折強風が吹き、身体ごと持っていかれそうになるが、身を屈め、爪を立てて耐えた。


「何かあるんでっか?」


 歩みの遅い吾輩を追い越し、先をスイスイと歩いていたデクが振り返って尋ねた。


「ああ。この下に海食洞があるはずだ」


「カイショクドウ?なんや美味そうな名前やなあ」


「……いや、食べ物ではないが」


 なんだ此奴は食い意地が張りすぎではないか。まあまて。相手は猫だ、知らなくても仕方あるまい。


「海食洞は洞窟だ。この下に洞窟があるはずだ」


 吾輩は崖下を覗き込む。が、荒れ狂う海面しか見えない。もう少し降りれば見えそうではある。


「なんや危なっかしいなあ。よっしゃ、ワイが見てきたる」


 デクはそう言うなり、またしてもなんの苦も無くひょいひょいと崖を降りていく。


「確かに洞窟がありまんな」


 デクは洞窟の入り口を見つけるなり、吾輩にそれを伝え、一気に飛び降りた。


「おーい、あんさん。ここや、はよおいでや」


 あんなに簡単に行けるなら、この【スティンズハイパークライミング】で余裕であろう。


 吾輩は慎重に、石橋をチョンチョンと確認するかのように足を運ぶ。なに?怖いのかだと?なにをバカなことを。堅実な足場の確保が第一歩であろう。


 フン、と鼻を鳴らして右前脚を踏み込む。


 ズルッ


「ぬおー、す、滑った!」


 まさか前脚をついた所が滑るとは。慎重に足場を選んだはずなのに。


 吾輩は態勢を崩し、必死に左前脚と後ろ脚の爪を岩場に引っ掛けて踏ん張った。だがズルズルと左前脚も滑っていく。このままでは踏ん張ろうにも支えになるものがない。


「そ、そうだ。落ちてもさっきみたいに上手く着地出来るはず」


 流石、【起死回生のスティン】滑ってもただでは落ちんぞ。


 しかしそのスティンの眼前に見えるのは海原であった。それも白波が立つほど荒れている。


「待て待て待てーいくら【河童のスティン】と言えど……ぬおー」


 何度待てと叫べど、落下はもう止まらない。


「あのあんちゃんは何をしとるんよ」


 デクは落下してくるスティンに呆れて溜息を溢した。


「しゃあないなあ、貸しひとつでっせ」


 軽快に駆け出したデクは、壁を僅かに駆け登るとスティンに飛びつくように高くジャンプした。そしてスティンの首を咥え、見事地上へと飛び降りる。


「なかなかやるではないか。助かった」


 吾輩は素直に礼を言った。そう、吾輩は受けた恩には礼を尽くす男なのだ。


「ええよ、ええよ。いずれ貸しは返してもらいまっせ」


「もちろんだ」


「ほんで、このカイショクドウにはなんかあるんでっか?見た感じなんもあらしまへんが」


「ああ、見ただけではわからないようにしてある」


 やはりここはあの場所だ。吾輩はそう確信した。そして徐ろに洞窟の奥まった場所まで進む。所々海水が溜まっているが、それは満潮でこの洞窟が隠れるためである。


「ここだな」


「????」


 何も無い。そこに佇み呟く吾輩をデクは怪訝な表情で見つめていた。


 ふふ。驚くがいい。こんなことは猫には出来まい。


「ディスペル」


 さあ、これでスティンの掛けた鍵の魔法が解かれ、扉が開く。


「…………」


「…………」


 吾輩とデクが顔を見合わせる。


「ディスペル!」


「…………?」


「なぜ開かぬ?ディスペル!ディスペル!」


「なんもおこりまへんな……」


 おかしい。鍵の魔法は掛かっている、その気配は感じる。だが解錠できない。まさか解錠の魔法が書き換えられたのだろうか。


 吾輩は何度も解錠しようと魔法を唱え、言葉を変えてまで唱えたが、扉が開く気配は全くない。


 流石にデクも呆れ果て、もう帰ろうかなとソワソワしだしていた。


 そんな時である。


「あれ?お前、なんでこんなとこに?」


 吾輩とデクは突然背後から声を掛けられ、驚いて振り返り、体勢を低くして身構えた。


 そこに佇んでいたのは吾輩が世話になっている家の主人であった。


「誰や?知り合いか?」


「吾輩の家の主人だ」


「ん?あんさん飼い猫かいな?」


「吾輩が飼い猫だと?冗談にしては笑えんな」


「ほんでも、家の主人て」


 二人で話していると、男はスタスタとやって来た。そしてしゃがみ、吾輩の頭を撫でる。


「もう友達できたんだ?やるじゃない」


「ふん、友達ではない。世話にはなったがな」


「ははは、なんか嬉しそうだな」


 相変わらず噛み合わない。言葉が通じないのだから仕方あるまい。


 と、そこで吾輩は気づいた。そうだ、言葉が通じないのだ。ディスペルをいくら唱えた所で、猫の言葉では解錠されないのだ。


「そういうことか。ならば吾輩には開けることができんか」



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