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第7話

「ちょっと、君〜!」


 不意に近づいた王女に水しぶきを浴びさせてしまった。日誌は両手で覆い隠しているため、おそらく大丈夫だろう。


「すまんすまん。あまりに気持ち良くてな。それより濡れたままでは風邪をひく。乾かさないとな。家に案内しよう。ついて来い」


「えっ!ダーリンの家?行く行く!」


「ん?ああ、そうだな。サーヤが来なければ行こうと思わんかも知れんな」


 吾輩がスタスタ歩いて行く。それをサーヤが追って来る。そのサーヤを追って王女と護衛が続いた。


「着いたぞ、ここだ」


 吾輩とサーヤがドアの隙間から入っていく。


「ここ、君の家なの?鍵も掛けてないなんて不用心ね。とりあえず、お邪魔します」


 王女と一人の衛兵がドアを開いて入った。あのムカつく衛兵はドアの外に立ち、あと一人は周辺の様子を窺いに向かう。


 王女は庶民の家の中が珍しいのか興味深げに辺りをキョロキョロと見回していた。


「これで体を拭くが良い。主にも持っていってやれ」


 吾輩は乾いたタオルをサーヤに数枚渡して、濡れた身体を拭くよう告げた。サーヤはタオルを受け取ると王女へ駆け寄り渡した。


「ありがとう、サーヤ。君も」


 微笑むとより可愛らしいではないか。他にももてなしたいのだが、何も出来ないのがもどかしい。


「勝手に入って、勝手にタオル借りて。さっきの人が君のご主人様よね?ちゃんとお礼しなきゃ」


 お礼など良い。吾輩も助けられたのだ。むしろこんなことしか出来ずに申し訳ない気持ちだ。


「勝手ついでに……っと」


 王女はタオルを畳んでテーブルに置く。そして自分も椅子に腰掛けた。


「君が持ってたこのノート。何が書いてあるのかしら」


 王女は目の前に置いてあったノートを手に取り、開いて読み始めた。


「えっ……なにこれ……?」


 王女は穴が開くほど日誌を見つめつつ驚きの声を上げる。


「どうかなさいましたか?」


 後ろから衛兵がのぞき込みつつ声を掛けた。王女は咄嗟に日誌を腕で隠す。


「なんでもないわ。あなたも外の見張りお願い」


「はあ、承知しました」


 衛兵が立ち去る。王女はそれを確認すると再び日誌に目を落とした。


「まさか……」


「まさか、まさか!」


「あのスティン様の日誌に巡り会えるなんて!」


 王女は貪るように日誌に没頭した。


「なんだ?」


「姫ね、スティンて人が大好きなの。その人の持ち物みたいね」


「吾輩が好きなのか?」


「ダーリンは猫でしょ。ダーリンを大好きなのはあたし」


「うおっ、またか」


 相変わらず抱きつき癖のあるやつだ。まだ子供だし甘えたい年頃なのだろう。そう思えばかわいいものだ。


「ん?」


 吾輩の耳と鼻がヒクヒクとする。


「王女は?」


「なにかを熱心に読んでおられる」


「それで追い払われたのか?」


「ああ。ディンは?」


「さあ、その辺のパトロールじゃないか?」


 衛兵同士の会話だ。外に出た衛兵といけ好かない衛兵が話している。ディンと言うのがもう一人の衛兵の名だろう。


 更に会話が聴こえてくる。同時にとても嫌な臭いが感じ取れた。


「おい、止まれ。怪しいやつだな、何をしに来たか」


「へへっ、何をってそりぁ……」


「うっ、おい!ゴル、何をする!冗談にも程があるぞ」


「悪いな、死んでくれ」


 いけ好かない衛兵ゴルは後ろから仲間の衛兵の首を絞め、そのまま殺してしまった。


「ジル、そっちを持て。物陰まで運んで鎧を外すぞ」


「へい、兄貴」


 そうして二人は静かに殺した衛兵を運び鎧を取り外し始めた。


「おい、サーヤ。この臭いと声、覚えているか?」


 吾輩の突然の問いかけにサーヤが鼻をスンスンと動かした。


「え、これって……」


「そうだ、あの大男だ。あのいけ好かない衛兵を兄貴と呼んでいたな。なあ、もしかしてお前の主、狙われてるんじゃないか?」


「そ、そうなのかな、怖い」


 王女の心配より自分の心配をしている。あんな目に遭ったのだからしょうがないだろう。だがもう一人の衛兵を殺して鎧を剥ぎとろうなど、明らかにマズイ状況である。


「おい、王女。危険が迫っているぞ。早く逃げろ」


 吾輩は王女の手元に近づき、トントンと手の甲を叩いた。


「うん?待ってね、もうちょっと」


 もうちょっととか言っている余裕はないぞ。入口を抑えられたらアウトだ。吾輩は再度、王女の手を叩いた。


「もう……待ってってば」


 ダメだ。熱中していてまるで相手にされない。噛んだり引っ掻いたりすれば話は早いのだが、下手な事をすれば八世の立場が危うくなる。


 そうこうしている間に、外では剥ぎ取った鎧をジルと呼ばれた大男が装着しようとしていた。


「サーヤ。サーヤ!」


「は、はい!」


 吾輩に強い声で呼ばれたサーヤが正気を取り戻したのかこちらをパチクリと見ていた。


「今、吾輩もサーヤもサーヤの主も非常に危ない状況だ」


 サーヤは緊張した面持ちでコクリと頷いた。


「ヤツラに入口を塞がれれば為すすべがない」


「ど、どうしよ」


「ヤツラの内の一人は必ずここに入ってくる。その時に隙間を縫って外に出ろ。そして泣き喚いて注目を集めつつ、もう一人の衛兵を呼びつけるんだ。できれば吾輩の、うーん、主?も呼んでくれると助かるが」



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