「うおっ!」
ゴルが仰け反り尻もちをついた。ガチャンと重たい音と同時にテーブルの上の花瓶が落ちて割れた。
ほう。吾輩の咄嗟の爪撃を躱すとはなかなかやるではないか。
「驚かせやがって、このクソ猫が!ビショビショじゃねえか! 」
少し濡れたくらいで大袈裟な奴よ。
「兄貴、大丈夫か!?」
「いちいち来なくていいから、王女を捕まえやがれ」
「へ、へい」
こいつらもしかして阿呆なのか……今のうちに。
吾輩は王女の手にポンと触れると奥の部屋へ逃げるよう目線を送った。気づいてくれるかはわからんが。
「えっ!奥の部屋に行けってこと?」
王女は素早く動き奥の部屋へ駆けた。
よし。通じたぞ!吾輩はガッツポーズをした。心の中ではあるが。
「君も早く!」
「いや。吾輩が時間を稼ぐ。その間にドアが開かないようにバリケードでもしておけ」
「来ないの?閉めちゃうよ?」
「早く閉めろ!」
なんとなく噛み合った気がする。ジルが向かってきそうなのを感じ取り、王女は扉を閉めた。
「逃げ道がなくなっただけだ。ジルこじ開けろ」
「おっと。そうはさせんよ」
「まだ邪魔するか!」
扉に近づこうとするジルとゴルの真正面に吾輩が立ちはだかった。時間稼ぎはこれからだ。
「ぶった切ってやる!」
思い通りに行かず苛立ちを募らせているゴルが剣を抜いた。この狭い所で剣を振ろうとは愚かなり。
だがその吾輩の観測は見事に外れた。ゴルは加減も遠慮もせず力任せに、思いっきり剣を振るった。
テーブルや食器棚などの調度品を派手にぶち壊してでも吾輩を一刀両断にしようと襲い来る。
「ぬおっ!」
剣速が早いわけではないから攻撃自体は避けることは難しくないが、色んな物が壊されて、足場が悪くなったり破片が飛んできたりする。
その破片などまで避けたり足場を確認したりしているとゴルの次の攻撃がまた始まり、反撃に出ることが出来なくなってしまう。
「これはこれで面倒だな。それに……」
室内で竜巻でもあったのかというくらいに破壊された物が散らばっている。更に瓶なども割れて水が溢れだしていた。
さすがに八世には申し訳ないな。
「おっと!」
油断しているとジルが捕まえようと手を伸ばしてくる。逃げ場が少なくなって行動を予想されやすくなっているようだ。
追い討ちをかけるようにゴルの剣撃が襲いかかってくる。
「ええい、面倒だな」
吾輩は再びゴルの顔目掛けて飛んだ。そして兜を蹴りつけて踏み台にし、ジルの方へと飛び跳ねた。そのまま無防備な顔に爪を立て、三度飛び跳ねる。
ゴルはまさか向かって来るとは思わずまたしても尻餅をつき、ジルは引っ掻かれた所を覆って痛い痛いと喚いている。
「もう絶対に赦さんぞ。膾にしてやる」
怒り狂ったゴルは、視野を広げるために兜を脱ぎ捨て、剣も投げ捨ててナイフを取り出し、両腕を大きく広げて威嚇する。
吾輩の行動範囲を狭めようという魂胆だろう。
「おい!ジル、今度こそそのクソ猫をとっ捕まえるぞ」
命令には逆らえないジルも痛みを我慢して両腕を大きく広げて近寄ってきた。
ほんとにこいつらキモいな。
とはいえ、ゴルが散々暴れたまくったおかげで逃げ場がない。ゴルかジルの身体を踏み台にして向こう側へ場所を移すか。
吾輩はそう目論見飛び跳ねた。狙うはジルの肩。そこを乗り越えてまだ逃げ場の多い入口付近へ向かうこと。
「ふん、単純なんだよ。所詮は猫だな」
なんということだ。まさかゴルごときに思考を読まれるとは。
吾輩はゴルに捕まり、そのまま地面へ投げ落とされた。
「ぐふっ……!」
僅かに溜まった水と木片がクッションになったおかげで致命傷は避けることが出来たようだが、それでもこの身体にはだいぶ響く。
さらに吾輩の身体をゴルが踏み付ける。この重さからはもがけど抜けられず、水が目や耳の辺りの毛に浸透してきて気持ちが悪い。
「くそっ!ヤバいな……」
「しぶてえ奴だな。このまま踏み潰してやる!」
流石に意識が遠のいて来た。このままでは圧迫死だ。
「ようやくおとなしくなったか。ひと思いに踏み殺してやろう!あばよ!」
ゴルが足を上げる。これを食らったら本当に死んでしまう。ならば一か八かだ。
「雷の精霊よ。龍となりて我に仇なす者共に鉄槌を与えよ」
吾輩は呪文を唱えた。パチパチと雷球が弾けだし、それが集まりドラゴンのように形作られる。
「なんだ、こりゃ?トカゲか?」
……ド、ドラゴンだ。
「気持ち悪いな」
お前が言うか。
ゴルは雷のドラゴンを蹴飛ばした。だが雷だけに実体はなく、蹴りは空振り、またしても勢い良く転倒した。
「いてて……なんですり抜けんだ」
雷だからだ。そしてドラゴンを蹴飛ばそうとした代償はデカいぞ。
雷のドラゴンは怒りをあからさまにしているのか、細かな雷を全身に流し、それがバチバチと波打ち、まるで猫が毛を逆立てているようである。
そしてその波打つ雷を口に集め、ゴルに向けて放電した。
「ん?なんともな……痛っ!」
電流は鉄製の鎧を伝い、ゴルの素肌や隙間などに入り込み、その巨軀を震わせるほど痺れさせた。
その雷は更に水を伝い、生身剥き出しのジルに襲いかかる。
「ギャーー!!痺れる!いてえ!死ぬ、死ぬ」
しばらく痛みや痺れを訴えていたゴルとジルであったが、やがて失神したのだろう、静かになった。
吾輩は電流こそ浴びなかったが、前の時と同じように意識が遠退き、そのまま気を失った。