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秀逸な演説⑥

「この人たち何してんの?」

 決められた形があるわけではない。次々とおかしなポーズを決めていく人もいれば、横一列になって脚を高く振り上げている人たちもいる。悍ましい光景だ。あの輪の中に私は入ることはできない。

「おかしいでしょ。この人たちって。何を言っても信じて、言われた通りに行動を取るのよ。ただ踊って楽しんでいるだけだけど、この人たちには、将来に繋がる精神の賦活をしていると伝えてあるから、その気になっているみたいでさ」

 一心不乱で信者たちが踊り続けている。

「いつもこんなことをする為に、この人たちは集まって来るわけ?」

「そう。わざわざお金を払ってね」

 この教会に来れば楽しいことが待っている。そう思わせることができれば、また足を運んでくれる。それを狙っているのだろう。

「よくこれだけの人たちを集めたね」

「これは、ほんの一部よ。実際はこの数倍はいる。それだけ何も考えずに生きている人たちが、世の中には多いってこと。最近、一人だけ賢い子が入ってきたけどね。その子はこちら側に来れる素質があるから、勧誘の仕方を教えてあげているの」

「そんなこと教えて出来るものなの?」

「別に難しいわけじゃない。様々なところで勧誘をして種を撒いておけば、そのうち勝手に向こうからやってくる。虫のようにわらわらとね。信者に取って、私たちは光のようなものなのよ」

「何を言ってるのか、意味が分からないんだけど」

「上手く行っている時は幾ら勧誘しても耳を貸してくれない。その人が人生に行き詰った時に初めて教会のことを思い出して足を運んでくれるの。だから教会では勧誘のことをシードって呼んでいるのよ。種という意味ね」

「そんなこと誰から教わったの? マニュアルがあるとか?」

「マニュアル? どこかにあるとは思うけど、そんなもの私には必要ないわ。学んだとしたなら、せいぜい心理学を応用してバカな男たちを相手に試したことくらいかな。小さい頃から人間観察をしていたから、知っていたことばかりだったけどね」

「罪悪感なさそうね」

「そんなものあるわけないじゃない。逆に楽しんでるくらいよ。心理学を応用して、こちらの思惑通りに人が動いた時の快感ったらないわ。それに私は周囲の人たちを幸せにしてあげているのに、どうして罪悪感を持たなきゃいけないのよ」

「心理学はそのようなことに使う為のものじゃないでしょ」

 私もウエディングプランナーの仕事をするに当たって、一通り心理学を学んだつもりだ。絵蓮のように悪用する人がいるなんて……。

 絵蓮が呆れた眼差しを向けてきた。呆れというよりは蔑視に近い。

「何言ってんの? 世の中で利益を得ている人たちの大半は心理学を応用しているのだけど。企業が商品を売る時に何も考えずに売っているとでも思ってんの? 広告に応用するのは良くて、勧誘で使ったらダメだなんて、そんな理屈は通らないでしょ。それに、これは騙しているのではなく、戦略よ。戦略」

 物は言いようだ。絵蓮は自分が正しいことをしていると思い込んでいる。人を巧みに操って搾取する……。これは母が絵蓮や私にしていたことと同じだ。絵蓮は母の行動を踏襲していることに気づいているのだろうか。

 絵蓮は誰からも気に掛けてもらえなかった。だからこの教会に安住の地を求めたのかもしれない。だけど絵蓮に信仰心や教祖を敬う気持ちがあるとは思えない。きっと今の生活に満足はしていないだろう。本心は別のところにあるはずだ。

「そろそろ咲良さんの所に行ってあげたら? もう見終わった頃だと思うよ」

 信者たちは相変わらず腰をくねらせてヘラヘラと笑っている。とても先に結び付く行為だとは思えない。

「そうね。そろそろ戻るとするわ。ここに何の目的があって居続けるのか分からないけど、私は、絵蓮はこの場所にいるべきではないと思う」

 小さい頃の絵蓮が本当の絵蓮だと信じたい。今の絵蓮は母親によって歪められた別の人格を宿した偽物の絵蓮だ。

部屋から出て行こうとした時、絵蓮に呼び止められた。

「ちょっと待って。お姉ちゃんって料理作れたっけ?」

「何? 突然。作れないけど」

「そっか、それは残念」

 絵蓮が溜息をついた。

「料理担当の人が一人、急に体調を崩して帰ってしまったのよ。代わりに私が作る羽目になったのだけど、気が乗らなくてさ」

「絵蓮は料理得意でしょ」

「そうだけど、料理担当の人で苦手な人がいてさ。入って来たばかりの私が重宝されているのが気に入らないのか、しょーもないことで一々突っかかってくるのよ。あまり熱心に活動してないし、一体、何しに来ているのか分からない。とにかく嫌な奴でさ」

「残念だけど、料理に関して私にできることはないわ」

 そう言い残して間接ライトに照らされた階段を降りて行った。早く戻らなければ。咲良さんが心配だ。

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