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第8話

「できるかな……」


「サーヤなら大丈夫だ」


「ダーリンと姫は?」


「誰かが来るまで吾輩が王女を絶対に守る。だから頼んだぞ」


 ジルが鎧を着終えた。想定以上に時間がかかったせいかゴルはイライラしている。そんな空気を感じる。


「トロいんだよ、お前は!」


 あまり大声をあげるわけにもいかないが、ゴルがジルをなじった。


「いいか、中には王女と猫しかいねえ。さっさと王女を攫うぞ。お前は俺が呼ぶまで外を見張ってろ」


「へい」


 話し合いは終わったようだ。外の声まで聞こえ、ヤツラがどうしようとしているかわかるのは、ものすごく便利な能力だ。


「サーヤ、来るぞ」


「う、うん!」


 緊張はしているが、大事なものを守りたい気持ちが勝っているのだろう。その決意が顔つきや目つきに現れている。


――ガチャ


 ドアが開いた。


「王女様。そろそろ行かねば」


「……………………」


「ん?王女様?」


 相変わらず日誌に熱中している王女に声は届いていない。そして思った通り、足元がお留守だ。


「サーヤ、行け!」


 ドアの近くで待機していたサーヤがスルリとゴルの足元の隙間をすり抜けて行った。


「なんだ?猫か!おい、ジル!猫が逃げた、捕まえろ!」


「えっ!?猫!?」


 ジルがあたふたしている隙にサーヤは駆け出して行った。そして吾輩に言われたように声を上げながら駆けて行く。


「頼んだぞ、サーヤ」


 吾輩はほくそ笑みながらもゴルとジルに備える。


 ん?猫がほくそ笑むかだと?些細なことは気にするな。


「くそっ、逃がしやがって。しかもあんなに騒いでたら目立つじゃないか」


 泣き喚きながら駆け去るサーヤは村人や通行人たちの注目を浴びていた。そして余所者のゴルとジルにも視線が注がれる。


「チッ、中に入れ」


 流石に変に注目されては身動きが取りづらい。王女を誘拐しようと言うのだから尚の事だ。


「おい、ジル。鎧を脱げ」


「え?着たばっかりなのに……しかもここで?」


「当たり前だ。王女を気絶させて鎧を着せて運ぶ。あのクソ猫のせいで人の目を気にしなくちゃいけねえ」


 コソコソと話しているつもりなのだろうが、吾輩には丸聞こえだ。というか、この声量だと王女にも聞こえてるんじゃなかろうか。


「ねえ、あなた。またクソ猫って言ったわよね?あれ?サーヤ、サーヤ?」


 ほらな。だがヤツラを挑発するのはよろしくないぞ。そしてサーヤは助けを求めて出ていった所だ。いくら吾輩の事が好きでも日記に熱中し過ぎであるな。


 部屋を見渡し、見当たらないサーヤを心配しつつも強気でゴルに詰め寄る。


「国に帰ったらあなたはクビよ」


「上等だ」


「え?なんですって?」


「上等だ!って言ったんだよ!このクソアマ!」


 ゴルがブチギレた。だから挑発は良くないと言ったのだ。


「クソアマですって!この私に向かってよくそんな暴言を吐けたわね!キース、この男を捕まえ……キャー!何してるの!ていうかあなた誰!?」


 キースと言うのは殺された衛兵のことなのだろう。そして成り代わったジルは丁度鎧を、それも下半身の方を脱いでいるところである。


 いくら気の強い王女と言えども、見慣れない半裸の男を見てたじろいだ。


「キーキーうるせえ!騒ぐんじゃねえ!」


 ゴルが腰の剣を抜いて王女に剣先を向けた。


「手荒な真似はしたくねえ。おとなしくしろ」


 いくら気の強い王女でも剣を向けられれば怖いだろう。そろそろ助けに入るか。


 ゴルが剣を下ろして王女の腕を掴もうと手を伸ばした。


「何するのよ!」


 王女はその手を強烈に払った。ほう、気の強さがこれほどとはお見逸れした。


「おい、ジル。王女を捕まえろ。少し怖い目に合わなきゃわからねえようだ」


「へい。兄貴」


 上は鎧、下はパンツ一丁のジルがジリジリとにじり寄っていく。これはさぞ気持ち悪かろう。


「へへへ」


 などと裸でヘラヘラ笑いながら近寄る様はまさしく変態である。


 ジルが手を伸ばす。王女がその手を叩こうとするがジルはすぐに手を引っ込めて空振りを誘う。


 力強く引っ叩こうとしていた王女が見事に空振りした。その隙にジルが一気に距離を詰めて覆い被さろうと両腕を広げる。


「おいおい、レディーのエスコートってのはもっとスマートにやるもんだ」


 吾輩の鋭い歯がジルの小鼻に四つの風穴を開けた。これで鼻の通りが良くなることだろう。


「ギャー痛え!」


 何が起きたのか把握出来ていないジルが両手で鼻を押さえる。吾輩はすかさず飛び退いた。


 涙目で鼻を押さえつけるジルと目が合う。


「兄貴!こいつだ!火を吹く猫!」


「まだ寝言ほざいてんのか!猫が火なんざ吹くわけねえだろう」


「ホントだって。な!お前火を吹けるよな!?」


 魔法だ。吹いてるわけではない。


「どっちでもいい!早く王女を捕まえろ」


「へい」


 再び王女を捕まえようとジルがにじり寄る。鼻の傷から血が滴り落ちているが気にも止めていない。


 吾輩はジルとゴルの前に立ちはだかると、体勢を低くし、毛を逆立て、爪を立て、シャーと威嚇する。


「邪魔する気か!このクソ猫!」


 おい、ゴル。クソ猫クソ猫連呼しすぎだ。


「一丁前に睨み付けんじゃねえよ、クソ猫の分際で」


 そろそろやめておけよ?いくら堅忍不抜のスティンでもキレるぞ。


「まだ睨み付けてやがる。生意気なクソ猫だな。おい、ジル。このクソ猫は殺しても構わねえぞ」


 プチン。吾輩の中で何かが切れる音がした。


 吾輩はゴルの顔目掛けて飛び込み、兜の隙間から見える目や素顔を爪で引き裂いてやろうと試みた。





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