「流れでそうはなりましたけど、僕はマリッカさんを、メイドとも侍女とも部下とも思ってませんから」
「頑固でもあるのね……」
「何か言いましたか?」
「ダメです。と言いました。上下のケジメはつけなくてはなりません。だから八世様の意見は受け入れられません」
ふむ。互いに頑固であろう。だが相性は悪くなさそうだ。
そんな会話をしながら城へと向かっていると、途中、妙な格好の集団と出会った。あれはもしや。ここより更に東の島国のサムライという者らではなかろうか。
「貴殿らはエルダイル城の者であろうか?」
先頭に立つ男が八世とマリッカに問いかけた。ザンバラ髪を雑に結わえ、腰には大小の刀と呼ばれる剣を二差し。軽い布地を重ねた軽装で、如何にも俊敏そうである。
「はい。そうですが、あなたたちは?」
マリッカが八世の前に出て問いただす。
「我らは東の島、ヤマト帝国からの使い。拙者はユキムラと申す。エルフレイアのクーデターの件で話があり参った」
「なるほど、わかりました。では取り次ぐよう王に伝えましょう」
「助かりまする」
ユキムラは頭を下げると、突如「ピィー」と指笛を鳴らした。すると真っ黒い衣装の男と、同様に真っ黒の片目に十字傷のある猫がスタッと地上に降り立つ。
「この者はサスケ。物言わぬ男であるゆえ多少の無礼はお許しを。こちらの猫はサイゾウ。共にシノビの者でござる」
ほう、これが噂に聞く忍者か。気配すら察せさせぬとはな。
「アホヅラで拙者らを見るなでござる」
「うん?吾輩に言ったのか?」
「お前しかおらぬでござろう。このウツケが」
「ウツケ?ウツケとはなんだ?」
「バカ者」
「おい、片目猫。そなた誰に物申しておる。吾輩は【英雄王スティン】であるぞ。頭が高い!」
「名前だけは立派なものだな。名前負けしているが」
吾輩とサイゾウが互いを警戒して低く身構える。
「こら、サイゾウ。止めぬか。これから大事な話があるのだ」
ユキムラに威圧的に止められ、サイゾウは渋々と従った。
「申し訳ない。では謁見の件、宜しくお頼み申す」
吾輩らは皆で城に向かい、王へ取次をして、謁見の間へとヤマト帝国の者たちは通された。
もう既にエルダイルの文武の官は揃っており、連日協議を繰り返している。
だがエルダイル国としては王女がカミールに向かったその日に降伏している。無条件降伏に近いため、王はそのまま在位を赦され、国を治めていた。
「遠路遥々、ヤマト帝国からようこそお越しいただいた」
「謁見の許可を頂き、恐悦至極にございまする」
「して、私に話があると?」
「はい。我らヤマトの国と民はアルトリアに従わず一戦交えることと、相成りました。そこでエルダイル王にも挙兵頂き、何卒加勢頂きたい」
エルダイルの将校たちがざわつく。皆が皆、降伏に納得しているわけではないため、もしや、と王の言葉を待った。
「使者殿よ、申し訳ないがそれは出来ぬ。エルダイルは先日アルトリアに降伏したのだ。王女のリーサも妻としてカミールに連れて行かれた。反乱などすればリーサの身も危うかろう」
「なんと!数日遅れでしたか……しかし無理を承知で我らに加勢頂きたく」
ユキムラ一行は地に頭を擦り付けて懇願した。
「しかし……」
エルダイル王もユキムラらの気持ちに応えたいのだがそうは出来ず、苦しげな表情を浮かべていた。
「あの……」
「どうした、マリッカ」
突然口を開いたマリッカに皆の視線が注がれる。
「私と八世様……いえ、スティーブ様のエルダイル市民権を剥奪して貰えませんか?」
「突然何を言うかと思えば。今必要な話かね」
「はい。そうすれば私たちがどんな行動してもエルダイルに迷惑はかかりません」
「どんな行動をしても、と?何をする気かね」
マリッカはエルフレイアの地図の一箇所を指差した。
「レイドルンへ向かいます。レイドルンはまだ落ちていない。そうでしたよね、スティーブ様」
「ええ。レイドルン公は人望篤く、知勇兼備の名将です。配下の兵たちも精強で、いざという時の備えもしっかりとしています。そして何よりもレイドルンの双璧と呼ばれるベイルとロイルの兄弟が城門を守っている限り鉄壁でしょう」
「ふむ。しかし君たち二人で加勢したところでなあ。それにレイドルン城にはどうやって入るんだね?」
ほう。八世の情勢の認識も立派だがマリッカも面白い手を考えたものだ。入れる場所はある。ただし八世がいればの話だが、一緒に行くのだから問題はなかろう。
それに読めたぞ。このサムライたちも連れて行こうと言うのだな。それは賛成だ。良い手である。
「いえ、私たちだけではなく、ユキムラ様やヤマト帝国の方々にも加勢頂きます。十分な戦力になるでしょうし、サスケ様のようなシノビがいればどこかから入れるかなと思います」
「おお。それは良い考えだ。我らマリッカ殿の策に乗りまするぞ。皆も異存ないな?」
ヤマト帝国のサムライたちは大きく頷いた。
「わかった。では君たち二人の市民権を剥奪する。すまんな、情けないが我らは動けぬ。なんとかリーサを救ってやってくれ!」
そう言うと王は八世の手を取り、額を擦り付けて懇願した。
「必ずや、お助けいたしますゆえ、安心してください」
ふふ。良くぞ言ったぞ。八世。
「お待ちを。我らも市民権の剥奪を」
リオンとディーンだ。二人とも王の前に出て跪いた。
「私も王女をお助けしたい」
「俺も王女の護衛。守りたいです」
「スティーブ殿、この二人も仲間に加えてやってもらえぬか?」
「もちろんです。喜んで」
「ならば二人ともリーサのこと頼むぞ」
「はい」
「はっ」
こうしていよいよリーサ奪還とアルトリアへ抵抗するためレイドルン城に向かう作戦が開始された。
大将は八世。副将にユキムラとリオン。軍師にマリッカ。斥候にサスケである。
皆が皆、希望を忘れず、穏やかな凪の海へと漕ぎ出した。