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第13話

「あら?サーヤも君に助けに来てとお願いしてるのかしら」


 リーサが微笑む。


 そんな心境ではないだろうに。


「ねえ、君のご主人様来てくれるかしら?案外あなたの方が頼れるかもしれないね。実際助けてもらってるし」


 それはそうだろう。吾輩は本物の【英雄王スティン】なのだから。


 まあ案ずるな。吾輩が引きずってでも八世を連れて行くさ。


「それはそうと。マリッカ、マリッカいる?」


 リーサが扉の外へ向かって呼びかけた。


「はい、姫様」


 年の頃はリーサと同じくらいか。浅黒い健康的な肌に、白く光り輝くような銀髪のメイド服を着た女性が入室してくる。


「話は聞いているわね?」


「はい。相変わらず無茶なことをなさいます」


「ええ、でも……」


「そうですね。そうしなかったらどれくらい犠牲が出たか」


「さすがね。あなたのその智謀、私のために使わせて欲しい」


「もちろんです。私がお役に立てるのであればなんなりと」


「多分……多分あの人は動くわ。その時は私に変わってその類稀な能力で助けて欲しいの。頼めるかしら」


「八世様ですね」


「そうよ。それからこれ」


「姫様が熱心に読んでおられた日誌ですか?」


「ええ。読みたいのだけれどなかなか時間が取れなくて。まさかカミールに持っていくわけにも行かないし、あなたに託すわ。なにかアルトリアやスティン様に関する重要なことが書かれてあれば良いのだけど」


「そんな大事なものまで……」


「ふふ。期待しているのよ。あなたは戦乱時なら稀代の優秀な軍師になるわ。ずっと言い続けているけど」


「買いかぶりすぎです。ですが身命を賭して必ずや、ご期待に沿わせて頂きます」


 マリッカは日誌を胸の内に抱え、涙を溜めた瞳でリーサの顔を見つめると、深々と頭を下げて退室した。


 リーサにしろ、マリッカにしろ気丈である。泣き喚いてもおかしくない状況なのだ。


 そしてサーヤも。いつもはふわふわしているお嬢様気質が、今回の覚悟で凛としたレディのようである。


「王女様、まだかと使者の方が」


「もうすぐよ。そんなに急かさないで」


 時間も押し迫っている。吾輩も覚悟を決めよう。


「サーヤ。目を瞑れ」


「え?」


「いいから、早く」


「はい」


「良いか、これから吾輩が言うこと復唱しそれを忘れるなよ。絶対だ」


「わかったわ」


「あまねく水の精霊たちよ」

「あまねく水の精霊たちよ」


「英雄王スティンの名において命ずる」

「英雄王スティンの名において命ずる」


「我が身に降りかかる災難から守り給え」

「我が身に降りかかる災難から守り給え」


「そうだ。これを唱えた後、具体的にどうしたいかを思い浮かべるんだ」

「そうだ。これを……」


「待て待て、ストップだ。守り給え、までだ」


「はい。それを唱えた後どうしたいか思い浮かべるのね?」


「そうだ。まだ目を閉じていろよ」


 吾輩はそう告げるとサーヤの額に口づけた。水の龍がサーヤの額から頭の中へと入り込んでいく。


「よし、いいぞ。これで一度だけ。サーヤは水の魔法を使えるはずだ。もう一度言うが、使えるのは一度だけだ。もうどうしようもない、どうにもならない、絶体絶命って時に使うが良い」


「ダー……ありがとう!大好き!」


 サーヤは涙を流しながら吾輩に飛びかかり、抱きついてきた。心細いのは間違いない。だがそれでも危険を覚悟でカミールに向かうのだ。何かしら餞別があっても良いだろう。


 無論、餞別とは言っても、必ず助けに行くがな。


「もう、待てません。さあ、行きますよ」


 使者が無理やり侍女を引き剥がしてドアを乱雑に開けた。


「わかってる。じゃあね、行ってくるわ」


 リーサとサーヤはそう吾輩に告げると威風堂々と立ち去って行った。


 吾輩はサーヤに魔法をかけた影響か、動くことが出来ないくらい身体が疲弊している。


 やはり魔法は強力だし起死回生の手ではあるが、諸刃の剣でもあるな。確実に仕留められそうな時にしか使えないだろう。


 へたり込む吾輩を、再びやってきたマリッカが抱き上げる。


「大丈夫?だいぶ疲れているようね。さあお布団に横におなりなさい」


 と、優しくふかふかのクッションの上に寝かした。


 吾輩はそのまま意識が遠くなり深い眠りに落ちた。




 吾輩が目を覚ましたのは二日後の朝であった。前回より一日短いのは、自身で魔法を使っていないからだろうか。


 見覚えのある部屋はまだ薄暗く、新品の調度品の木の香りが心地よい。ああ、吾輩の家か。


「おっ。起きたね。こんな非常時に良く寝ていられるなあ」


 あのな…吾輩とて寝たくて寝てるわけではないのだ。察しろ、と言っても鈍感な八世では難しいか。


「八世様、王がお呼びです」


 朝も早くから呼び出しとは。ん?なぜマリッカが吾輩の家にいるんだ?いや、そもそも吾輩はなぜここに?


 記憶が確かならば、王女の部屋のクッションで寝てしまったはずだが。


「君も起きたんですね。なら一緒に連れていきましょう」


 マリッカはそのまま吾輩を抱きかかえる。王女とは違って、豊満な柔らかい部分がまたクッションのようで気持ちがいい。誰だ、エロ猫と言ったのは!?


「マリッカさん、すみません。こいつ、いつもマリッカさんに抱えられてる……」


「いえ、私も猫が好きなので大丈夫です。今日は意識がある分多少軽いですし」


 ということは、寝たあとマリッカが運んでくれたのだろう。


「それより、さん付けはやめてください。八世様は私の主人になったのですから」



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