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第4話

「なんや、なんもあらへんの?ほなら人もおるしそろそろ帰ろかな」


 デクは大きくあくびをして、身体を伸ばすと「ほな」と言って立ち去った。


 これ以上ここにいてもどうにもならない。なにか対策を考えようか、と思った時にまたしても閃いた。


 この男はなぜここに来たのか。吾輩がいることを知っていた風ではないし、あまりにも自然にやって来たのも改めて考えると不思議である。


「友達帰っちゃったね。まあいいか、あまり見せたくないし」


 男はそういうと何も無い岩の前に立つ。そして「ディスペル」と魔法を唱えた。


 すると岩が音を立てて横開きの扉のように動きだした。完全に開くと中には降る階段がある。


「やはりこやつ……解錠の魔法を知っておったか。それよりもやはりここは」


 吾輩は興奮し、男を置き去りに階段を駆け下りて行った。


「おーい、暗いから気をつけてね」


 吾輩は猫だぞ?この程度、なんてことはない。うん?何か問題発言をしたような……まあ気のせいだ。


 駆け下りていく最中、吾輩は確信した。間違いない。ここは吾輩がサロスタシア城に何かあった時の脱出用に作り上げた隠し部屋であると。


 そして一番奥の部屋にたどり着いた。なにやら懐かしい匂いに吾輩の尻尾が自然と左右に揺れる。


 室内はそれなりに整理整頓され、簡単に掃除もされているようではあるが、調度品の類は新調していないのだろう、やたら古臭く、また僅かだがカビや埃の臭いも感じられた。


 吾輩が調度品の箱の上に飛び乗ると、男が松明を手にやって来た。その松明から蝋燭に火を移す。暗かった室内は蝋燭の優しい灯りに照らされた。


 吾輩は足元の箱を見る。そこには羽ばたくドラゴンの紋章が刻まれていた。この紋章は英雄王スティンの印だ。


「その箱が気になるのかい?お目が高いなあ」


 男はクスッと笑うと話を続けた。


「その中には僕のご先祖様の物が入っていると言われてるんだ」


「ご先祖……だと?」


「このドラゴンの紋章はニ百年ほど前この世界を纏めて統治した英雄王スティンの紋章。僕は英雄王から八代子孫のスティン八世。でも表でスティンの名は禁忌だから偽名を名乗っているけどね」


「…………!!吾輩の子孫!?しかもニ百年後の世界だと!?それに吾輩の名が禁忌とはどう言うことだ!?」


 一気に押し寄せる情報の波に吾輩は混乱した。

そして疑問に思った事が矢継ぎ早に口を出る。


「うん?随分興奮してるけどどうしたんだい?」


「どうしたもこうしたもない。もっと詳しく教えろ」


「あー、空気薄いしちょっと埃っぽいし居心地良くないか」


 スティン八世は吾輩の背を撫でるがそうではないのだ。


「違う違う!もっと知りたいのだ!あー煩わしい」


 言葉が通じないことに吾輩は怒りが募った。伝えたいことが伝わらないもどかしさが、逸る気持ちと相まって煩わしさに転換された。


「そうだ、日誌はないか?」


 吾輩は箱からテーブルの上に飛び乗る。


 このテーブルでよく日誌を書いたものだ。文豪スティンの日記は物語として読んでもとても面白いのだ。


 着地すると同時にフワッと埃が舞い、吾輩は数度くしゃみをした。


「もう出ようか」


 スティン八世はそう言うが、冗談ではない。まだまだわからないことだらけだ。もっといろんな事を知りたいのだ。


 尻尾がバタバタとやたら大きく揺れる。なるほど、嬉しくなくとも尻尾は振るものなのだな。


 などと感心している場合ではないのだ。吾輩は日誌探した。それらしき物は確かにあった。あったのだ。それなのに。なんという事か。


「文字が読めんぞ!」


 なんとまるっきり文字が読めないのだ。いやいや吾輩が書いていた日誌だし、いろんな書物を読んでいたのだ。しかし猫になってから初めてこのことに気づいた。


 八世との会話も、聞いて理解出来るのに、よくよく考えるとその会話に対応する文字が一切思い浮かばない。これは由々しき事態である。


「ほら、これはまだ全部読めてないんだ。乱暴にすると破れちゃうよ」


 日誌を八世に取り上げられた。字が読めない以上日誌は無用の長物ではあるのだが、なんだか悔しい思いが込み上げ、取り返そうと飛び跳ねた。


「クシュン、クシュン」


 当然のように埃が舞い上がり、吾輩の……絶対嗅覚のスティンの特に敏感な鼻を刺激する。


「ほら、もう出よう」


 八世に抱えられ、吾輩は連れ去られた。抵抗して、もう少し探索したかったのだが、肝心の文字が読めないのだから意味がない。何か違う手段を講じよう。


 そのまま洞窟の外に出る。八世は洞窟の入口に

ロックの魔法を掛け、岩戸を閉めた。


 急に外に出たせいかやたら眩しい。だが薄っすらと三日月が天高く見えているのだから、もう数時間で日が落ちるのだろう。


 八世は吾輩を抱えたまま、器用に岩場を登っていく。優男風で頼りなさげであるが思ったより力や体力はあるようだ。そして海岸を城門の方へと戻っていく。


「あっ、日誌……」


 八世が声を上げる。吾輩は気づいていたが日誌をそのまま持ち出して来てしまったのだ。


「参ったな。城に戻らなきゃいけないんだけど……」


 なるほど。スティンの名が禁忌なら日誌を誰かに見られるわけにはいかないのだろう。





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