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第2章 エルダイル王国

第11話

 吾輩らがエルダイル王国へ来るなり、王と女王は王女を救ってくれたことに喜び、国を挙げての歓待か、と思わせるほど盛大なパーティーを催してくれた。


 八世はまるで英雄扱い。実際助けたのは吾輩なのだがな。まあ徳量寛大のスティンはそんな小さなこと気にはせんが。


 吾輩は以前食した『サシミ』なる料理を探してウロウロしていた。


 獲れたての新鮮な魚を生のまま、ワサビなる香辛料とソイソースなる黒く塩辛いタレをつけて食べるのだが、これがまた頬が落ちるほどに美味いのだ。


 そして吾輩は遂に見つけた。『サシミ』がなんと舟のような器に大量に盛られているではないか!


 その香りたるや。潮の香りと魚が発する脂の香りがなんとも食欲を唆る。人の姿であった時よりもなぜだかはるかに惹かれる。


「ガマンならん!行くぞ!」


 吾輩は舟のてっぺんに向かって大きく飛び跳ねた。このまま『サシミ』の海に突っ込むぞ!


「お行儀悪い子だな!」


 吾輩の身体が空中で止まる。おかしいぞ。なぜ浮いているのだ。


「皆が食べるものだ。取り分けてやるから待ってな」


 な、な、なんだ!コヤツ!?高邁奇偉なスティンの首根っこを掴むとは無礼千万!


「おいおい、暴れるな」


 ならば離せ。そして敬え。あっ……


 気持ちが通じたのか、『サシミ舟』の横のスペースで男は吾輩を手放した。それで良いのだ。


「えっと、これとこれとこれだね、君が食べれられるのは」


 皿に青魚や白身の魚などが載せられていく。それが目の前に置かれた。


「どうぞ、召し上がれ」


 殊勝な心がけではないか。取り分けてくれるとは。たが、ソースとワサビとやらがないぞ。吾輩が手を伸ばす。


「これはダメだよ」


 ソースとワサビが天高く遠ざかっていく。おい、何をするのだ!


「ああ、すみません。うちの猫がご迷惑かけてるみたいで」


 吾輩は何もしておらんぞ、八世。


「いえいえ、かわいい猫ちゃんですね。とても我らが王女を救ってくれた勇敢な猫とは思えない」


「はあ、本当にそんなだいそれたことをしたのか……」


 お前が信じなくてどうする。


「ホントよ。身を挺して守ってくれたのよ」


「ああ、これは王女様」


 男は跪き、王女の手を取る。


「久しぶりね、リオン」


「はい。王女様が危険な目に遭われたと聞き、すぐにエルフレイアへ向かおうかと兵と船を用意していたのですが」


 エルフレイアだと?確か吾輩の時代よりも前に滅びた国の名ではなかったか。それが再興しているという事か?


 疑問は沸くが誰かが答えてくれるわけではない。誰か猫語と人語を介する者はいないものか。まあいるわけがないか。


「あなたの忠誠、嬉しく思うわ」


「有難き御言葉」


「リオン、今日はそんな堅苦しいのはなしよ」


「はっ」


 王女はそう告げると八世の腕を引き、他の人物らを紹介したり会話をし始める。


「だいぶ君のご主人を気にいられているようだね」


「嫉妬しているのか?」


「内心王家を憎む者もいる。君もあまり目立ちすぎないようにね」


「ふむ。本当に忠臣なのだな。気に入ったぞ、リオンとやら」


 リオンはそのまま会場の端に移動し、酒や料理を楽しみつつ、他の参加者たちを見張っていた。


 時折、仲の良い仲間たちと笑顔で会話しているが、それでも目はしっかりと会場内と王女を捉えていた。


 パーティーは何事もなく終わった。吾輩はたらふく『サシミ』や他の魚料理を堪能して大満足。


 一方、八世は食べるよりも酌をされたりでだいぶ酒を飲まされていて、結構酔っているようだった。


 それでも不様な態度や不甲斐ない態度は見せられないと気を張り、なんとか、王から城下に与えられた家に帰り、着くなりすぐに爆睡した。


 そんな歓待や、パーティー、それに救国の士であると叙勲までされ、八世は正式にエルダイルの市民権を得た。


 うむ、ここは湿度こそ高いが四季も豊かで過ごしやすい。何より人が良く、食べ物が美味い。穏やかに暮らすにはちょうど良い国である。


 それからかれこれ半月ほど経った。この日は朝からやけに慌ただしく騒がしい。


 八世も王に呼ばれて城へと向かった。吾輩はお転婆娘……もといサーヤや王女が城からこっそりと抜け出すルートを教わっていて、そこから城内へと入り込んだ。


 そしてサーヤと供に、さほどふくよかではない王女ほ胸の内に抱かれて謁見の間の隅へと通された。吾輩はこれくらいが好きであるがな。おい、何を言わせるか。


 しかし吾輩を発見した時の八世の顔といったら。驚きと悔しさと羨ましさと憎たらしさが同居したようなけったいな顔つきで、吾輩は腹が捩れて笑い死ぬかと思ったぞ。


「しっ!文武の官がみんな真剣にしてるから静かにね!」


 おのれ、八世が変顔するゆえ王女に怒られた上にではないか。


 王女が席につくと、吾輩は王女の足下のもふもふのクッションの上に降ろされた。膝の上が良かったのだが。


 おっと、おふざけはここまでだ。王が話し始めるぞ。


 王の表情は暗い。誰しもが良い話ではないことを理解し、場の緊張感は高まっていた。


「今朝一番に届いた報せだ。エルフレイア王国でクーデターが起きた」


 最初の一言で皆が驚きの声を挙げる。項垂れ、ざわめき、悲鳴にも似た絶叫や目を閉じ歯を食いしばっての沈黙、など十人十色。












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